まゆきルート! プログレッブ -12/21 

[Mayuki route! progressive]
 犬は歩くと棒に当たる。
 牛は歩けば善光寺へ行く。

 では俺はというと。

「蝶が羽ばたくのと同じってところか……?」
「ん? 腸がどうかした?」
「いや、何でもないです」
「そう? ならさっさと食べないと、時間なくなるわよ。
 あーほら、沢井も。まだ全然食べてないじゃない」
「へ!? あ、はい、ええ、食べます食べます」

 まゆき先輩に促され、委員長は慌てたように日替わり定食を箸で口へ運び始める。

 ああ、気持ちはとっても分かる。思っていたことはおそらく俺とそう変わらない。
 つまり、「なんでこんなことになっているのだろう?」ということだ。

 もともと、俺と委員長が一緒にお昼、という時点で相当に珍妙なことなのだ。
 それであるにも関わらず、

「まったく、高坂みたいなのが居るとおちおち食事も出来ないわよ。あれね、小姑ってやつね」
「コジュウト?」
「あー、っと……She is too fastidious about manners. In Japan, we call a woman like her "kojuto", OK?」
「ちょ……会長、何吹き込んでるんですか!」
「Are you Kojuto?」
「ノーよ、ノー! ああもう、留学生に変なこと教えないでくださいって……」

 珍妙さに珍妙さが上積みされていた。

 ……昼休み、俺はなんとなく委員長をお昼に誘ったら、なぜか返ってきたのは了承の言葉。よくよく聞けば「お弁当を忘れた」とのことで、きっと委員長のことだ、パンの争奪戦に参加する気はなさそうだし、学食へ行こうと思っていたところに俺の誘いがあったからとか、そんなことなのだろうと思う。

 それで委員長と二人で学食に来れば、そこには券売機前で妙に首を傾げている女子生徒。
 俺には見覚えがあった。音楽室でたまに見かける、金髪の異国少女である。彼女は明らかに困っていたのだが、俺は外国語なんてからっきしだし、そもそも以前も声をかけてシカトかまされたのでどうしたもんかと悩んでいると、

「What's wrong? May I help you?」

 流暢な英語は委員長から。困っている人を放っておけないタチだとは何となく思っていたにせよ、見知らぬ人に声を掛けるほどに親切だとは思っていなかったので、俺は少々びっくりした。
 金髪少女にしてもそうらしかったが、委員長に言葉が通じるとみるや何やら話をしはじめ、言葉が分からない俺は推測するしかなかったものの、つまりは券売機のメニュー名が読めなかったらしい。

 そうして「一緒にどうかしら?」という委員長の提案に俺は頷いて、俺と委員長、そして金髪少女の三人で学食内の数少ない空席へ。
 その後遅れて「あ、弟くんじゃん! 相席いいかしら?」なんて声が聞こえてきて、見ればそれはまゆき先輩と磯鷲前会長の二人組。承諾の意を返して今に至るというわけである。

「でも、うちに留学生なんていたんですね。
 えーっと……うぇあーあーゆーふろむ?」
「……?」

 うん? と首を傾げるその少女。英語がヘタクソなのか、周りがうるさくて声が聞こえなかったのか。まるで俺の存在そのものに疑問を抱いているような無視っぷり。泣ける。

「ま、私は外人だろうと人外だろうと、私の手を煩わせなければそれでいいけどね。
 むかしは宇宙人もいたって話があるくらいだし」
「人外でもいいだなんていうの、会長くらいですよ……」
「私も人外はちょっと。ロボットなんか絶対嫌ですし。
 まあそれはともかく……えっと、Where are you from? England?」

 眼鏡をかけおなしつつ、委員長が異国少女に問いかける。
 ちなみにこのメンバーで英語が分からないのは俺だけのようだった。委員長が成績良いのは知ってたけど、よもや磯鷲前会長とまゆき先輩がここまでできるとは。ちなみに磯鷲前会長はさっきみたく英語を喋れるが、まゆき先輩は聞けるだけの模様。それでも充分凄いけど。

