Go! Go! っちょしぃ!

[divergence x.xxxxxx]
 俺は、まゆりを助けられないのか――……。
 もう何度目ともなるタイムリープを経験し、俺は途方に暮れていた。悲しいくらいにのどかなラボの中。そろそろラウンダーが突入してくる時間であるにも関わらず、俺以外の連中に危機感なんてのは微塵もなかった。
 逃げても無駄。嫌な想像が自分の内で段々と現実味を帯びてくる。記憶正しければラウンダーの突入まではおよそ五分ほど。”今回”もまた失敗だ。分かりきったこと、であるならまゆりの死を見る前に再びタイムリープをしてしまおうかと思ったところで、「電車が止まっちゃったよー」とか言っていたまゆりがソファからふらっと立ち上がった。ダルがPCをいじりながら反応する。
「あれ、まゆ氏、どうかしたん?」
「えへへー、ちょっと喉渇いちゃったのです」
 そのままふらふらっと歩いてひょこんとしゃがみ、冷蔵庫を開けるまゆり。何飲もうかなーとか言いつつのにこにこ顔は、けれどもすぐさま困ったような表情へと変わってしまった。
「あれー? 冷蔵庫、ドクペしかないよー?」
「ああごめんまゆり、それ以外の飲み物はちょっと実験で使っちゃって」
「えー! そんなー……」
 まゆりの悲しそうな声に、奥の実験室から顔を覗かせた紅莉栖がばつの悪そうに頬を掻く。と同時、俺の方をキッと睨み付けても来た。
 ”今回”の俺は、紅莉栖にタイムリープマシンの一部となった電話レンジ(仮)の性能をより詳しく探らせていた。もっとも大した期待はしていない。まゆりを助ける方法を思いつくまでの時間つぶし、というのが正直なところだ。
 それでも紅莉栖は短い時間で一生懸命実験を続けてくれて、実験室にはゲルバナや冷凍からあげ、それとまゆりの言ったジュースなんかが乱雑に置かれている。自分が飲むためのドクペを避けているあたり紅莉栖も紅莉栖だが、それについてどうこう言う権利は俺にはない。
 まあ、だからといって睨まれればならないほどの理由も俺にはないが。飲み物を勝手に使ったのはお前だろう、助手よ。
「もう、どうしてみんなまゆしぃの食べ物とか飲み物を使うのー? そもそも、食べ物じゃなくていいんじゃないかなー」
「ほんとごめん、まゆり。次までにはちゃんと実験用のものを買ってくるから」
 ぷんぷん、と怒ってみせるまゆりと、軽く頭を下げてみせる紅莉栖。だがその『次』はありえない。死別か、タイムリープか。どちらにしたって、『次』の機会はどこにもないんだ。
 ああだから、次にタイムリープしたときは、まゆりにきちんと飲み物を用意しておいてやろう。そう思って二人の様子を眺めていると、まゆりは「もう、しょうがないなー」なんて言いながら、
「じゃ、これもらうねー。ちょっとゲルバナっぽくなってるけど、飲めれば一緒だよねー」
 とかなんとか言いつつ、ごくりと「ちょっとゲル化している」ジュースを一気に喉へと流し込んで――
「えっ」
「ちょっ……!」
 俺や紅莉栖が止める間もない。おそらくは実験で使ったのだろうゲルジュー(今決めた)を、まゆりはちょっぴり美味しくなさそうにぐびりぐびりと飲み干してしまった。少し遅れて気付いたダルも目を点にしながら「まゆ氏ェ……」とかなんとか言っている。いやそういう問題じゃないだろう。
「まゆりっ! 今すぐ吐きなさい! そんなの飲んじゃ――」
 紅莉栖が慌ててまゆりの背中をさすり出す。けれどそれを心配している余裕もなく、ガキンッ、と突然ドアを蹴り開ける凄い音が入り口から聞こえてきて、
「動くな! 全員両手を挙げろ!」
「……ッ、来たか……!」
 もはや見慣れた外国人風の男五人。自動小銃と拳銃を携え、隙無く銃口を向けてくる。唐突すぎる乱入者にのんびりとした空気が一変、驚きに固まるダルと紅莉栖。制圧完了、さらにホールドアップをさせてからしばしの時間の経過とともに、桐生萌郁の登場だ。
 ……また失敗した。
 分かりきっていたことだ。タイムリープマシンについての新情報もなし。俺はまたここでまゆりの死にざまを見せつけられて、タイムリープをすることになる。
 ごめん、まゆり。
 悔しくて涙も出ない。目の前では桐生萌郁が拳銃を構え、まゆりの額に向けていた。何度も見てしまった光景。嫌になるほどの既視感。俺は目を背けようにも背けられず、その光景をじっとただ見つけていて――
「ぐッ――!?」
 そこに、ありえるはずのない違和感。
 急に重くなる頭。開いていられなくなる瞳。地面の底へと落ち行くような感覚と視界の強烈な歪みがいきなり襲いかかってきた。
 ――リーディング・シュタイナーが……!?
 俺にとってはラウンダーの突入以上に唐突すぎるものだった。憎いくらいの予定調和を辿ると思っていた矢先だっただけに、急な衝撃に膝を折りそうになる。ちかちかと明滅する視野。三半規管をかき混ぜたような気持ち悪さ。それにうめき声を上げたのも束の間、強い揺れ戻しの感覚とともに、すぐさま視界に色が戻ってきた。意識が飛んだ一瞬の空白。息苦しさをなんとか抑えてすぐさままわりを見渡したものの、目の前の状況にまったくもって変化はなかった。桐生萌郁が、少し怪訝そうに俺を見つめていただけだ。
「馬鹿な……」
 まさか、ただの立ちくらみ……? 自問して、いや、と心の中で首を振る。そうじゃない。この感覚は確かにリーディング・シュタイナーが発動したときのものだ。世界線は変わったはず。なのに、どうして目の前の状況に変化がないのか。
 そもそもなぜ世界線の変動が起きたのかすら分からない。だがそんなところまで思考を回している余裕はなく、俺は用意していたモアッド・スネークのタイミングを図りながら、桐生萌郁がまゆりに銃口を向けているさまを見て――

