エピローグ 智のスカートを脱がせたいっ!

[The birds fly away from the flock...]
 服屋に行く服がない、という表現がある。これ、つくづく真理だと思う。
 服装というのは属しているコミュニティを反映している。制服は言うに及ばず、あるコミュニティごとに許容されうるファッションの範囲というのは往々にして決まっている。勿論そこには思想や性格のみならず、年齢や性別の差異も含まれる。
「場違いな感じがひしひしと」
 独りごちる。
 僕らが今日、来ると約束していた場所。それは駅前にある服屋さんだった。別にブランドものが並んでるわけでも、有名な古着屋さんというわけでもない、ごく普通の若者向けの衣料品店。
 実際お店の中には僕らと同年代のお客さんもいっぱい居て、店員さんもそう歳が離れているわけではない。制服姿もそこここに見えるし、だからそう言った意味では決して場違いではないはずなのだけれど。
「トモー、これどう? これ」
「ちょっとちょっと、あなた値段で決めてない? 季節が違うわ、季節が」
「センパイセンパイ! 見てください! ふかふかですよふかふか!」
「んー……智に着せるってことは、できるだけ脱がしやすいものじゃないと困るわね……」
「怪奇、首ナシ黒セーター! 茜子さんがすっぽり収まるこのサイズはグー」
「はいはい、商品で遊ばない」
 大きめのセーターに首を突っ込んで遊んでいた茜子から商品を取りあげつつ、やっぱり集めている注目に独り溜め息。
 別に騒いでいるからとか、そういうわけじゃない。店内にはちょっとうるさいくらいの音楽が流れているし、学生同士の買い物なんていうのはある程度やかましいものだ。ではなんでこうもちらちらと他のお客さんや、あまつさえ店員さんからも視線が送られてくるのか?
 答えは簡単。
 ここはいわゆるメンズショップ、つまりは男の人向けの洋服屋だからである。
 売っている物も男性向け、お客さんもほとんどが男性。そんな中、僕らみたいなのが六人で店内を回っていれば色んな意味で注目を集めるのは、もう当然と言えば当然だった。
「ここまで来てまだ躊躇ってるんですかこの女装ブルマリアンは」
「女装って……なんかここでそう言われると生々しくてやな感じ」
「じゃあさっさと着替えてきてください。そこのレズがもう一式選び終わっています」
「え? あれ? いつの間に?」
 言われて、見る。
 花鶏はいまだにあれかこれかと商品を見回ってはいるものの、確かにその手には随分な量の服が抱え込まれていた。基本的には花鶏が選んだということなのだろう。
 いやでも、冷静に考えれば確かにそうだ。選んでもらうことを考えた場合、まず原色好きのこよりと意味不明ファッションになりそうな茜子は何はなくとも遠慮してもらうことになる。るいはファッションより耐久性とかで選びそうで、まあそれも悪くはないけど今回の主旨にはそぐわない。伊代はもう絶対と言っていいほど主婦視点で買い物を進めそうだし、そう考えれば、一時は黒い王子様の格好をしていた花鶏が頼りになるのも確かといえば確かだった。
 ちなみに僕は積極的に選ぶ気はあんまりない。女性物の服を買ってきていた僕にとって、「自分の」「男性用の」服を買う、という行為はあまりに違和感が大きすぎたからだ。他人から見たそういう服装が欲しかった、という理由もあるけど。
 まあつまり、もはや言うまでもないだろうが。
 今日はここに、僕の服を買いに来たのだ。
「それで花鶏、その持ってるやつ一式?」
「ん? ああ、そうね。これでとりあえずは。片手で脱がせられるもの中心に選んでみたわ」
「変な基準で選ばないでよ!」
「冗談よ。私ならどんな服でも片手で可能だもの」
「……納得できるのもどうかと思った」
 フクザツな気分になりながら商品を一式受け取る。ジャケットやジーンズなどは見るからに男物で、これを僕が着るのかと思うとなんだかとっても不思議な感じだ。