「Yes, I'm from London.」
「うっわ、じゃあ私らより都会者じゃないの。
 Why did you come here? There is nothing to offer travelers in this island.」
「Because I've been here only once, long long time ago.」

 そこでちらっと外を眺めて、

「I came to see "S"akura, again.」

 咲き誇る桜の木を眺めるようにしながら、そう言った。
 ……まあ、意味は全く分からないのだが。

 それでもなんとか聞き取れた言葉、「サクラ」というのはさくらさんのことだろうか、とも思ったのだが、

「あー、桜ね。忘れてたわ、当たり前すぎて。確かに見どころっちゃ見どころよね」
「いや、会長、この島の見どころで桜を忘れちゃいかんでしょ……」

 さくらさんのことではなかったようで、磯鷲前会長はそう言って笑い、まゆき先輩は呆れたように息を吐いた。
 そうしてちらっと時計を見上げて。

「――って、もうこんな時間!?
 会長……はちゃっかり食べてるけど、沢井と弟くん、さっさと食べないと遅れるわよ?」
「え? ……ええっ!?
 ほ、ほら、桜内が変に話を長引かせるから!」
「俺関係ねー!?」
「……?」

 時刻は休憩終了十分前。
 結局俺たちは、異国少女の少しばかり不思議そうな視線を受けながら、日替わりランチを一気にかきこんだのだった。



       ○  ○  ○



「……ん?」

 放課後、今日は生徒会に顔を出すかどうするか迷っていると、廊下の奥の方からどたどたと凄い勢いで走ってくる足音が複数。
 また杉並とまゆき先輩かなーと思っていたのだが、廊下の曲がり角、そこからまず見えたのは少しばかり赤みがかった長い髪の女子生徒。リボンは黄色で、制服は付属。
 つまりは。

「あれ、ななか?」
「え? あ、義之くん!?
 ごめんね、いま忙しいからまたあとでー! あと後ろの人たちどうにかしてくれるととっても助かるんだけどなー!」
「は? 後ろの人たち?」

 ななかが俺の横を駆け抜けていく。次いで、曲がり角からは四、五人の男子生徒。息を切らせて猛烈な勢いで走ってきた。
 後ろの人たちってのはこいつらのことだろう。しかし何だ、校内で堂々ストーカー行為か?

 廊下の真ん中で、邪魔をするように立ってみる。

「……っと! すいません、急いでるんでどいてもらえませんか」
「いや、えーっと……ストーカー?」
「はい?」

 ぽかんとする、眼鏡をかけた男子生徒。
 それは図星というよりかは、「何を言ってるんだこいつは」といった類の反応だ。どうやら違ったらしい。

「あーっ、居た! こら、手芸部! あたしを振り切って強行するとは良い度胸してるわね!?」
「げっ、高坂先輩! 追い付かれたのか!?
 あーもう、今日はここまでだ! 撤収!」

 後方からの怒声に、男子生徒たちは瞬時にばらばらと分散して逃げていった。胸につけているトランシーバーの類からして、組織的行動力に長けているらしい。
 ……うん、きっといまどき、手芸にも組織力が必要なんだろう、たぶん。

 そうして蜘蛛の子が散った後、ぜえぜえと息を切らせてまゆき先輩が走ってきた。俺を見つけてその表情が少し和らぐ。

「おつかれさま、まゆき先輩。ずいぶん走ったんですね?」
「はあ、はあ……いやまあ、それほどでもないんだけどね。
 ちょっと疲れが溜まってるのかも……けほっ」

 膝に両の手をつき、肩で息をし息を整えようとしている。
 それを邪魔しているのは、あまりいいものとは思えない咳だ。

「風邪でもひいたんですか?」
「あーいや、心配しなくていいって。休んでるわけにはいかないんだから」
「でも――」
「それより! 助かったわ、弟くんが足止めしてたんでしょう?
 白河から聞いてたんだ?」
「え? いや、ななかが通りがかりに『後ろの人たちをどうにかしてくれ』って。
 でもなんで手芸部がななかを追いかけてるんですか?」
「うわ、それを知らないで手助けしたの?
 ほんと、人が良いというか、なんというか……えほっ、けほっ」

