まゆきルート! プログレッブ -12/20 

[Mayuki route! progressive]
「えー、一口にSSPといってもだな、それが内包する意味はただ一つではありえん。
 辞書的にはStatutorySickPay、つまり英国の法定疾病手当のことで、これは疾病や障害により特定期間労働ができない被雇用者に対し、雇用者側が支払わなければならない一定額の給与のことだ。これは国民保険法によって定められている。
 SSPといえば他には、航空会社のサービスでも製薬会社の名称などでも使われる。もちろん固有名を出すわけにはいかないが、しかし、我々にとって最も身近なSSPといえば、その固有名を出せないやつではない、つまりあれ以外の何かに関連したものだろう。まあ任意の名称で呼んでいただきたいが、この今も俺のもつ数多のPCのうちの1つに住み着いているそれは今を遡ること五十余年、とある界隈で――――」
「……なあ、杉並」
「――という経緯で名称を……っと、どうした同志桜内?
 いくら桜内といえど、人の話の腰を折ったからにはそれ相応の意見なり質問なりがあるんだろうな?
 それとも何か今の話に問題があったか?」
「問題外よ! ちょっと杉並、あなた何いきなりわけわからない演説始めてるのよ!?
 クリパの話はどこいったの!?」

 俺が杉並の話をぶった切ったのを良い機会と取ったか、後方で今まで黙っていた委員長がその鬱憤を晴らすかのように割って入ってきた。

 しかしながらその意見に俺も甚だ同感。杉並はLHRで委員長の進行を遮り「俺がやろう」と言ったと思えば、突然意味不明な長話を始めたのだから。
 杉並が意味不明なことは、いつも通りといえばいつも通り。とはいえこのいきなりの意味不明さで呆気にとられなかったのは、最初から話を聞いてなかったやつか、話についていけているらしい杏くらいなものだろう。

「わけのわからない? それはそうだろう。だからこそこの俺が、何も知らないお前たちに『SSP』の意味を教えているのだ。
 知っている奴らだけならばこんなことはせん」
「そうじゃなくて!
 さっさとクリパの出し物の話をしなさいって言ってるのよ! なんでSSPの意味なんか知らなくちゃいけないのよ。セクシースシパーティーって言ったの、あなたじゃない」

 委員長の真っ当かつ正当というか誰もが思っている意見にも、杉並は動じない。

「甘い、甘いぞ。SSPはセクシースシパーティーの略であるのは確かだ。
 しかし、言霊という概念を忘れたか? 言語には魂が宿る。いかな言葉であれ、発する以上はその内容を超えた何かをも内包してこの世界に広がるのだ。
 であればこそ、我々は少なくとも我々の出し物であるSSPの意味をより深く知っておかねばなるまい。言語がゲームであったとしても、いや、あればこそ、我々は己の用いる言語について慎重にならなければならない。
 違うか、委員長!?」
「ぜんっぜん違うわよ! いいからさっさと係分け決めなさい!」
「……うむう、いつの世も幅をきかせるのは政治力ということか。
 まあいい。えー、では当日の係についてだが――」

 杉並はさっさと方針転換すると、くるっと振り返って黒板にカツカツと字を書き始めた。
 スイッチがあるんじゃないかってくらいの切り替えの早さ。杉並にしろ杏にしろ、話を変えたときの話題の捨てっぷりは並じゃない。賢い奴はみんなこうなんだろうか?

 委員長の「それでいいのよ、それで」という呟きが聞こえる中、杉並は決めるべき係を書き終える。
 並べられたそれは「買い出し」「接客」「金銭管理」「装飾」「委員長」などなど。……って。

「ちょっと、『委員長』係って何よ?」
「ん? ああ、これか。
 何って、何かを集団でやるにはまとめ役が必要だろう?」
「それはあなたがやるんでしょう?」
「何を言うか。委員長から委員長の役職を奪えるわけがなかろう。
 委員長が委員長である限り、委員長は委員長として委員長を務めてもらうぞ」
「……なんか頭痛くなってきた」

 溜息。委員長の胃が寿司まで保つかが心配だ。

「えー、では委員長係は委員長にやってもらうとして、当日の接客以外は一括で俺が引き受けようと思う。
 異論ある者は居るか?」

 前に向き直り、そんなことをのたまう杉並。当然背後から「はあっ!?」と声があがった。
 ……胃潰瘍の薬、経費で落とした方がいいんじゃなかろうかね。

「異論なんて大有りよ!
 あなたが全部やるって何! そんなこといいわけないでしょ!?」
「ほう? しかしそう思っているのは委員長だけのようだぞ?」
「何言ってるのよ、そんなわ……け……?」

 教室を見渡す委員長。その言葉が擦れたように消えていく。

 なぜなら。
 杉並に「異論アリ」として、手を挙げた生徒は誰一人としていなかったのだから。

「ちょ、ちょっとちょっと……どうしたのよ?
 杉並に全権任せるなんて、みんな本気なの!?」
「いやあ、だって正直買い出しとかダルいしなあ」
「それに、杉並がやった方が何かと面白そうじゃない」

 渉と杏の返答に、委員長が再び頭を抱えた。

 気持ちはよく分かる。杉並がプロデュースして散々な目にあったのが、去年の卒パなのだ。あの悲劇――他人にとっては喜劇――が繰り返されないとは限らないし、むしろ杏や杉並といった面々はその再現を望んでいるようですらある。それはクラスを統括する立場にある者としては、やはり避けたい事態だろう。

