まゆきルート! プログレッシブ -12/17
[Mayuki route! progressive]
紙の大きさに名称がついているのは誰でも知っている通りだ。A4やB5といった類。A列は国際規格で、B列は日本独自のものだとよく言われている。どちらも半分にしてもタテヨコの比が変わらず、同じ数字の場合はB列の方が大きくなる。
では、紙の重さに規格があるのはご存じだろうか?
それは連量というもので、普通は四六判(約0.86平方メートル)の紙を1000枚重ねたときの重さをkgで表している。堅めのハガキで220kg、文庫本の書籍用紙なんかだと60kgなどという具合だ。
厚さや堅さに統一規格はないため、それらもこの連量によって推測することが通例となっている。
で、俺が何をいいたいかというと。
「……あの、重すぎるんですけど」
「なに言ってるの。男の子なんだからそれくらい持ちなさいって」
「いや、明らかに刷りすぎですから」
今俺の腕に抱えられている、膨大な量の『紙』が重すぎると言いたいのだ。
放課後。さっさと帰ってゲームとかゲームとかアニメとかゲームとかしようと思ってた俺に立ちふさがったのは、まゆき先輩いわく「音姫の弟くん探知レーダー」。なんでも、俺を捕まえるのに便利らしい。……なんと厄介な。
もしかしたらアレだろうか、音姉の頭のてっぺんのぴょんと飛び出たくせっ毛、あれが俺の方向を指し示したりするのだろうか。だとしたら面白いのだが。
ともかく。それでステルスでも何でもない俺はあっさりと掴まり、すぐさま強制連行&強制労働。
なんでもクリパのチラシを配るらしい。それゆえ人手が必要だと。
「まゆき、そういえば何枚くらい刷ったの?」
「え? 何枚だっけなあ。
なんかいつもの印刷屋さんが部数の最小単位を変えたから、切り上げたような覚えが……。ま、値段はそう変わらないし、いいじゃない」
「いや、全然よくないと思うんですが」
「大丈夫よ。1分間に5枚配れば、2時間で1000枚くらいいくでしょ」
ずっしりと腕に沈みこむのは、1キロや2キロといったレベルの重みではない。
大して上質でもない、つまりは連量の低いであろうこのチラシ紙でこれだけの重さになるとは、さて一体何枚刷ったというのだろうか。
ちなみにチラシの出来自体はまあまあといったところで、宣伝文句以外のファンシーな絵柄は美術部の連中でも引っ張ってきたのだろう。それなりに描き慣れているとすぐに分かる絵柄だ。
もっとも、売れっ子漫画家が偶然風見学園に居るなんてことはないから、それなりといえばそれなりの出来ではあるのだが。
「さて、とりあえずここで配りましょうか。
丁度人通りも多くなってくる時間だしね」
言いつつまゆき先輩が立ち止まったのは、何のことはない、いつも利用する商店街の入り口あたりだ。
時刻は夕方ちょっと前。主婦が買い物に出掛け、学生は暇を弄ぶ時間。確かに商店街が賑わうには絶好といえる。
「でも勝手にやっちゃまずいでしょう? 何か許可とってあるんですか?」
「ああ、それなら心配ないよ、弟くん。
イベントごとにこういうことをするのは地元の人たちも分かってるから、許可とか特にそういうのはね。さくらさんからお話もいってるみたいだし」
「ま、その辺抜かりはないってことよ。
んじゃちゃっちゃと配りますかね。……あーでも、ウチの生徒たちには配らない方がいいかね?」
「うーん、配ってもいいと思うよ。知り合いの人にチラシ渡したいってこともあるかもしれないし」
「それもそうね。
それじゃ弟くん、ちょっともらうわよ」
まゆき先輩が、俺の持っている紙束の上澄み数十枚を手に取る。
そう。なぜかまゆき先輩と音姉は大した量の紙を持たず、俺だけがこの米俵のような重さの紙束を抱えていたのだ。
どうせパシリなのだろうと思っていたのだが、見る限りどうやら違うらしい。つまり音姉とまゆき先輩は基本的に配る係に専念し、俺は持つ係として働くようだった。動く倉庫と言ったところか。
まあ音姉は学園内での人気はあのアイドル・白河ななかに匹敵するほどだし、俺はあまり実感できないが、渉たちが言うには街で見かければ振り返るほどの美人の部類に入るという。
まゆき先輩もそれには劣るものの男女の別なく慕われていて、体育会系なせいか呼び込み的な活動は得意だ。
渉曰く「黙っていれば……」とのことで、それはすなわち対外的なこういう活動では音姉同様、注目を集めることができるだけの人だということだろう。
「弟くん? どうかした?」
「へ? あ、いや、なんでもないです」
「ほんとにぃ?