       _
     σ   λ
     〜〜〜〜 
    / ´・ω・)   ねえ、萌郁さんは、ラボメン仲間……だよね?
 _, ‐'´  \  / `ー、_
/ ' ̄`Y´ ̄`Y´ ̄`レ⌒ヽ
{ 、  ノ、    |  _,,ム,_ ノl
'い ヾ`ー〜'´ ̄__っ八 ノ
\ヽ、   ー / ー  〉
  \`ヽ-‐'´ ̄`冖ー-/

「……ん?」
「……どうかした?」
 思わず出てしまった声に、紅莉栖が手を挙げながら小声で反応してくる。何か突破口を見出したとでも思ったのだろう。
 けれどそうではない。そうではないんだが――
「……まゆり、だよな?」
 桐生萌郁は銃口をまゆりに向けている。あれがまゆりの額を撃ち抜くんだ。それを俺は知っている。知っているのだが――
「SERNのために……FBのために……SERNのために……FBの」
 桐生萌郁の唇が動き、ぐっ、とそのトリガーを引きはなって。
 パン、という乾いた音とともに。
 まゆりの頭を、鉛玉が撃ち抜いた――。


























 ……ように見えた。
「え……?」
 真っ先に反応したのは銃を撃った本人だ。確かにひいた引き金。発射された銃弾。外すはずのない距離でのその射撃はしかし、鮮血を舞わせるには至らない。
「なぜ……? 確かに、当たった」
 桐生萌郁は事態を理解しないまま、二発目、三発目を立て続けに放つ。パン、パンと乾いた音が再び二度響くが、けれどやはりまゆり(仮)の身体に傷一つつけること叶わない。
「なん、で……」
 銃を構えた桐生萌郁の腕が震え始める。四発目は放たれない。一歩、二歩と後ずさる。
 そしてそこに至ってようやく、乱入してきた男たちがこの異常事態に気が付いた。
「下がれ、M4!」
「そこの女、動くな!」
 五人のうち、自動小銃を構えた三人の銃口がすべてまゆり(仮)に向けられる。やめろ、と声を挟む余地など当然あるはずもなく、
「Fire!」
 桐生萌郁ではなく、リーダー風の男からの命令でAK−47が一斉に火を噴いた。拳銃の乾いた音とは桁違いの炸裂音とマズルフラッシュ。戦車でも相手にしてるのかという集中砲火は時間にすればものの数秒だったが、耳が壊れるほどの爆音と飛び散った薬莢の数からしても尋常でない弾丸がまゆり(仮)の身体を貫いていた。
 ……ように見えた。