「それじゃ試着してくるから、花鶏たちはここで――」
「試着が終わるまで、私たちがここでじっと待ってると思う?」
「……ですよねー」
 ぱぱっと着替えて、みんなからの論評を受ける前にぱぱっと会計してさっさと店を出る、という僕の願望は最初から叶わぬものだったということだ。
「あの、出来ればみんな、騒がないでね……?」
「それは伝説のUMA『ぷらんぷらん乙女』の真の姿がどれだけのものか次第です。あまりに似合ってなかったら笑いますし、あまりに似合ってたら笑います」
「結局笑うんだ」
「ほら、選んであげたんだからさっさと行きなさい。店員戻ってくるわよ。それとも一緒に行ってあげましょうか? 試着室の中まで」
「……行ってきます」
 告げて、花鶏からもらった服を胸にこそこそと店内を移動する。気分はダンボールかぶって敵地潜入する兵士の気分。監視カメラ視点では不審者丸出しの動きだけれど、ともかくこの場は店員にさえ見つからなければそれでいい。さささっと移動し、店員が見ていない隙にするっと試着室へ滑り込んだ。
「はふ……っ」
 カーテンを締めきり、準備完了。いくら花鶏といえども店内でカーテン全開にしてくることはないだろうと祈りつつ、早速制服の胸リボンに手を掛ける。結び目を解き、ボレロを取って。その後ベストを外してブラウスを脱ぐ。ここまではいつも通り。
「……」
 そうしてスカートだけ残っている状態で、花鶏から渡された服を手に取った。何の変哲もない、黒を基調としたシャツや季節柄軽めのアウター。いつもと異なるのは、それが男物であるということだけだ。
「トモー、どう? もう着た?」
「皆元、よく見なさい。床にスカートが落ちてないでしょ? あれがすとんと落ちてきたら、その瞬間にばっと開けなさい。わたしが許す」
「あなたが許してもわたしが許しません! っていうか人の着替えを隙間から覗くんじゃない、この変態性愛者!」
 外からがやがやと声が聞こえ始める。騒がないで、って言ったのに僕が出る前からこの騒ぎよう。着替え終わってカーテンを開けたとき、僕が店中の視線を集めてしまうことが容易に想像できてしまった。泣ける。
「ともセンパイともセンパイ、花鶏センパイと茜子センパイは、ともセンパイにどんな服を渡したんですか?」
「ちょっとこよりちゃん、どうしてそれを隣にいるわたしに聞かないのよ?」
「右に同じく」
「どうしてって言われましても……」
「あんまり変なこと考えてると今ここで脱がすわよ? いや、変なこと考えてなくても脱がすわ。片手で」
「あーもう! 静かに待てないのあなたたちは!?」
 伊代の身体を張った自虐的ギャグが冴え渡る。
 惜しむらくは、伊代自身がそこにある皮肉を自覚していないことか。その後の会話は店内のBGMにかき消されてしまったが、「今のが一番うるさかったよね」「仕方ないじゃない」なんてやりとりがあったことは想像に難くない。
 なんだかんだ、みんながそうして騒いでいるうち、とりあえず上半身を着終える。細かくは伝えていないのに肩幅から胸囲から僕のサイズにぴったりなのには色んな意味で少々不安も覚えたものの、まあそれはともかく。問題は下だった。花鶏が選んでくれたジーンズを手に取る。
 ――――あなたはスカートです。
 思い出す。亡き母が残してくれた言葉。
 あなたはスカートになるのだ………、という意味ではない。天丼二杯目。そろそろお腹いっぱい。
「むーん」
 感慨深い。
 そのままスカートのホックを外……そうとして、その前にジーンズを履いてしまうことにした。身体のラインが出ちゃってやだなあ、なんて思っちゃうあたりがなんとももにょる。でも女の人だってジーンズくらい普通だよね、なんてよく分からない言い訳を考えつつ両脚を通して。
「さて」
 拝啓、母上さま。お元気ですか。
 母上さまの御言葉を切磋琢磨してきた日々に、いま別れを告げようと思います。
 えいやっ、と気合一発、ホックを外して履き慣れたスカートを脱ぎ捨てる。
