まゆきルート! プログレッブ -12/22 

[Mayuki route! progressive]
「これで十六個目、と。
 ……んとにもう、この熱意をどーしてまともな方に向けないかね、あいつは」
「まあ、それが杉並といえば杉並ですし……まともにまともなことをやったら、それはもう杉並でないナニカですよ」
「いや、分かってはいるんだけどさ。……けほっ」

 咳をしつつまゆき先輩が手に取ったのは、奇怪な箱。中身は爆発物と警報の二種類があり、今回のはどうやら爆発物の方らしい。なぜ分かったかといえば、箱にご丁寧に「キケン! 俺以外触らぬように」と書かれているからだ。

 とまあクリパ前日の今日、俺とまゆき先輩は昼休みが始まってからずっと、こうして廊下に設置された”罠”を取り外し続けていた。
 誰がどう見ても杉並が仕掛けたものだ。天井のど真ん中にどかんとくっつけてあったりするものもあれば、配水管の裏に巧妙に隠されてたりするものもあり、気分は微妙にかくれんぼ。ちなみにまったく楽しくない。

「それより先輩、そろそろお昼食べないと時間ないですよ?
 残りは放課後にするしか……」
「うーん、そうしたいのは山々なんだけどね。
 放課後は放課後で忙しいし、まあお昼くらい抜いても――」
「ダメだよ、まゆきちゃん。お昼はちゃんととらないと」
「――って、学園長?」
「珍しいですね、さくらさん」

 話に割って入ってきたのは、珍しく昼休みの廊下をぶらぶらと歩いているさくらさんだった。とはいえ本人はそう珍しいこととは思っていないようで、「そうかなー?」なんて首を傾げつつ、

「まあいいや。でも、つまり二人ともお昼まだなんだよね?
 良かったー。義之くん、教室にいないからもうお昼食べに行っちゃったのかと思ったよ」
「確かにまあ、お昼はまだですけど……?」
「うんうん。けどそっか、音姫ちゃんや由夢ちゃんじゃなくて、一緒に居たのはまゆきちゃんだったか〜。
 まあ予想外といえば予想外だけど、ありえたといえばありえたよねー」
「へ? ええと、音姫なら教室に残ってますけど、呼んできます?」
「ううん、いいのいいの。義之くんと一緒に居る人を、そのまま誘おうと思ってたから。
 というわけでボクの部屋でお昼の準備をしてあるから、三人で食べようよ。あ、はりまおも居るから四人かな?」

 さくらさんのお誘いに、思わずまゆき先輩と顔を見合わせる。その目は「あたしが約束してるわけないじゃない。弟くんじゃないの?」と言っていて、それには俺だって知らなかったと答えた。目で。
 であればなんで、お昼が用意されているのか? さっぱり意味が分からない。

「それじゃそういうことで、れっつごー」

 俺たちの疑問など気にした風もなく、まるで「ついてこい」と言わんばかりに堂々と振り返って歩いていくさくらさん。

「……行きましょうか、まゆき先輩?」
「行くしかなさそうだねえ。ここで無理に仕事するって言っても聞かないでしょう、学園長は。
 お腹が減っては戦はできないって言うし、ここはお言葉に――けほっ、ごほっ!」
「あの、大丈夫なんですか?
 一昨日あたりからずっと咳き込んでますけど」
「ぁー……うん、大丈夫、大丈夫。今日は薬も飲んできたし」
「うーん……」
「ほらー、どうしたのー? 早く行かないと冷めちゃうよー?」

 さくらさんの声。
 喉も枯れ気味で、ちょっとばかし辛そうなまゆき先輩の様子が気になりながらも、俺はまゆき先輩と共にさくらさんの後に続いて学園長室へと歩いていった。



       ○  ○  ○



「鍋?」
「うん、お鍋だよ」
「学園の中で……鍋?」
「こたつ付だよ! 温まるよ〜」
「いや、そりゃ温かいですけど」

 こたつと鍋の火で暑すぎるくらいです。

 ってことで、学園長室で俺たちの到着を待っていたのは、鍋だった。鍋。野菜やら肉をたくさん入れて、だし入りの水でぐつぐつと火で温める、あの鍋である。言うまでもなく、普通は学校でやるものではない。

 俺とまゆき先輩の遠回しなツッコミがさくらさんに通じることはなく、結局言われるがままにこたつへと入って小皿をもらってしまった。なぜかはりまおの前にまで同じ小皿が置かれる始末。
 猫は猫舌っていうくらいだから熱いものはダメだろうが、犬なら食べれるのか? というよりそもそも、こいつ、犬なのか?

「あおー」
「あはは、実ははりまおがお鍋食べたいって言うから用意したんだよ。
 ねー、はりまお」
「あおあお?」

 肯定とも否定とも取れない返答。うまけりゃなんでもいいといったあたりか。

「でも珍しいですね。鍋って言ったら、あの人が飛んできそうなもんですけど」
「あー、うん、さっき来たんだけどね。申し訳ないけど、帰ってもらったんだ。あ、もちろんお裾分けはしたよ?
 今日はちょっと……ね。義之くんたちとゆっくり食べたかったから」
「なんだ、やっぱりさくらさんが食べたかったんじゃないですか」
「にゃはは、だってとっても寒かったんだもん。
 ほらほら、二人とも遠慮しないで食べてよ。あと、二人の話もいっぱい聞かせてほしいなあ」

 さくらさんはにこにこと、そんなことを言ってくる。その態度は家で音姉や由夢と一緒に食卓を囲むときのそれで、まゆき先輩にとっては少しばかり馴染みのない表情なのだろう、その顔はちょっとだけ驚いていた。
 これはさくらさんが学園の生徒みんなを自分の子どものように思っているからなのか、はたまたまゆき先輩が特別なのかは分からない。でも、この雰囲気は間違いなく家族のそれだった。