 声をかけようとすると、先輩は顔の前で手をひらひらと振って。

「手芸部がね、ドレス作って白河に着せたがってるのよ。
 ほら、毎年やってるでしょ? クリパの」
「あー……」
「あたしも別にそれだけなら何も言わないけど、当人が困惑して、しかも校内で駆け回られたんじゃ、見逃すわけにもいかないしね。
 今回のミスコンには杉並が噛んでるって話もあるし」

 伝統じゃなければ中止になっておかしくないわよ、と呟くまゆき先輩。さすがに色々と問題があるとはいえ、数十年続いているミスコンをやめさせるわけにはいかないといったところか。
 またあるいは、あれを楽しみにしている生徒は多い故、中止にした場合の影響が大きいからとか。いわばガス抜きみたいなものだ。

 しかしミスコン主催のみならず、威信をかけて誰を推薦しようとする部まであったとは。
 確かに手芸部なんかは絶好のアピールの場だろうが、さすがに思いつかなかった。

「しかし、出たいのに二の足踏んでる生徒も多いだろうに、そこまで断るななかも凄いですよね。
 ああいうの好きそうですけど」
「そう? 音姫なんかも毎回勧誘されてるけど、毎回断ってるわよ。
 まあ今年は会長だしね、主催者側も期待してないみたいだったから、その分あたしにしわ寄せが……」
「しわ寄せ?」
「あ、いや、なんでもないわ、なんでもない」

 あはは、と笑って言葉を濁す。

 ちなみに音姉が毎回勧誘されているのは聞いていたし、去年あたりは由夢も誘われていたようだった。聞く限り小恋や茜も打診は来ているらしいし、俺としてはこうも周り中がそういう話をしていると、主催者は出るなら誰だっていいのかと問いたくなることすらある。
 ……と渉に以前言ったら、なんか知らんが殴られたが。なにゆえ。

「まゆき先輩にだって打診は来てるんでしょう?
 先輩は男女問わず人気があるんですから、出れば勝てるでしょうに」
「いやあ、あたしはそんなガラじゃないわよ。舞台に立つのは嫌いじゃないけど、好きなわけでもないし。
 だいたい着飾った姿とかって、特定の誰かに見せられればそれでいいじゃない。知らない誰かに喜ばれてもねえ、そりゃ悪い気はしないけどさ……」

 なんだか結婚式の花嫁みたいなことを言う。
 このあたり、アイドル的な要素が強いななかや音姉とは対照的といったところ。アイドルが偶像ならばまゆき先輩は実務の人だし、あながち間違いとは言い切れない。一般の生徒としては、身近さはまゆき先輩の方が上だろうし。

「まあミスコンのことはともかくとして。
 白河のことじゃないとすると、どーして廊下なんかでぶらぶらしてたのよ。何か企んでるの?」
「いやいやいや。
 これでも手伝うって言っちゃいましたからね、生徒会室に顔を出すかどうか迷ってたんですけど」
「あー、今は校内の注意が主だからねえ、生徒会室に行ってもやることないわよ。
 だから今日はもう帰りなさい。弟くん、人がいいから知らないうちに杉並に利用されたりするかもしれないし」

 笑いながら随分なことを言ってくれる。ちなみに否定はしない。

「じゃあ帰りますけど……まゆき先輩、本当に大丈夫ですか?」
「なに、問題ないって。弟くんは早く帰って、音姫のために温かいものでも用意しておいてあげなさいな。
 それじゃま、そういうことで! 音姫が仕事してるのに、あたしだけこうして休んでもいられないしね」
「ええ、じゃあ、また明日」

 まゆき先輩はくるっと振り返り、小走りで廊下の奥へと消えていった。その姿勢は普段と一緒のようで、しかしどこかで違和感がある走り方。
 しばらくすると曲がった廊下の角の先から、まるで我慢していたかのような咳がごほんごほんと聞こえてきて、本当に大丈夫なのかと心配になるものの。

「……帰るか」

 きっとまゆき先輩はそれを良しとはしないだろうから。
 言われたとおり音姉のためにシチューでも作っておこうと思いながら、のんびりと下駄箱へ足を向けたのだった。

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Short Story -D.C.U
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