warming

[divergence x.xxxxxx]
 冬だった。
 ものすごく、冬だった。
 年も押し迫った12月某日。つい2ヶ月ほど前までの猛暑が嘘のように消え去り、世間には厳しい寒さが到来していた。急速に着ぶくれしていく通行人たち。一気に短くなったように感じられる日の長さ。本格的な到来を前に誰も彼もが冬支度を始めていて、それを狙い澄ますかのようにこの秋葉原では、どこもかしこも店員が暖房器具の安売りを声高に叫んでいた。
「おいダル、少しその端っこを持ち上げてくれ」
「ほいほい。……こんなもん?」
「そうだな。あとは天板をのせて――」
 暖房。
 甘美な響きである。夏の暑さをついにエアコンなしで乗り切ってしまった俺たちは、冬こそは、と思いを新たに暖房設備の導入を前々から決めていたのだ。暑さ寒さは集中力、ひいては研究活動の天敵である。研究設備への投資に金をケチってはいけない。それは俺のような最先端の研究者であれば、誰もが知っていることだ。そこには費用対効果だけでは算定できない価値がある。予算は確かに莫大だ。が、研究は2位じゃだめなのである。
 リスクは高い。けれど、だからこそ俺は清水の舞台から飛び降りる覚悟で、これから先の十年、二十年先を見据えた投資を行った。その莫大ともいえる投資額はなんと、総額4,980円! もちろん某家電量販店にて10%ポイント還元である。
「ふむ。よしまゆり、電源を入れろ!」
「んーと、これかなー?」
 まゆりがコンセントから伸びているスイッチをパチッと動かして、設置完了。ふぃーとこのくらいで疲労の息を漏らしているダルを尻目に、俺は高らかにオペレーションの完遂を宣言する。
「フゥーハハハ! 作戦終了! これであの憎きウィンター・ジェネラル(冬将軍)との勝敗は決したも同然! ……ああ、俺だ。オペレーションは成功だ。フッ、俺にかかればこのくらい造作もない。”奴ら”の恐れおののく様子が目に浮かぶよ。それでは――エル・プサイ・コングルゥ」
 電話を切って、早速腰を落ち着ける。まゆりは奥へと引っ込んだかと思ったら、にこにこ顔でビニール袋を手に戻ってきた。袋の沈み具合からなんとなく中身が分かる。
「ほう、まゆりにしてはなかなか良いセンスだ」
「えっへへー。やっぱりね、こたつにはみかんだと思うんだー」
 とすん、といつも通りの席に座り込んで、テーブル上にみかんをごろごろと。
 ……まあ、つまり、なんだ。
 まゆりの言うとおり、来たるべき”聖戦”に備えてついに我がラボに最終決戦兵器「こたつ」を導入したというわけである。
 フゥーハハハ! これだけの大規模設備の導入、助手が俺に畏敬の眼差しを送る様子が目に浮かぶわ!





