まゆきルート! プログレッシブ -12/18
[Mayuki route! progressive]
「あれ? 弟くんだー」
扉を明けて中にはいると、朝は挨拶する間もなかった音姉の、喜びの声が出迎えてくれた。
どうやら何か手書きの書類をノートパソコンに入力している途中だった模様。……っていうか、初めて見た。音姉がPCで仕事してるの。
「音姉、ノートなんて持ってたっけ?」
「ん? ああこれ? さくらさんのお古をね、生徒会用に貸してもらってるの。持ち帰ることはほとんどないから、ずっとここに置いてあるんだけど。
それより弟くん、どうしたの? 生徒会室に何か用事?」
「いや、用事というか――」
そこで扉の前で突っ立っていたことに気付き、後ろを促すように先に中へと足を入れた。
その後ろには当然、
「雑用よ、雑用。
いやー、なんか校門前で暇そうにしてたからさ、捕まえて来ちゃった」
「あ、まゆき。見回りごくろうさま。
でも弟くん、なんか用事あったんじゃないの?」
「それがさー、『なんで来たの?』って聞いたら『なんとなく』って言うもんだから、こりゃゲットしないと勿体ないと思ってね。
この時期はどこも人手が足りないんだから、先手必勝よ」
ね? と目を向けてくる。
いやいや、理屈が全く通ってませんが。
とはいえ、何にせよ特に用事もないし、生徒会の手伝いをするのもそう嫌ではない。
さすがに音姉がテキパキ仕事してるのに、家でぐだーっとしているわけにはいかないし。どこぞの由夢と違って。
「それで、俺は何すればいいんですか?」
「お、来て早々仕事を求めるとは、殊勝だね〜。今の一年にも見習ってもらいたいものだわ。
……あ、とりあえずお茶三つと、あとはそうね、音姫の仕事を変わってもらおうかしら。判断が必要なものはあたしか音姫しかできないけど、入力だけなら部外者でもいいし」
「はあ、まあ、いいですけど」
判断というのはあれだ、つまり予算が妥当かどうかとか、出し物に許可を出すかどうかといったもののことだろう。それは確かに、この二人でなければできない。権限とかそういうもの以上に、俺にはサッパリ経験がないのだから。
「じゃあ弟くん、こっち来て。作業内容を教えるから」
「え? でも、お茶は……」
「あはは、それはまゆきなりの冗談だよ」
音姉が笑うと、背後から聞こえるように「ちぃっ」という舌打ち。
どこが冗談? それともこの舌打ちまで含めての非常に高度な冗談だったのか? んなまさか。
まあお茶を汲む必要はなくなったので、音姉がどいたパイプ椅子にどかっと座る。暖房が弱めなせいか、余計に椅子に残る暖かみを感じてしまった。長いこと作業をしていたのだろう。
そんなことを考えていると、まゆき先輩は観念したか自分でポットの方へと向かい、音姉は俺の横に立って説明を始めた。
「それでね、えっと、ここの数値を――――」
○ ○ ○
「そういえば弟くんのところ、お寿司出すんだって?」
「えっ、そうなの?」
三人でそれぞれ机に向かって黙々と作業しているうち、まゆき先輩がふと思い立ったように声をあげた。
ちなみに俺はデータのPC移行、まゆき先輩は予算のチェック、音姉は他委員会も含めた当日の行程表を作っている。それぞれの手元に置かれたお茶はまゆき先輩が「ついでだから」と言って汲んでくれたものだ。
「なんで知ってるんですか……。決まったのついこの間ですよ?」
「なんでって、あのね、誰が各クラスの出し物の確認してると思ってるのよ。
昨日沢井が持ってきたわ。弟くんのクラスが最後だったんだからね、出し物決めるの」
「あー……」
だから委員長はあんなにカリカリしてたのか、と今更ながら思う。
きっとクリパの実行委員会議か何かで、うちのクラスだけ最後まで出しそびれたのだろう。まあ最後の最後のLHRで決まったくらいだし。
「でもお寿司って、どうするの? 生ものは結構厳しいよ?
そもそも仕入れる目処あるの?」
「いや、俺に聞かれても。杉並がなんか『俺に任せろ』とか言ってたから、どうせだし任せちゃおうかと」
「はっはーん、やっぱり杉並か……」
疑問に答えてると、まゆき先輩がその単語に反応した。
確かにクリパで寿司などという常人では思いつかない発想ができそうな奴と言えば、杉並くらいしか居るまい。
しかし寿司といっても手巻きなのか握りなのか、はたまたちらしなのかもよく分からないし(おそらく”コンセプト”から言って握り寿司だろうが)、パックに入れて売るのか中で食べられるようにするのか、ネタの個別注文に応じるのかどうか、などといったことはことごとく未定だ。
それでも卒パでは朝にフランクフルトの予約をキャンセルして、その日の昼から焼きおにぎり屋をすぐに開けたくらいだから、代替案はいくらでもあるのだろう。
加えて今年は杏や茜まで居るのだ。あいつらなら寿司はないのに寿司屋を開いて、客から金を取ることくらい難なくこなせそうで怖い。
「ねえ弟くん。杉並が何をしようとしてるか、聞いてない?」
「へ? いや、聞いてないですよ。
まああいつのことだから何かしら企んではいるでしょうけど、今回は出し物自体に結構やる気見せてますし、そう大規模なことはしない気が」
「うーん、そうかなあ。
あたしはむしろ、それ自体がカモフラージュだと思っているんだけど……まあいいわ」
言うと、まゆき先輩は立ち上がってポットへ歩きつつ。
「いっぺんに監視できるといえば聞こえはいいけど、結局は一点集中であんまり苦労は変わらないのよねえ。
あいつら、1人足す1人が2人分じゃなくて10人分くらいになって騒ぐんだもの。それがえーっと……5人? なんかもう1000倍くらい行きそうよね」
出た、どんぶり勘定。
とはいえ分からないわけでもない。もし問題児がクラスに一人しか居なかったら、例えば杉並だけが1組に居たとすれば、こうまでとんでもないことをやろうとはしなかったろう。
昨年は見事に分散していたが、それであの騒ぎだったのだ。それが全て同じクラスになったとあれば、その騒ぎようは去年の二倍ではきかない。
そう。俺とて、寿司屋が単なる寿司屋で終わるとは微塵も思っていないのだ。
生徒会には報告していないのだろう。SSPが、セクシースシパーティーの略であるということを。
「そう考えるとやっぱり人員が足りないよねえ。
私とまゆきが休み時間返上なのはいつも通りとしても、やっぱり全然だよ。風紀委員にこれ以上頼るわけにはいかないし……」
「あら、人員ならとってもいいのが居るじゃない。
しかも相手の戦力を削れもする、一石二鳥の人材が」
まゆき先輩はポットの前で、立ったまま汲みたてのお茶をぐいっ飲み干した。
……なんだかとっても嫌な予感。
「えー? そんないい人が居たら、絶対気付いてるよー。
誰なの、まゆき?」
音姉はさっぱり分かっていないのか、ちょっとだけ拗ねたような顔でそんなことを言って。
まゆき先輩はにやにやしながら俺の方へと歩いてきて、座っている俺のすぐ横へと立ち、
「ねえ、弟くん」
いつものように顔をぐいっと近づけてきて、肩にぽんと手を置きつつ、背後に『まさか分からないわけないわよね?』というオーラを醸し出しながら、
「弟くんなら、分かるわよね?」
そう言ってにこやかに微笑んだのだった。
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