       _
     σ   λ
     〜〜〜〜     ラウンダーさん、ラウンダーさん。
    / ´・ω・)   まゆしぃはね、無駄撃ちはよくないと思うのです。
 _, ‐'´  \  / `ー、_
/ ' ̄`Y´ ̄`Y´ ̄`レ⌒ヽ
{ 、  ノ、    |  _,,ム,_ ノl
'い ヾ`ー〜'´ ̄__っ八 ノ
\ヽ、   ー / ー  〉
  \`ヽ-‐'´ ̄`冖ー-/

「な……っ」
 絶句するラウンダーの男たち。
 そりゃそうだ。俺だって絶句した。まゆり(本)が額を撃ち抜かれたときと同じくらい絶句した。
 もはや茫然自失となっている桐生萌郁を差し置いて、ラウンダーの男五人が早口の英語でがやがやと強い口調で言葉を交わし始める。意味は当然分からないが、相当に焦っているのは見て取れた。
「今! まっちょ氏、今だお!」
「まっちょ……え? ダル、なんだって?」
「まったく、連中も調べが足りないわよね。まっちょしぃ相手にたかが自動小銃だなんて」
「いやだから助手よ、まっちょしぃって……ん? たかが?」
 なにがどうなっているのか。どうにも様子を見るに、ダルと紅莉栖はこの事態をおかしいものだと認識していないようだった。確かに襲撃には驚いた。けれど、まゆり(仮)の異常には何の関心も示さない。
 これだ。この噛み合わない感覚。以前にもこれを感じていた。リーディング・シュタイナーの弊害。世界線が変わると俺はいつも――
「――って、そういうレベルじゃないだろうコレは!? おい、まゆり!」
 いい加減両手を挙げているのも馬鹿らしくなって、俺たちの目の前で銃弾を防ぎきったまゆり(仮)に声をかける。まゆり(仮)はくるっとこちらを向いてから、

       _
     σ   λ
     〜〜〜〜     ちょっと待っててね、オカリン。
    / ´・ω・)   この程度ならすぐ終わるよー。
 _, ‐'´  \  / `ー、_
/ ' ̄`Y´ ̄`Y´ ̄`レ⌒ヽ
{ 、  ノ、    |  _,,ム,_ ノl
'い ヾ`ー〜'´ ̄__っ八 ノ
\ヽ、   ー / ー  〉
  \`ヽ-‐'´ ̄`冖ー-/

「いや、すぐ終わるって……え?」
「もう、さっきからどしたんオカリン。なんか怪物でも見るみたいな目して」
「いや……まあ……」
 まゆり(仮)がのそりのそりと動き出す。ラウンダーの絶叫、再び始まる集中砲火。フルオートで弾をぶち当ててもまゆり(仮)の反撃をとめるには至らず、接近してからの一撃で大男三人が思いっきりぶっ飛ばされていた。
「GJ、まっちょしぃ! その調子よ!」
「うっは、僕らにできないことを平然とやってのけるッ そこにシビれる! あこがれるゥ!」
「……」
 盛り上がってる連中を尻目に、俺は一人タイムリープマシンのもとへ。
 ……うん。
 なかったことにしなければならない。
 見て見ぬフリをしなければならない。
 そういうことも、世の中にはあると思うから。
「岡部倫太郎! 助けに来――って、アレッ?」
 開け放たれたラボの入り口からバイト戦士の声が聞こえてくる。続いて聞こえてくるのは桐生萌郁の助けを求める声と、「スズさん、トゥットゥルー☆」という脳天気な挨拶の言葉。それ以外の誰かが抵抗するような声がないということは、つまり、ラウンダーはもう桐生萌郁しか残っていないということなのだろう。
 ……いや、もう、なんというか……。
 既に慣れきってしまった操作をして、タイムリープマシンを起動する。
 直後、凄まじいまでの揺れ。放電現象が始まった。
「ちょ、岡部!?」
「跳べよぉぉぉぉっ!」
 絶叫した直後。
 世界が、吹き飛んだ――


(終われ)

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Short Story -その他
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