まゆきルート! プログレッシブ -12/23
[Mayuki route! progressive]
午前授業のあと、講堂での集会も終わり、午後二時からはついにクリパが始まる。どのクラスも最終準備に追われていて、教室内外ともに装飾係などが忙しなく働いていた。
もちろんうちのクラスもその例から漏れることはなく、それどころか他クラス以上にてんてこまいの状態とすらいえる。
にも関わらず、
「おい、義之、義之。ほら、あれ見ろよ、あれ」
「はあ?」
廊下。渉は天井近くの、最も高い位置の窓を指し示しながらそう言ってきた。
そう、忙しいにも関わらず、俺たち男子はその全てが廊下へと追い出されているのだ。教室のカーテンはことごとく閉められ、戸の鍵もキッチリとかけられている。中を窺い知ることはできない。
それはつまり、中を見れないように意図的にしてあるということで、要するに。
「肩車すれば見えそうじゃないか? 着替え」
「……言ってろ」
「かーっ! これだからラブルジョアは!
見えたとしても、俺はお前を肩車してやんねーからな!」
「しなくていいっつの」
渉は他の男子に声を掛けて、肩車してもらうことを承諾してもらえたようだった。
というわけで、俺たちは女子の着替えが終わるのを待っているのである。杉並が持ってきた大量の発泡スチロール箱と、ダンボール箱。前者には既に刺身状態になっている魚介類が詰め込まれていて、後者には杉並曰く”衣装”が入っているとのこと。どっちもどう手配したのかは知らないが、特に後者については「メイド喫茶やサンタ喫茶に対抗するにはこれしかあるまい」と言っていたものだ。
そうして時刻は二時の十五分ほど前。そろそろ終わらんかな、と思っていると、カチャカチャと鍵が外されて。
「ほら、終わったわよ。……って、板橋! あなた何やってるの?」
「んげっ、もう終わったのかよ!?」
「……まあ、だいたい察しはつくけど。
ほら、あとは肉体労働なんだから男子が働きなさい。私たちはもう、そうそう動けないわよ」
出てきたのは委員長。しかしただの委員長ではない。
「……何よ、桜内?」
「やっぱり黒髪は映えるなーと思って。
和服、似合ってるじゃないか、委員長」
「褒めたって何も出ないわよ」
ぷいっと顔を背け、委員長は教室の中へと戻っていく。続くようにして俺たちも中へ。
メイド服やサンタ服に対抗する衣装。それすなわち、”和”服であると豪語したのは杉並だった。
俺たちが出店するのは寿司の店。喫茶店がメイドで、ケーキ屋がサンタなら、寿司屋が和服なのは至極当たり前のことである。そんなことを説明され、そのときは微妙に納得してしまったのだが、やっぱりなんか違うとも思うし、でもまあそれで良かったと思えてしまう。
セクシースシパーティー。ややセクシーという語義とは遠いが、まあ、つまりはそういうことなのだろう。
「あ、義之くんだ。ねえねえ、義之くん、小恋ちゃんの振り袖姿どう思う?」
「わ、ちょっと茜〜!?」
「萌えよね、萌え。杉並のチョイスもそう悪くはないわ」
早速声をかけてきたのはやかましい三人組。雪月花という名のわりに普段の素振りは雅さからはほど遠いのだが、しかしそれはそれ、和服を着たその姿は大和撫子に見えなくもない。
小恋は橙色の色鮮やかな振り袖、茜は胸元を大きく開けっぴろげたピンク色の浴衣、杏は白服と黒袴の弓道着や剣道着といった類の格好だ。ちなみに委員長は紬姿だった。
見回せばあとは巫女服やら割烹着やら打掛やらといった一応は”和服”に分類されるものだらけなものの、統一感は全くない。綺麗ではあるが。
「もしかしてあれも居るのか? あの、ひな壇の一番上の……なんつったっけ?
紫式部とか着てそうなやつ」
「十二単のこと?