       ○  ○  ○





 こたつには魔力がある。

 一つ、どこからともなく人を呼び寄せる。
 一つ、一度入ったら二度と出られない。
 一つ、移動は叶わず時間だけが経過していく。

 それはつまり――
「――そう! すなわちこたつとは、形を変えたブラックホールに他ならないのだ!」
「ニャ、ニャンだってー!?」
「それにしてもこのフェイリスたん、ノリノリである」
「……で、どうしてお前がこんなところに居るのだ、フェイリスよ」
 こたつを設置し、はや三十分後。気が付くと俺たちの目の前には、こたつに入って寝ころんでいるフェイリスの姿があった。
 猫だった。もう完全に、紛う事なき猫だった。ネコミミをつけて今にも眠らんばかりに眠たげな目で、その身を丸まらせている姿はもうどこからどう見ても猫だった。
 猫はこたつで丸くなる。そんなことをはじめに言いだしたのは、はて誰だったか。
「ニャンニャン、フェイリスだってラボメンだニャン。勝手に入っちゃいけないって道理はないニャー?」
「いや、別にそれを咎めはせんが……お前、バイト中なのでは?」
 こたつに入りながら、至極まっとうな指摘をしてやる。
 テーブルの一辺をまるまる使って丸まっているフェイリスの服装は、いつもどおり白黒のメイド服だ。当然ネコミミカチューシャつき。服に変な皺がつかないように綺麗に身体を折り畳んで、かつダルがどう頑張ってもスカートの中を覗けないような体勢で丸まっていることには相変わらずのプロ根性が垣間見えたが、だとしたらバイトそのものはどうしたんだという話である。
 俺の当然の疑問に、けれど、フェイリスはがばっとその身を慌ただしく起こして、
「甘いニャ! 凶真、フェイリスを欺こうとしたってそうはいかないのニャン! この魔都・秋葉原を包む冷気の渦……それを”解放”するには、この籠城要塞の力が必要なのニャ!」
「……いやよく分からんが。つまりなんだ、寒かったから、と言いたいワケか?」
「凶真たちだけずるいニャン。フェイリスの家にこたつはないから、マユシィから聞いてすっ飛んできたのニャー」
 やっぱり猫にはこたつだニャー、と続けて、深々と再びこたつにフェイリスがその身を潜らせる。首まですっぽりと入ってしまって、見た目は猫というよりもさながらヤドカリかカタツムリだ。ただでさえ広くないテーブル、正直足が伸ばせなくて邪魔くさいのだが、ぬくぬくと心地よさそうにフェイリスの表情を見てしまうと蹴り飛ばすこともできなかった。
 ちなみにこのこたつ、せっかく設置したというのにダルはまだ利用していない。理由を問えば端的に「まだ寒くないから」とのこと。さすがである。
「トゥットゥルー、ただいまー。あ、フェリスちゃん来てたんだー?」
 と、俺がやっぱりフェイリスを蹴り出そうかどうしようか再び迷いはじめていると、入り口から脳天気な声が外の冷たい空気とともに入ってきた。このクソ寒い中、「みかんはあるけどお茶がなかったよぅ」とか言いながら、ついさっきわざわざお茶っ葉だけを買いに出たまゆりである。ビニール袋を手にしていることからして、目的のブツの入手には成功したらしかった。
「マユシィ、おかえりニャー。ああ、こたつはいいニャ、リリンが生み出した文化の極みだニャ……」
「ただいまニャンニャン。フェリスちゃん、こたつで寝ると風邪ひくよー?」
「大丈夫ニャ。そしたら凶真に移してさっさと治すニャ」
「おい! 勝手に人を巻き込むな!」
「ちょ、風邪を移すとかエロすぎだろ常考。オカリン爆発しろ」
「ニャー」
 返事なんだか抗議なんだかよく分からない鳴き声をあげて、フェイリスがもぞもぞと体勢を変えた後で押し黙る。布団の端をちょこっと丸めて枕にし、完全に寝入り込んでしまった。「おい」とか「こら」とか声を掛けても聞いていないのか聞く気がないのか反応はとくに返っては来ず、しばらくすると規則正しく小さい寝息まで立て始める始末。マジで本格的に寝てしまったらしい。
 いや、外は寒いし少しは疲れもあったのだろうし、気持ちは分からないでもないんだが。けどさすがにいくらなんでもフリーダムすぎるだろう。猫っぽいにもほどがある。
「フェリスちゃん、寝ちゃったねー。ちょっとこたつ、弱めてあげようか」
「まったく、いきなり押し掛けて爆睡とはな……。まあ、寝かせておいたほうがうるさくなくていい。それとダル、変なことを企んだりするんじゃないぞ?」
「愚問だお。僕は変態じゃなくて変態紳士だから。まかり間違っても寝込みを襲ったり、起きないように気を付けながら写真を撮ったり、あまつさえ匂いをかいだりなんかしないお」
「……そうか」
 とりあえずフェイリスが寝ている間はダルをこたつに近づけさせるのはやめよう。
 そう思いながら、俺たちはしばしフェイリスの寝息をBGMにのんびりと暇を潰していたのだった。