「えと、じゃあ……」
「いただきまーす」
「どうぞ、めしあがれー」
「あおあおー」
「はいはい、はりまおの分も今とってあげるから、そう急かさないの」

 そうして、学園内でこたつ付きの鍋を食べ始めたのだった。



       ○  ○  ○



「――ゲホッ、コホッ!」
「ちょ、まゆき先輩……!?」

 お鍋もそのほとんどが無くなろうかという頃。特に辛そうな素振りも見せていなかったまゆき先輩が、いきなり咳き込み始めた。必死に手を振って「大丈夫だ」とアピールしようとしているものの、その仕草すら辛そうに見える。

「あの、やっぱり休んだ方が……」
「けほっ、けほっ……うん、大丈夫、気にしないで。ちょっと喉に詰まっただけだからさ。
 熱があるわけでもないんだし、そんな心配そうな顔しないの」
「いや、だってまゆき先輩、どう見ても今のは――」
「まゆきちゃん、ちょっといい?」

 声をあげたのは、まゆき先輩の突然の咳き込みに驚いていたさくらさん。こたつから出てゆっくりと立ち上がると、テーブルを回ってまゆき先輩の隣にしゃがみこんだ。その途中、雰囲気を感じ取ったかはりまおはさくらさんの頭から降り、あぐらをかいている俺の膝上へ。

「学園長まで、そんな、大丈夫ですって」
「そう? ならいいけど……ほいっ」
「――ッ!?
 ケホッ、っ、ゴホッ!」
「いやいや、さくらさん!?」

 あなた一体何をしましたか。

「ほらー、やっぱり我慢してた。
 舞佳ちゃんに見てもらってきなさい。ボクが見た感じ、結構ひどくなってるよ?」
「けほっ、えほっ!
 だから、大丈夫、です……ほ、ほら、昼休みも終わりますし」

 どうやらさくらさん、まゆき先輩の脇腹をちょこっと人差し指でつついただけのようだ。その指をくるくると回しながら、まゆき先輩のじっと見て、

「……そうまで言うなら仕方ないね。
 義之くん?」

 俺へと視線を振ってきた。

 うん、だいたい言いたいことは分かる。
 大きく安堵の息を吐くまゆき先輩。普段であればさくらさんの意図など汲めるだろうに、分からないほど弱っているのか。
 ……それじゃ確かに、仕方ない。

 はりまおがぴょこぴょことさくらさんの方へと戻り、俺はさっさと立ち上がって。

「さあ、じゃあ、弟くん。そろそろ戻り――ちょ、弟くん!?」
「まゆき先輩、ちょっと失礼しますよ」
「ど、どこ触っ……!」

 とりあえずまゆき先輩の脇下に両手を入れ、ぐいっとこたつから引っ張り上げる。一応抵抗を試みているような素振りはあるのだが、普段の力の強さとは比べるべくもない。体重のかかり方は力が入っていない人のそれで、むしろこの体調で今までいたのかと驚くくらい。

 とりあえず中腰のまま、まゆき先輩の腰が浮くくらいにまで引っ張り上げて、一旦停止。どうしたもんかと思い、問う。

「まゆき先輩。普通に持ち運ばれるのと、俺に背負われるのどっちがいいですか?
 というか、先輩が協力してくれないとおんぶできないんですが」
「いや、どっちもいいから! だ、だからほら、そろそろ教室に――」
「……せっかく聞いてあげたんですけどね」
「へ? うわあっ!?」

 膝下に左腕を入れて、背中を支える右腕とともにその身体をぐっと持ち上げる。落ちると思ったか、まゆき先輩は驚いて俺にしがみついてきた。
 いや、それされると余計にバランスとりづらいんだけども。

「それじゃさくらさん、保健室行ってきますね」
「うん。任せたよ、義之くん」

 挨拶し、学園長室の出口、そこで手を使わずに靴を履いている途中でようやく、

「分かった、分かったから!
 弟くんの背中借りるから、とりあえず下ろして!」
「最初っからそう言えばいいのに……」
「……弟くん、風邪治ったら覚えてなさいよ」

 普段であれば恐ろしいその台詞も、顔を真っ赤にして口をとがらせた表情では、凄みがあるとかないとかって次元の話ではなく。

 言われたとおり床へ一度下ろし、俺は反対側を向いてしゃがみこみ、背中を差し出す。しばらく戸惑いがあったものの、まゆき先輩は再度の抵抗を試みることなく俺の背中へおぶさってくれた。ずしりとかかる重みと、温かい部屋でもなお感じる暖かみ。大げさに言えば、これがこの仕事の重みであり、対価だろう。

 特に注意するまでもなく首に腕を回され、耳元にまゆき先輩の顔が置かれる。呼吸は規則的。落ち着いているのではなく、意図して落ち着かせているのだ。

「じゃあ、さくらさん、今度こそ行ってきます」
「うん、舞佳ちゃんには連絡入れておくから。よろしくね」
「はい。
 まゆき先輩、苦しかったりしたら言ってくださいよ? 無理されてもこっちが困りますから」
「分かってるわよ……」

 ぎゅっと、しがみつく力が強まる。あまりバランスが悪い感じはない。これなら階段もないルートだ、そう心配はないだろう。
 なるたけ冷静な方向へ頭を向けつつ、俺はまゆき先輩を背負って学園長室を出た。

 その瞬間、休み時間終了のチャイムが鳴って。重なるようにして耳元で呟かれた感謝の言葉には、聞こえないふりをしておいた。まゆき先輩はそれに言及されるのを良しとしないだろうし。
 ……それに、聞こえてないと思われるはずがないのだから。


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Short Story -D.C.U
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