一応あるにはあったんだけど、重すぎて着られる人が居なくてね。箱に入れっぱなしよ」
「あったのかよ……」
どっから持ってきたんだ、杉並のやつ。
「ほら、遊んでる時間はないわよ。桜内もさっさと準備を手伝って。
まったく、言いだしたあいつがさっさとどっか行っちゃうんだから」
「はいよ。
でも杉並がサボってるわけには、あんま怒ってないのな?」
「ま、どーせこうなるだろうと思ってたしね」
平然と言って紬姿のまま調理台のセッティングを開始する委員長。流石の委員長も何度目かともなれば慣れるのだろうか。
「義之。委員長はきっとね、さっき褒められたから気分良いのよ」
「そこ! 聞こえてるわよ!?」
「聞こえるように言ったんだもの。
……ま、私たちも売り上げ一位狙って頑張ることにしましょうか」
委員長の注意をさらりと受け流して、杏たちは委員長とは逆に接客担当の方へ。委員長はなおも何か言いたげにしていたもののそれを口にすることはなく、なぜか俺に睨むような視線を送った後、再び作業へと戻った。
さて、そうこうするうち午後二時が近づいてきて。
ぴんぽんぱんぽんとチャイムが鳴り。
「えー、ただいまより、クリスマスパーティー一日目を開催いたします。販売物のあるクラスは販売を開始してください」
クリパが、始まった。
○ ○ ○
三時過ぎ。五時には終わってしまうこのクリパ、その最高の稼ぎ時と言えば、古来よりおやつの時間として伝えられているこのときをおいて他にはありえない。特に飲食物販売店においては最も稼ぐべき時間帯であり、稼がなくてはならない期間である。
それは俺たちのような寿司、つまり”重い”食べ物よりむしろ、”軽い”食べ物を出す出店、例えば喫茶店のような形態において顕著である。つまり、繰り返すが今こそが最も稼ぐべき時間であり、それすなわち今が最も集客力の高まるときであり、であるからして――
「――敵情視察には最適の時間帯だろう?」
ということになるらしい。
「どこに行ってたのか知らんが、姿を見るなり第一声がそれかよ。
また卒パみたいに失格になったら台無しだぞ?」
「ふん、何を言うか。
高坂まゆきが居ればまだしも、朝倉姉が一人で奮闘したところでどうにかなるものではない。こちらには対朝倉姉用の切り札も用意してあるのだ」
俺のことか。
ちなみにそのまゆき先輩、今日は欠席とのこと。音姉からそう言われたのだから間違いない。
本人にとってはさぞ悔しいことだろう。無理をして、せっかくのクリパ本番で不戦敗というのは。そういうの、一番嫌いそうな人だし。
でもしょうがない。あのまま無理をして身体を壊させるわけにはいかなかったのだ。
「なに、敵情”視察”だ。何も店内を蹴散らして営業を妨害しようというのではない」
「破壊工作の間違いだろ。
で、どこに行く気なんだよ?」
「おお、流石は同志桜内、話が早いな。
我々の目下最大の敵は付属三年の二組だ」
「二組……?」
ななかのクラスだ。またディナーショーでもやっているのかとも思ったが、しかしあれはななかにやる気がなかったし、何より独断で突っ走っていたようなものだった渉が今はうちのクラスに居る。あれほどの何かをしているとは考えがたい。
考えつつもパンフレットをぱらぱらとめくると、三年二組はすぐ近くの教室を借りて店を出していた。名称は「サンタきっさ」。どうやら杉並が言っていたサンタ服とは、これを念頭に置いてのことだったようだ。
杉並がすぐそこのサンタきっさへと歩き出す。続いた。
「メイド喫茶を出しているクラスもあるが、あれはいまや食傷気味なのか、売り上げはそう高くない。
それよりむしろクリパという行事にも絡んだこのサンタ喫茶こそが、俺たちに追随している唯一の勢力と言っていいだろう」
「……いつも思うんだけどさ、なんでお前売り上げを正確に把握してるんだよ? 音姉だってそこまで正確には知らないぞ?」
「分かってないな、桜内。情報とは権力ではなく人数によって集まるものだ。一人の権力者よりも、多数の民間人の方がありつける情報は多い。特にこういった類のものはな。
――っと、ここか」
理に適っているようで結局答えになっていないことを言いながら、杉並は平然とそのサンタ喫茶の戸を開けた。繁盛しているものの回転率もいいのか、並んでいるというほどではない。あるいは並んでいると見せかけないための某かの工夫がなされているのか。
「いらっしゃいま――――!」
受付嬢の言葉がピタリと停止する。張り付いた笑顔は変わらず、まるで時間がとまったかのよう。
その様子に気付いた店内のサンタたちが次々に視線を送ってきて、そしてやっぱり一時停止。それに杉並は「ふ」と鼻を鳴らし、
「二人だ。空いているようだが?」
「へ? あ、はい、はい、空いてます、えっと、はい。
ではお席にご案内しますので、えと、どうぞ」
