[Farewell to the Divergence]
0.
秋葉原の街に、再び夏がやってきた。
2011年、7月。
街の様子に変わりはない。猛暑だった去年と比べても劣らぬ暑さが街を覆っていたし、あちこちの店を渡り歩いていく人の数だっていつも通りに大量だ。いつ潰れるかも分からないうさんくさいジャンク屋もまだ閉店の様子はないし、チラシ配りに精を出すメイドたちも居なくなっていはしない。
もちろん、つぶさに見ていけば時間とともに変わっていったものもある。ビルに掲げられた広告看板は毎月のように新作ソフトの発売日をとっかえひっかえ知らせているし、落ち目になっていた家電量販店の支店が別の大型店に取って代わっていたりもしている。旧秋葉原デパートの工事も進んでいるし、JR秋葉原駅は改装で外観が様変わりしたりもしていた。ああ、あとラジ館が老朽化でそろそろ立て替えが始まるといった話もある。
けれど、変化はせいぜいその程度。
だから例えばすぐそこに人工衛星が突っ込んだり、秋葉原から萌え系ショップがなくなっていたり、末広町駅近くのブラウン管専門店の二階が空き部屋になっていたりなんてことには、決してなってはいなかった。
真夏の秋葉原。その様相は良くも悪くも相変わらずだ。
「しかし……少しばかり早かったか」
改装工事の終わったJRの電気街口。携帯の時計を見てそう呟きつつ、俺はそこいらの柱に背を預けた。ついでに途中で買った冷たいドクペをぐいっとあおる。この暑さに強烈な炭酸が心地よい。
今日は人との待ち合わせだ。ダルやまゆりに散々からかわれるくらいには、指折り数えて待っていた日。ちなみに去年の冬休みや春先にも同じ調子だっただけに、我ながら馬鹿やってるという自覚はある。相手は誰かって? ええい、そんなのわざわざ口に出すまでもないだろう。ご了承下さいというやつだ。
本当は空港まで出迎えに行ってやりたいくらいなのだが、なぜだかお互い、久々の再開は秋葉原駅でと決めていた。分からないでもない。なんとなく、俺たちにはこの街こそが似合って居るんではないかとは思っているから。きっとあいつもそうなのだろう。
待ち合わせの時間までは少し――いや、正直言うとかなりある。それでもラジ館あたりで時間を潰すことはせず、このまま待っていようと携帯を開こうとしたところで。
「――よっ、岡部!」
ぽん、と横から肩を叩かれる。久々の、それでいてこれ以上なく聞き慣れた声。振り向けば、待ちかねた人物がスーツケースを引いてそこに居た。
「まったく。いくら待ちわびてたからって、ちょっと早すぎるんじゃない? せっかくこっそりラボに顔出して、驚かせようと思ったのに」
腰に手をあて、相も変わらずちょっぴり憎たらしい笑みをこちらに向けてくる。フッ、と鼻を鳴らして返し、白衣の襟首を整えながら俺もそれに応じてやった。
「それは悪かったな。ちなみにそうすると、ちょうどお前の歓迎の準備をしているまゆりたちと会うことになるが」
「冗談よ。……三ヶ月ぶりね。冴えない顔は相変わらずだけど」
「ああ。そっちも口の悪さは相変わらずのようで何よりだ、クリスティーナ」
「だから、助手でもクリスティーナでもないと言っとろーが」
お互いくすりと笑って、改めて再会の握手を交わす。
今年の夏休みは、いつになく有意義なものになりそうだった。
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