 瞬間。
「そおいっ!」
 ばさっと勢いよく開かれましたるは、僕の目の前にあった試着室のカーテン。着替え終わると同時に開く自動開閉装置がついているとは知りませんでした。
 ……んなわけあるか。
「ちっ。なんだ、ジーンズ先に履いてるじゃない」
「なんだじゃないよ! 下着のままだったらどうするつもりだったのさ!」
「ブルマでしょ?」
「そういう問題じゃなくて!」
 相変わらずの油断大敵っぷり。期待はずれで失望し尽くしたと言わんばかりの花鶏の向こうでるいたちが驚いているあたり、きっと止める間もないくらいのスピードで虚を突いてきたに違いない。そこまでするか? ……するか。
「それより花鶏センパイ、ともセンパイの服装見せてくださいよう。センパイがそこに仁王立ちしてたら見えません」
「そっか、あなたがそこに立ったら、下着だったとしても衆目の的にはならないわね。いや、そういう問題でもないでしょうけど……」
「どっちでもいいからさっさとどいてください奇襲失敗のエロ魔神。茜子さんは強い危機感を抱いています。それが本当の危機になるのかを確かめるのはもはや生まれ持った使命」
「あ? ああ……ちょっと待ちなさい」
 何を待つんだ、と思った途端、花鶏はそっと声を潜めて。
「智、あんたその髪型で男って言い張るのは無理があるわよ? ちょっと短くまとめてみなさい」
「へ?」
 言われて、試着室の鏡を見る。男の子の服装をした僕が居た。
「……って、それじゃダメだよね」
 言われたとおり髪を結い上げ、普段は飾りとしてしか使っていない髪止めでぱちっと後頭部に髪をまとめてみる。お風呂に入るとき同じ要領。
「OK。それじゃ、お披露目といきましょうか」
 花鶏は言いつつ僕の頭に自らの帽子を被せてきて――今思えば服の色はこの帽子に合わせていたらしい――さっとその身体を僕の前からどけてくれた。試着室の前ではるい、伊代、こより、茜子がまるで映画の公開を待つお客さんのように僕の方をじっと見つめていて、恥ずかしさと居心地の悪さが五分五分くらいでなんとなく身悶え。
「ど……どう、かな?」
 もじもじする。
 なんだかとってもイケナイことをしている気分。しかもそれがみんなに見せるためであるというのだから、不安になることこの上ない。優等生がしっかりしているように見えるのは成績という後ろ盾があるからで、自分ですら自信のもてないものを披露するのに平然としていられるほど僕の顔は厚くない。
「ええっと……?」
「ほえー」
「はー」
 るいとこよりがハモる。隣の伊代は二人のように呆けた声は出さないものの、似たような表情。花鶏はくすくすと笑っていて。
「えと、それはどういう反応……?」
「私の危惧が現実になったということです。浮気したら写真撮って智さんのアパートの隣の部屋に通報しますから」
「しないしない! しないからそれだけはやめて! っていうか、つまりそれって……僕、そんなにかっこよく見える?」
「他人にそんなこと言ったら思いきりぶん殴られるくらいには」
「ほへー」
 思わずるいみたいな声を出してしまった。
 そのまま再び試着室へと振り返り、鏡で全身像を確認する。露出はさほどないけれど、服装自体がやっぱり女の子向けのそれよりは若干ごつごつしている感じはある。そのせいか男としては細身の僕でもやっぱりそれなりには見えて、くるっと一回転してみてもさすがにかわいいと嬌声をあげるようなことはなく。まあ、格好良いかどうかは置いておくにしても、あのアルカイックスマイルの彼女程度には男の子に見えるとは自分でも思えた。
「つくづくアカネが羨ましいよねー」
「こよりもセンパイが男の人だともうちょっと早く気付いていれば……!」
「いや、それだと呪い踏んじゃってたじゃないの。彼女はたまたまってだけで」
「ま、私は最初から智狙いだったし? 男だ女だなんて細かいことに拘ってる連中とは愛の深さが違うものね」