ぎこちない笑みで俺たちを中へ促す受付サンタ。その目は店内に「どうしよー!?」と助けを求める視線を送りまくっていて、見ているこっちが可哀想に思えてしまう。そしてもちろん、杉並はそんなことは気にするわけもなし、平然とした足取りで促されるままに店内へ。
「桜内、どうした? こう言っているのだから、入ればいいだろう」
「あ、ああ、まあ、うん」
店内を見回す。目が合って。
「私が案内するよ。代わりに調理の方行ってくれるかな?」
「あ、うん。あとは任せるね、白河さん」
「まっかせなさーい」
そう言って案内を変わったのは、おそらくはこの喫茶店の支柱となっているななかだ。その表情はにやっと笑っていて、返す杉並も「ほう?」と面白げに呟く。
……早くも胃が痛くなってきた。
○ ○ ○
「ふむ、コーヒーは不味くはないが美味くもないな。
値段から考えて、市販品のものを定価以下で仕入れてなんとか利益を得ているといったところか」
「……」
「ほう? ケーキは誰か菓子作りが得意なやつが作っていると見た。他の食べ物と比べて完成度が群を抜いている。
しかし、ふむ、量産はききそうにないな」
「……」
「この回転を二日続けて……ふむ、ふむふむ」
杉並の独り言以外に、これといって会話は聞こえてこない。響くのはかちゃかちゃと鳴る食器の音と、サンタが教室内を歩く足音、あとは客への注文確認の声くらい。それですらぎこちなくて、つまり、それほどまでにこのサンタ喫茶の空気はぴりぴりしていた。
自分で言うのもアレだが、理由はもちろん、俺たち二人のせいである。
「なあ、杉並。お前、何するつもりなんだ? 何もしないならいい加減出ようぜ?」
「む? だからしているではないか、敵情視察を。初日で情報を集めて二日目で攻勢をかけるのだ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず。常識だろう?」
「……」
にやにやとそう言うその顔は、どう見ても”視察”とは思えない。事実、このぴりぴりとした空気にあてられてそそくさと出て行く客も――――
「――そうか! お前、まさかわざと……」
「さあて、何のことやら。俺はここに座っているだけだぞ?
あ、おーい! そこの店員サン!」
手を挙げ、わざとらしく大声で店員を呼びつける杉並。その瞬間教室中のサンタがびくっと警戒するかのように驚き、そのうち一人がさささと寄ってくる。注目が集まるが、しかし、杉並はただ紅茶のおかわりだけを頼んだだけだった。ほう、と空気が一時的に弛緩する。
さっきからこの繰り返しだ。それはつまり、意図してやっているということ。
ただ座って、普通の客のように振る舞っている。それだけだ。
杉並の素知らぬ顔の向こうから、ななかが紅茶を持ってやってくる。
「あ、ななか。ちょっといいか?」
「うん? 義之くんもおかわり? できればもう出て行ってほしいんだけど」
「ふっふーん、白河嬢、客にそんなことを言っていいのかな?」
「モウシワケアリマセンオキャクサマ、ゴユックリドウゾ。
……で、なに? 義之くん」
「えーっと……ちょいちょい」
手招きすると、面白いものを見つけた猫のような表情をして、頭を俺の前まで持ってきてくれた。俺が口元に手をあてると、ななかは意を察して耳をこちらに向けてくれる。長い髪を除ける仕草に、ちょっとだけドキッとした。
「生徒会に連絡してないのか? 音姉でも来れば、杉並も退散すると思うんだが」
ななかは顔の向きを変えて、
「それがね、生徒会の人が来てはくれたみたいなんだけど、なんかあんまりやる気がないみたいで。
音姫先輩を呼んでって言っても、呼んでくれないし」
「やる気がない……? そんな人、居たっけなあ?」
かすかに覚えている、生徒会役員の面々を思い出す。今年の生徒会は音姉とまゆき先輩がツートップを担うことは分かっていたせいか、役員たちも志が高い人たちばかりだったはずだ。去年であればまだしも。
ななかは「ほら、あの人」と言って入り口の戸の方を目で示す。視線を追うと。
「ぶ――ッ!」
「ん? どうかしたか、桜内?」
「ああいや、何でもないけど……」
ななかもななかだ。どうして気付かないのか。
戸の方を見ていると、その当の”生徒会の人”も見られていることに気付いたようだ。戸をくぐって俺たちの席へとゆっくりと歩いてくる。どことなくにやにやしながら。その顔、杉並や杏と同類だ。
本校の制服。腕章は間違いなく生徒会。女子生徒。しかし、”現”生徒会の人では”ない”その人物は。
近づいてきたことに気付き、ななかが抗議の声をあげる。
「もう、どうして取り締まってくれないんですか。杉並くんと義之くんのせいでお客が逃げちゃってますよー」
「ちょ、ななか! 俺も!?」
「えー、だって杉並は紅茶飲んでるだけだし、こっちの朝倉の子飼いも何もしてないじゃない」
「いや、子飼いて……」
俺のツッコミは総スルーで、杉並が会話に割り込む。
「白河嬢、”生徒会”の人間がこう言っているのだ、仕方なかろう?」
「うー、なんかおかしいなあ……?