 しかしまあ、俺はこうも思うわけだ。
 SSPの提案を呑んだ時点で、委員長の負けだとも、な。

「かつて委員長はこう言ったな、『物事は多数決で決めるべき』と。
 どうする? 俺はここで決を採ってもいいと思うのだが、そこまでする必要を認めるか?」
「……あーもう、分かった、分かったわよ!
 でもいい? やるからには半端なことはしないでちょうだいよ!?」

 委員長がそう怒鳴ったものの。
 杉並のどことなーく勝ち誇った顔が、今日のLHRの結論を物語っていたのだった。



       ○  ○  ○



「っつー……。
 まだ何か違和感があるような……」
「だから悪かったって言ってるじゃない。
 でも弟くんも弟くんよ? さっさとそう言ってくれれば、あたしだって蹴らずに済んだのに」

 放課後。まゆき先輩曰く「クリパ前の最後の息抜き」だそうで、俺とまゆき先輩は二人して桜公園へとやってきていた。

 もちろん普段来ないこの組み合わせで来たのには理由がある。詳しいことは省くが、まゆき先輩の”可愛い勘違い”(自称)で俺は足を負傷してしまい、そのお詫びとしてクレープでも奢ろうか、ということになったのだ。
 俺としてはそこまで気を使ってもらうつもりはなかったのだけれど、まゆき先輩の気が済まないのだという。そんなわけで、俺も了承の言葉を返し、こうしてやってきたというわけだ。

 まあ、虫と毛糸を勘違いされただけで、打撲しかねないローキックを喰らったのだ。クレープくらいはもらったっていいだろう?

「しっかし、この時間はあまり来たことなかったけど、単なる公園が随分な賑わいね……」
「俺もたまに来ますよ。まあ、付き添いが多いですけど」
「ふーん。あたしも付属の頃は何度か来たことあったけど、ここまでじゃなかった気がするなあ……。
 あ、あたしはイチゴので。弟くん、何にする?」
「先輩と同じのでお願いします」

 クレープ屋のお姉さんにそう注文し、イチゴクレープをまゆき先輩が2個受け取る。そのうちの片方を俺へと手渡した。

「何か今更なんですけど、ほんとにいいんですか?」
「いいわよ。あたしの不注意だったんだから、お詫びくらいは受け取ってよ。
 けど、座れそうには……っと、あそこ、空いたわね。取られないうちに行くわよ!」
「へ? ちょ、まゆき先輩!?」

 クレープを持っていない方の手がぐいっと引っ張られ、そのまま引き摺られるようにしてまゆき先輩の後に続く。
 無意識だろうか、手はぎゅっと握られて、うん、仕事柄もっとかさついた手だと思っていたのだが、意外や意外、柔らかい。冷たいけど、体温もしっかりと感じられた。

 そんなことを思ってるうち、まゆき先輩はくるっと反転し、空いたばかりのベンチにどかっと座り込む。当然、俺はその隣に座ることになって。手は離れた。ちょっと名残惜しい。

「ん、こりゃまた随分甘いわね。太らないかしら」
「その心配はないと思いますけど……」
「あはは、ありがと。褒め言葉として受け取っておくわ」

 そう言ってもう一度ぱくり。心配そうな言葉とは裏腹に、その顔はいかにもとろけそうな勢い。
 まゆき先輩もこんな顔するんだ、なんて思ったりしたとか言ったらぶっ飛ばされそうなのでやめておくが、その表情は茜や小恋が甘いものを食べたときのそれとそうは変わらなかった。こっちまで嬉しくなるようなふやけ顔っぷり。いやまあ、奢られてるのはこっちなのだけれども。

「それじゃ俺も、いただきます」

 倣うようにして、ぱくっと一口。
 うん、冷たいけど甘くて美味しい。値段が手頃なだけにとびぬけたおいしさではないが、でもまあ充分及第点。男としては量がちょっとばかり気になるくらいか。大きいとまた逆に女の子ウケが悪そうだが。

 中身はイチゴクレープというだけあり、イチゴがメイン。生クリームはかつて食べた味そのままで、ということはつまり新商品というわけではないらしい。
 いやもっとも、まゆき先輩は滅多に来ないというのだから、頻繁に来て新商品には必ず食いつく小恋たちとは、商品知識も違って当たり前ではあるけど。

 そうしてしばらくもぐもぐしていると、ふいに。

「……っくしゅん!」

 隣から、ずいぶんと可愛らしいくしゃみ。身体の震えがくっついている肩口から俺にまで伝わってきた。

「大丈夫ですか?」
「ん、ありがと。大丈夫よ。
 でもやっぱり、この時期クレープはちょっと寒かったかしら」
「そろそろ雪が降りそうですもんねえ。帰ったら暖かくして休んだ方がいいですよ?」
「あはは、そりゃ風邪をひいた人の話よ。
 ま、食べ終わったら、冷えないうちに帰りましょうか」
「そうした方がいいと思います」

 そんな会話を交わしながら、結局クレープを食べ終えるまで俺はまゆき先輩と一緒にベンチでのんびりと過ごしていたのだった。

 ……杏や茜、小恋や天枷といった連中に見つからなかったのは、運が良かったと言っていいだろう。
 見つかってたらまた面倒なことになっていたろうしな。

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Short Story -D.C.U
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