「そこは拘って欲しいな……ああいや、僕を狙ってくれって意味じゃなくてね」
 でも結局、いくら呪いがあったせいとはいえ、みんなは僕が男の子であることをわりとあっさり受け止めてくれたように思う。いやあっさりと言うと語弊があるけれど、それでも普通は感じるであろう嫌悪感とかそういうのは一切無くて、だから僕は心底嬉しかった。あるいはまた、そうやって受け止めてくれるだろうという確信が僕の中にあったからこそ、僕はさほどの躊躇いなく自らの性別をあのとき告白できたのかもしれない。
「まあまあ、行き遅れの危機から焦る気持ちは分かりますが、負け組は負け組らしく茜子さんと智さんのらぶらぶっぷりを指咥えて傍観していてください」
「あ、あはは……」
 茜子が僕の腕にやっぱりひっついてくる。無駄にみんなを挑発しながら。僕の身にも結構危険が迫るので、わりと後者は勘弁して欲しいのだけれど……強く言えない僕も僕だ。
「はいじゃあ支払いを済ませてさっさと出ましょう。負け組四人を引き連れて」
「だからそういうことは……」
「あれ、智、下着はいいの? 折角いま穿いてるのを貰おうと思ってたのに」
「下着は試着できません!」
 ちぇっ、と本気で悔しそうに口を尖らせる花鶏。というか試着できたにしろ着替えをあげるわけがない。
「ま、いいわ。それじゃあレジ行きましょうか。あ、お金ないなら立て替えるけど?」
「あるよ。それに花鶏に借りると身体で支払えとか言われそうだし……」
「当然じゃない?」
「当然じゃないです。あと僕の制服凝視するのやめて」
 脱ぎ捨てた南聡学園女子の制服を、しっかり畳んで茜子へと手渡す。
 対して花鶏の目は獲物を狙う猛禽類の如く。
「茅場。100万でどう?」
「100万ですか。ユーロならこの菩薩のように寛大な茜子さん、考えてあげないこともありません」
「ユーロか……もうちょっと円高進まないかしらね」
「っていうか僕のだからそれ」
 当事者不在の売買契約とか嫌すぎる。あとこれ以上円高が進んだら色んな意味でやばいとも思うけど、まあそれはどうでもいいとして。
「ほら、あなた、長居はしたくないんじゃなかったの? ちょうどレジも空いてるし、お会計済ませちゃいましょう」
「あ、うん。そうだね」
 帽子をしっくりくるように直しながら、着たときとは上下ともに違う服装でレジへと向かう。歩き方とかも男っぽくした方がいいかなあ、とか考えるあたりなんかもう色んな意味で泣けてくる。いつものように髪をかきあげようとして、そこに髪の毛がないことに言いようのない不安を覚えたりなんだり。
「そうだ、そういえば自分を呼ぶときもさ、『僕』じゃなくて『俺』とか言ったほうがいいと思う?」
「そうですね。茜子さんに女の子言葉が似合うと思うのでしたら、智さんもそうすべきだとは思いますが」
「……ま、僕は僕だよね」
 言って、茜子に腕を絡め取られつつ歩を進める。
 そうして僕らは「こんな人居たっけ」的な視線を店員さんから受けつつも、しっかりと支払いを済ませたのだった。



 支払いを済ませ、着ていた制服を入れるための紙袋をもらい、そのままの格好で出口へ向かう。腕には相変わらず茜子がひっついていて、店の出口の自動ドア、僕らの中で真っ先にそこへ向かったのはやっぱりこよりだった。
「はいはーい、一番槍はこよりにお任せください! ひらけー、ジャイロー!」
 元気一番、やっぱり足踏みする変な癖を発揮して、こよりが自動ドアを開けてくれる。へへん、と胸を張られても反応に困るのが正直なところでもあったり。
「思ったより品揃え良かったよねー。また来よっか、トモ?」
 続いて外に出たのはるい。
 僕が頷いて返すと、約束の成立に対してるいはこよりに劣らぬ元気な笑顔を見せつけてくれた。
「でも洋服だって安くないんだから、そうそうは来られないでしょう。ねえ智?」
 その次は伊代。
 やっぱり正論過ぎて空気読めてないその発言に対し、でも「そうかもね」と応える僕。伊代のことだ、レジで僕の財布が軽くなることをしっかり見ていてくれたに違いない。