音姫先輩とかだったら、とりあえず杉並くんを生徒会室まで連れてってくれるよ」
「何言ってるのよ。そんなことしたら、つまらないじゃないの」
「つまら……っ!?」
ななかがぽかんとする。
うん、気持ちはよく分かるが、このくらいは慣れないと杉並やこの人とは付き合っていけないぞ。
仕方ない。俺が止めるしかないだろう。
「何でそんなことしてるんですか……――磯鷲先輩」
そう。”現”生徒会では決してない、その人。”前”生徒会長、磯鷲涼芽その人が、平然と生徒会の人間として呼ばれていたのだった。
「え? だから言ったじゃない。こっちの方が面白そうだからって。
私はこの学校の治安ならぬ”ノリ”を守るために、引退後もこうして精力的に活動することにしたのよ」
「ノリって……。
だいたい三年生は受験で忙しい時期でしょう? いいんですか?」
「あー、いいのいいの。私推薦だもの。どーせ生徒会長って肩書きだけで受かったんでしょうけど。
それにねえ、だいたい、勉強なんてやらないやつは受験前日だってやらないんだから」
はっ、と嘲るように息を吐いて肩をすくめる磯鷲前会長。どうして俺がバカにされねばならんのだ。俺、間違ってないよな?
「ま、私は常に面白いものの味方ってことよ。
しかも今日はあの高坂が居ないらしいじゃない。そのせいで朝倉はてんてこまい。何もしないでいる杉並にかまっている暇はないってことね。
で、臨時で私が生徒会に戻ってこうして”ノリ”の維持に努めてるのよ」
「……杉並、あと磯鷲先輩。もしかして」
「ふふん、どう思おうがこれは偶然だ、桜内。なあ、前会長殿?」
「ええ。私が呼ばれたら、たまたま何もしていない杉並がそこに居たのよ、きっとね」
うん、間違いない。
――この二人、内通していた。
あらかじめ杉並はここに来ることを磯鷲前会長に伝えていて、しかもこの現状を見逃すよう要請していたのだ。それに面白いもの好きの前会長がノって、しかも他の生徒会役員が来ないように画策した。あるいは大先輩であるから威光を無視できないのか。どちらにせよ、平和的手段で杉並は生徒会の圧力を排除してみせたのだ。
……なんとセコい。
「うう……私たちは政治的策略に屈したってことだね、義之くん」
ななかがうなだれる。杉並は優雅に紅茶を飲んでいて、磯鷲前会長は「あ、ケーキ1個お願いできる?」などと注文までしていた。さてどうしたものか。音姉を呼ぶべきか、あるいは自力でなんとかするかなど、解決策を考えようとしたまさにそのとき。
「――発見したわ! 覚悟しなさい杉並!
みんな、突入よ、突入ー!」
「まゆき先輩っ!?」
「んなっ!? 高坂!?」
「……むっ」
出口側の扉。滑り込むようにして教室へと入ってきて、そう叫んだのは間違いなくまゆき先輩その人だった。
声に続いて、一斉に生徒会役員と風紀委員がなだれ込んでくる。
「ど、どうなってるのよ!? 高坂、あんた欠席じゃなかったの!?」
「会長! まさか会長が杉並に与するなんて……いやまあ、充分ありえましたけど。
って、それよりまず杉並よ! 逃がすか!」
「はーっはっは! この場は引き分けだ、高坂まゆき!
