まゆきルート! プログレッシブ -12/16
[Mayuki route! progressive]
「やはり、ここは”アレ”しかなかろう」
委員長の一喝で静かになった教室。そこに響いたのは、いかにも「悪巧みしてます」といった風な声。無論、誰のものかは言うまでもない。
今日はずっと不機嫌そうだった委員長の目が一層つり上がった。
「……いいわ、他に意見もないようだから、一応聞くだけ聞いてあげるけど。
去年みたいに変なこと言ったら承知しないわよ?」
「去年?
――ハッ! 俺をみくびってもらっては困るぞ、委員長よ。この杉並、一度として立ち止まったことはない。
すなわち! 俺は既に一年前の俺ではない!」
ずびし! と壇上に向かって人差し指を突き出す杉並。
その態度は、一年前からちっとも変わっていないように俺には思える。というか、事実変わってない。
どうやら委員長も俺の意見に同感のようで、これみよがしに大きく溜息を吐いた。
心情的には「なんでこいつの意見なんて聞こうとしたのかしら……」というあたりか。おそらく間違ってはいまい。
「さっさと言ってちょうだい。さっさと却下するから」
「ふっふっふ……。そう言っていられるのも今のうちだぞ、委員長。
俺の提案はコードネーム『SSP』。去年の”あの”焼きおにぎり屋のスーパー版と言って差し支えなかろう」
「却下よ、却下!
何よ、コードネームって。それにだいたいアレの再現なんてダメに決まってるでしょ!」
相手にしなければいいものを、律儀に反応する委員長。
眉が更にキッと上がったのは、去年のアレでうまく言いくるめられてしまったという経験からだろう。
得策はそもそも杉並の話自体を聞かないことなんだけどな。その辺りは委員長の委員長たる由縁か。
「……ふむ、そうか。
折角クラスも一致団結し、売り上げも伸び、委員長にも寿司を食わせてやれるという三つの利点がある提案だったのだが。
なに、そこまで言うなら仕方ない。残念だ、ああ残念だ……」
「え? お寿司?」
食いついた。
「い、いや、でも夏もこれで騙されたわけだし……」
「心外だな、委員長。夏は高坂まゆきに嗅ぎつかれただけで、俺は約束を履行しようとしていたではないか。
……ああまあ、今回は俺の提案は却下されたわけだから、全く関係ない話だがな。寿司! ……が食えようが食えまいが」
「む」
ぴくっと反応する委員長、その姿はまさに釣り餌を確かめてつついている魚そのものだ。
警戒心と好奇心がかなりのレベルでせめぎあっている。
そうして。
「ま、まあ、クラスが団結するっていうなら、詳しい話を聞いてあげてもいいわよ、ええ。
ク、クラスが団結するためだもの。委員長として聞いてあげないわけにはいかないわ」
「そうか? では少しばかりお耳を拝借」
一本釣り完了。
杉並は委員長の許可という大義を得て、クラスの手綱を握ってしまった。
おそらくもう、逃げられない。
だってそうだろう? このクラスの面子から言って、このまま怒濤の勢いで斜め上に突進していくのは目に見えている。
「コードネーム『SSP』。それはかつての経験から生み出された、全く新しい概念の出し物である!
かつて、俺たちが出店した焼きおにぎり屋と、最後まで競った出し物があった。それは皆が知っている通り、そこに居る雪村嬢発案のセクシーパジャマパーティーである」
名指しされた杏は、興味深げに杉並へ視線を送っている。
いつものにやにや顔。きっと杉並の企みに乗ろうとしているのだろう。
「そこで俺は考えた!
焼きおにぎり屋のコンセプトは癒し! それは『美』少女が素手で握ったというメリットがあってこそ!
そして、パジャマパーティーのコンセプトもそれに近い! であればこそ、この二つを融合させることこそが勝利への近道となる!」
「ほえー、それは確かにそうだよねえ。
あのときの売り上げ、凄かったのになあ。全部生徒会に持って行かれるし、私と杏ちゃんは生徒会室に呼び出されるし……」
茜がよよよ、とそのときの悲しぶりを表現してみせる。
売り上げ没収は聞いていたが、生徒会室呼び出しは初耳だ。
きっとまゆき先輩あたりにきっちり絞られたに違いない。あのときの生徒会長はそういうタイプじゃないし。
もっとも、それでどうこうする二人でもないんだが。
茜の呟きに杉並は頷いて、続けた。
「見ろ、この教室のメンバーを。
焼きおにぎりで主力だったのは誰だ? セクシーパジャマパーティーで主力だったのは誰だ?
主役の居ないディナーショーでマイクを持ち続けた道化とは訳が違う! ここには主役ばかりが揃っているではないか!」
「ちょ、おい! 道化って俺のことかよ!?」
「おや、板橋。居たのか」
「ずっと居たろうが!
うう……、殊勝に黙って聞いてりゃそういう扱いかよ……」
泣き崩れる渉。もちろん誰も慰めない。
考えるまでもなく、今年のうちのクラスは問題児勢揃いと言っていい。
杉並を筆頭に、渉、杏、茜、そして不本意ながらも俺。杉並の言う昨年の卒パを考慮に入れれば、小恋と委員長も入るだろう。
それが一同に会したのだ。去年以上のトンデモナイ出し物をしようと思えば、確かにできる。
「杉並の言うことは分かったわ。
でも私は嫌よ? またエキスだのなんだの言われて焼きおにぎり作るのなんて。だいたい生徒会が許すはずないじゃない」
「ふん、ならば原因を排除してやればいいまでのこと。
俺たちが失格したのは朝倉妹の投入が違反だったから。セクシーパジャマパーティーが失格だったのはアルコールの販売と過激な衣装だ。
であればそれをしなければ、生徒会とて手出しはできまい」
「そんなわけないでしょ!
だいたい、しゅ、しゅ、主力の私が拒否してるんだから、おにぎりは作れないわよ! 月島さんも嫌でしょ!? ねえ!?」
「え、え、ええっ!?
あ、や、まあ、月島的にはどっちでも――」
「ねえっ!?」
「は、はい! わたしも嫌かなーとか思うような気が!」
脅すなよ。
「委員長、俺は二つを融合するとは言ったが、何もまた焼きおにぎりを作るなどとは言って居らんぞ?
言ったろう、去年までの俺とは違うと。焼きおにぎりで儲けるなどという考えは、今の俺にとって一年遅い」
「あのねえ。
私は焼きおにぎりが嫌なんじゃなくて、人を卑しく――」
「今回は焼きおにぎりなどではない!
寿司だ!」
「宣伝材料に使うことが――って、え? お、お寿司?
お寿司を作るの? 私たちが?」
まるで「あの幻の食べ物が作れるなんて!」とでも言いたげな、委員長の驚きよう。
眼鏡の奥の瞳は、体育祭の打ち上げでまゆき先輩を見たときのそれと勝るとも劣らぬくらいにまで開いていて。
ここに勝敗は決し。
「そうだ! 委員長のような『美少女』が『寿司』を握るのだ!
すなわち! ここに俺は、コードネーム『SSP』、セクシースシパーティーを出し物として提案する!」
……もはやそれを止められる人間は、どこにもいなかった。
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