なーんかあんまりよくない考えをしてた顔だったけどなー?」
「……ちょ、近いですから!」
ぐぐぐいっ、と顔を近づけて人の目をのぞき込んでくるまゆき先輩。
癖なのだろうが、正直勘弁してほしい。その、なんというか、どきどきする。色んな意味で。
「ほら、目逸らした。何かやましいことでも考えてたんじゃないのかにゃー?」
「そりゃ逸らしますって!」
「ふーん? ま、いいけどねえ。
それじゃ音姫とそこら辺まわってくるから、弟くんはここで待機して通りがかりの人に配ってて。あたしたちは手持ちが無くなったらその都度戻ってくるから」
よろしくねー、などと言いつつまゆき先輩が離れていく。
入れ替わりに音姉が俺の方へとやってきて。
「今日ね、弟くんに手伝いを頼もうって言ってきたの、まゆきなんだよ」
俺の手元からチラシを取りつつ、そんなことを言ってきた。
「あれ、そうなの?
てっきり音姉が言ったのかと」
「ううん。本当は書記の子もまだ帰ってなかったし、ほら、私たちって一緒のクラスでしょう? だからクラスの子を誘っても良かったんだけど、まゆきが『弟くんにしよう』って」
「それってあれじゃない?
俺だったら迷惑かけてもいいからとか、そんなんじゃないの?」
「あはは、確かに口ではそう言ってたけど」
言ってたのか。
「でもね、まゆきはまゆきで、弟くんのこととっても信頼してるんだよ。
弟くんに直接は言わないと思うけど、たまに言ってるもん。『弟くんほど素直な男の子は、いまどき居ない』って」
「……そうなの?」
「うん。だからお姉ちゃんとしても鼻が高いよ」
そうしてチラシ束を手に、にこっと微笑む。まるで俺が褒められたことが、自分のことのように嬉しいかのような態度で。
うん、ということはつまりあれだ、音姉は俺の褒められ話をちょっと大げさに言っているだけなんだ。
そうともさ。あのまゆき先輩が俺をべた褒めするわけないだろう? きっと音姉の俺をひいきするフィルターがそう解釈しただけだ。間違いない。
「ほれー、音姫ー。さっさと配るよー」
「あ、うん! 今行く!
それじゃあね、弟くん。あとよろしくねー」
とたとたとまゆき先輩の方へ駆け寄っていく音姉。
その後ろ姿を、ちょっとだけどきどきしながら見送ったのだった。
○ ○ ○
「別に。それはそれで幸せなのかもってちょっと思っただけ」
言って、まゆき先輩はずるると葛切りをすすった。
花より団子。俺たちは、というか音姉とまゆき先輩の二人は、日が傾きかけてきた頃にチラシ配りを撤収し、こうしてこの甘味処へとやってきた。なんでもこれが日課なのだという。
まゆき先輩の「今日は切り上げるの早かったけどねー」という台詞には、何も言い返せなかったものの。だってそうだ、あれは要するに俺が音を上げるのが早かったことに対しての皮肉だ。二人は全然疲れて無さそうだったし。
ちなみに二時間配って、チラシは大いに余ってしまった。
誰だよ、「一分に5枚で、二時間なら1000枚はいける」なんて言ったの。
「あ、でも弟くんにとってみれば、まゆきだって近所のお姉さんみたいなものだよねえ?」
「――っ! けほっ、けほ!
ちょ、ちょっと音姫、何言ってるのよ」
「え? 何か変なこと言ったかな?」
「いや、俺もそう変だとは思わないけど」
「弟くんまで!
なに、あたしはいつから弟くんのお姉さんになったのよ」
人のことを『弟くん』と呼びながらそんなことを言うまゆき先輩。
でもそうだ、音姉が本当の姉のようであるなら、まゆき先輩は近所のお姉さんといった感じであると言えなくもない。
あるいはそうだな、ほんわかした長姉と、しっかり者の次姉とか。どっちがどっちだとは言わないが。
「あ、もしかしてまゆき恥ずかしいの?」
「そういうわけじゃないけど……。
音姫のお株を奪うわけにもいかないし、だいたい弟くんだってこんなやかましい姉が居たら嫌でしょう?」
「ああ、まゆき先輩、自分でやかましいのは自覚して――」
「何か言った、弟くん?」
「――いえ、何も」
ぎん、と睨んでくるその様は、他人だからこれで済んでいるようなものの、本当に姉弟だったらそのままぶっ飛ばされそうな勢いだ。
「でもまあ、音姉って全然姉っぽくないし、まゆき先輩みたいな人が居たとしても俺は別に……」
「あー、今弟くん、お姉ちゃんのことばかにしたでしょ?
それともなに、まゆきみたく厳しくしてほしいなら、今すぐにでも――って、あ、弟くん、口に餡ついてるよ」
「……」
「……」
「……えへへ、はい、これでよし」
思いっきり厳しそうな顔を作ったと思えば、音姉はいきなりへにゃっと表情を崩して俺の口元を吹き始めた。
もう威厳も何もありゃしない。誰が厳しくするって、誰が?
それを見て、呆れるように一つ息を吐いた後、
「あはは、ま、姉は間に合ってるか。
あたしは何か別のポジションのが良いみたいね」
まゆき先輩は笑いながら、僅かに残った葛切りをぐいっと飲み込んだのだった。
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