「今回は付き合ってあげたんだから、次は智に私たちの服を選んで貰いたいわね。いいかしら?」
 僕の承諾の返事が分かっているかのように、今度は花鶏が問いかけてくる。
 僕が「もちろん」と返答すると、花鶏は満足そうに笑って店の外に出た。
「さて。それではチュパカブラの真の姿を世間様に公開プレイと行きましょう」
 いつも通りの口ぶりで茜子が続く。
 腕から離れはしたものの、しかし繋いだ手は離さずに。意識してかそうでないかは分からないけれど、それはまるで僕を外の世界へ誘っているかのよう。
「……」
 生きることは呪いのようだと、るいは言った。
 ないない尽くしの、最初から最後まで一分の隙無く呪われた世界。生きることがそこで暮らしていくことなれば、ああ、だからあえて言おう。
 ――ぼくらはいまだ、呪われている。
 報われなくて、不条理で。冷酷非情で残虐で。それでもそこから目を背けずに、手を繋ぎ心重ねて僕らは前へと歩いていく。
「……うん」
 クレタ島からのお引っ越し、その仮完了はいまここに。
 明日になればまた、袋の中の制服を着て南聡に通う日々が始まる。真に僕が仮面とスカートを外すのは、きっと卒業してからになるだろう。
 待ち受ける課題は多い。戸籍なんかもっとも厄介だ。茜子の親族にも会いに行かないわけにはいかない。宮和は僕の性別を知っても、笑って流しそうではあるけれど。
 でも、今日くらいは。
 茜子に引かれるままに、そしてみんなに導かれるように、僕は外へとその歩を進める。差し込んでくる日の光。いつも感じているはずのそれが随分と違ったものに感じられた。違うのは僕の格好だと言うのに。
 きっと央輝もこんな感覚だったんだろうなと、眼を細めながらそんなことをふと思う。
「さて、それじゃ行きましょうか」
「どこかアテがあるんですか、花鶏センパイ?」
「そんなの歩きながら探せばいいって!」
「相変わらず刹那的ね、あなたは……」
「智さん、希望は?」
 僕の背後で自動ドアが閉まるころ、茜子がそう声をかけてきた。
 行きたいところ。そんな場所があるとすれば、僕はすでにそこに居ると言っていい。
 あの高架下から羽ばたいた僕らにとって、つまり大事なのは行き先ではなく。
「どこでもいいよ。みんなと一緒なら」
 偽らざる本心。
 笑ってそれを口にすると、みんなもやっぱり微笑んで。
「あなたはまた、こういう所ですぐそういうクサいことを言うのね」
「でも私も同じ気分。この面子ならどこへだって行けそうな気がするし」
「地平線の彼方までゴーゴーッス!」
「それじゃあ、繰り出すわよ」
 それらの反応を見て、こちらはわざわざ賛同を口に出すまでもないと思ったのだろう、花鶏がいつものようにみんなに先だって歩き始める。僕らを振り返りもしないその背中はかつての孤高ではなく、あえて言うなら僕らがついていくことが分かっているという信頼がゆえか。それにちょっとだけ張り合うようにしてるいが続き、こより、伊代といった順におのおのその足を動かし始める。
 同時、すぐに僕の腕も引っ張られて。
「行きましょう。智さん」
 今はまだ試着の段階ではあるけれど。
 でも、偽りの仮面に、僕を偽っていたスカートに、ひとまずのさよなら。
 ありがとうと言うべきこの呪われた世界に、だからこそ僕は男の子の姿で繰り出していく。
「そうだね。行こう、茜子」
 僕らはそうして、胡乱な街へ歩き出す。
 街から生まれた群れが、群れでなくなった僕らとして、繋がらない心を重ねながら。
 いつものように僕はみんなの中心に位置取って、茜子と手を繋ぎつつ、上を向いてだから言う。
 呪われた世界、まだ見ぬ明日へ人差し指を突き出して。
「北北西に進路を取れ――――」

(了)


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