焦るな焦るな、クリパはまだ一日目! 決着は明日つければいい!」
「ちょ、杉並!?」
見れば杉並はいつの間にか俺の対面の席から消えていた。視界を回し、探す。微かに映った後ろ姿は、窓際、足を掛けた格好。一瞬の後、杉並はそこからカーテンを握りしめて飛び降りた。……ここ、三階だと思ったんだが。
「……ちっ、逃したか。
みんな、一応追ってちょうだい。逃げ延びるよりは、どこかに隠れるはずだから」
まゆき先輩が窓際から外を睨んだまま、生徒会役員たちにそう指示する。突入してきた彼らは、ぞろぞろと教室から出て行った。
まさに嵐のような出来事、というにふさわしい。見ろ、店内のサンタも客も呆然としたままじゃないか。
「いや、それよりもまず。
まゆき先輩、風邪は大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、弟くん。
昨日はありがとね。うん、今日はだいぶよくなったから、さっき来たのよ。弟くんのおかげかな」
「いえ、そんな。俺は先輩を運んだだけで……」
それにはまゆき先輩はにこっと微笑んでくれただけで、特に何も言わずに。
「……で、会長はどこ行くつもりですか?」
「え!? あ、いや、ほら……そ、そうそう!
こ、高坂! 公衆の面前でそんなこと聞くなんてデリカシーないわよ!」
「はいはい、お手洗いでもなんでも、話を聞かせてくれたあとにいくらでも行っていいですから。
……行けたら、ですけどね?」
「くっ、一度ならず二度までも……」
音を立てないようにしてそろりそろりと逃げようとした磯鷲前会長の態度もまゆき先輩にはお見通しだったようで、注意すると前会長は溜息を吐きつつ手近な椅子へと座った。観念した、ということらしい。
そうして、一連の事態は収束したと理解したのか、教室内の空気が再び動き出した。
ようやくななかも再起動終了。
「えと……高坂先輩、ありがとうございます。助かりました」
「あはは、いいって。あたしたち生徒会にも非があったわけだから。
あ、ちなみに弟くんは何もしてないわよね?」
「…………」
「白河?」
「へ? え、ええ、はい、義之くんは杉並くんに連れてこられてきただけみたいでした。
ね、義之くん?」
「ああ、もちろんそうだけど」
まゆき先輩の手を握って、感謝の意を表したななか。しかしその表情はなぜか驚きに瞬時に変わって、まゆき先輩の質問に答えられなかった。……何だ? 手のまめに驚いたのか?
なお、自己弁護するわけではないが、俺が杉並と一緒に来たのは杉並の暴走を監視するためだった。結局それは失敗……というか、まゆき先輩が以前言ったように「知らないうちに利用され」てしまったのだが。反省。
「じゃあ、とりあえず役員が戻ってきたら、事後処理を任せて――――」
○ ○ ○
一通り作業を指示し終えたまゆき先輩は、病み上がりだというのにこれから校内の見回りだという。
俺は生徒会に協力すると約束したし、なによりまゆき先輩が心配なので、ついていくことにした。そう言ったら「ありがと、でも本当に大丈夫よ?」なんて恥ずかしそうに笑われてしまったけれど。
そうしていざ見回りに行こうか、というとき。俺はななかに呼び止められて、こう言われた。
「頑張ってね、義之くん」
はて何のことだろう、と思う間もなくななかはくるっと反転して、教室へと戻ってしまった。まるで、そのときの自らの表情を俺に見せまいとするかのように。
泣かせるようなことはしていないと思うのだが、いかんせんニブいニブいと言われている身だ、自信はない。落ち着いたら小恋辺りにでも聞いてみることにして、俺はまゆき先輩と二人、校内の見回りへ。杉並が居ないせいかそうぴりぴりすることもなく、ゆったりとしたペースで各クラスを見回っていく。
「……ん? どうかした、弟くん?」
「いえ、なんでもないです」
いつの間にか見ていてしまったらしい。
でも見る限り、風邪を我慢している様子はない。よくなった、というのは真実なのだろう。
「んじゃ、次はここの漫才を”見回り”行ってみましょうか」
「え? いや、ここ遠くないですか? もっと近くから――」
「だったらその途中の出し物をのぞきながら行けばいいじゃないの。
ほら、行くわよ!」
「まゆき先輩っ!?」
ぐっと俺の腕を掴み、まゆき先輩は俺をリードするようにして歩き出した。歩調を合わせ、ついていく。まゆき先輩は少しだけ笑った。
そうして、午後四時から、クリパ終了までの一時間。華やかに彩られた、学園の廊下で。
俺はまゆき先輩と一緒に、手を繋いで、のんびりと歩きながら、各クラスの出し物を”見回って”いったのだった。
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