       ○  ○  ○





「いやー、一度入ってみたかったんだよね、こたつって。母さんとかから話は聞いてたんだけどさ」
 フェイリスが寝入ってから更に三十分ほど。フェイリスを起こさないよう、まゆりとともにみかんと食べつつ(ちなみにほとんどまゆりが剥いた)益体もないテレビ番組を眺めていると、これまたどこで聞いたかこたつを求め、ラボメンナンバー008が下の階からやってきていた。冬だというのに相変わらずのジャージ+スパッツ姿。さぞ寒かったのだろう、もう胸元までこたつの布団にくるまって、ぬくぬくと温まりながらまゆりの入れたお茶をずずっと味わっている。
 話を聞けば、今日はもう寒すぎるからブラウン管工房はさっさと店じまいをすることにしたらしい。寒いから閉店って……いくらなんでもそれでいいのかと問いたくなるが。
「あたしも寒暖差には強い方だと思うんだけどさ、さすがにバイト中は運動もできないし、じっとしてるのはなかなか堪えるよ。身体を動かせればそうでもないんだけど……」
「あれ? 阿万音氏、ブラウン管工房って暖房ないん?」
「あるにはあるみたいなんだけど、店長がケチくさくってさー。まあそのおかげで早く終われたし、それはそれでいいけどね」
 はあ、と溜息を吐きながら鈴羽はみかんへと手を伸ばす。「もらっていい?」「いいよー」なんて会話をまゆりと交わし、ひょいひょいといくつかを手元へ。そうして剥く前に、再び茶を一口。はー、と声を上げての飲みっぷりは、見た目に反してずいぶんと年寄りくさかった。
「しかしミスターブラウンめ、暖房費ごときをケチるとはなんと器の小さい……!」
「はい、今日の『お前が言うな』いただきましたー! オカリン、自分の棚の上げっぷりは流石だお」
「あはは。確かに岡部倫太郎がちゃんと家賃を払ってたら、暖房費くらいなんてことはなかったかもねー」
「ぬ、ぐ……!」
 ちょっと言ってみただけでこれである。ええい、家賃くらいでけちけちと! 人類の発展に寄与するこのラボ研究費として使われているのだから、もっと大きく構えるくらいできないのかこいつらは!
 ……いやまあ、でも今年の冬は寒そうだし、そういうことならなんとか家賃を工面しようかなとは、思ったり思わなかったりしなかったわけではないのだけれども。
「ま、大丈夫だよ。あたしは結構頑丈だから。こう見えて疾病には強いんだ」
 言いながら「ふわあ」とあくびをかまし、鈴羽はもぞもぞと一層深くこたつにもぐりこむ。と同時に右手ではジャージから折り畳みナイフを取りだしていて、「おいまさか、みかんの皮を剥くのにそれを使うわけではあるまいな(笑)」なんて思っていたら、
「よっ、と」
 鈴羽が手をくるっと回して――
「ん?」
「え?」
「あれ?」
 重なる声は、俺を含めた鈴羽以外の三人から。
 一瞬の早業。瞬きの間に……というのはやや大げさだが、それでも鈴羽の手元にあったみかん、その皮と中身が圧倒的な速さで綺麗に分断されていた。
 事態の理解が追い付かず、何と言おうか言葉に詰まる。見ればダルもまゆりも似たようなもので、ただ鈴羽だけが「あ、これ美味しいねー」とかのたまいながら平然と自分で剥いたみかんをもぐもぐと食べ始めていた。
 いやいやいやいや。何だいまのは?
「ちょ、ちょっと待てバイト戦士! 貴様、まさか”使い手”か……!?」
「ん? どうかした、岡部倫太郎?」
「いや、どうしたもこうしたも、阿万音氏、みかん剥くのすげー速くね?」
「えへへー、あれだけ速かったら、いくら食べても追い付かないねー」
 驚きながらもわりと嬉しそうな、最後のまゆりの言葉は置いておくとして。
「お前、いま、どうやって剥いた……?」
「どうって、これ? いや、普通に切っただけだけど……速いかな?」
 言うやいなや、もう一度新しいみかんを手に取り先ほどと同じように皮を剥いてみせる。
 改めてこうして見ても、やはり速い。とにかく速い。どのくらい速いかというと、まゆりが歌いながらバナナの皮を剥くのの1000倍くらいは速い。
「そ、そうか! そのナイフ捌き、さては貴様――」
「未来でもこっちでも、果物を取って食べることがわりと多かったからかな。言われてみれば、母さんもみかんは手でゆっくり剥いてたかも」
「っておい! 人がせっかく名前を与えてやろうとしたところで!」
「まあまあいいじゃん。たくさんあるみたいだし、うん、食べるなら剥いてあげるよ?」
 お茶をずずいと啜りながらの鈴羽。それに「ほんと!?」と真っ先に食いついたのは当然のごとくまゆりで、俺は台詞を寸断されたことに対する怒りを露わにする暇もないまま、はあ、と溜息を吐かされてしまっていた。
 ……まあいい。どうせまゆりが買い込んだみかんだ。どうせなら、剥き手がいるうちに馬鹿食いしてやろうではないか。舌が黄色くなるくらいまで食ってやっても構うまい。
 それから俺たちは、お茶やお煎餅なんかも挟みつつ、「あったかいし、これだけ食べると眠くなりそうだよね」なんて言ってる鈴羽の曲芸めいた技術を楽しみながら、ぱくぱくとみかんを好き放題食べ進めていったのだった。





       ○  ○  ○





「……なんぞこれ?」
 ラボに来て開口一番、紅莉栖が放った言葉がそれだった。
 気持ちは分かる。いきなりのこたつ。ああ、確かに「何だこれ?」と言いたくもなるだろう。けれど紅莉栖が向けた疑問はそれについてではない。
 こたつ、それはいい。こたつだ。冬。新しい暖房器具が欲しいという話は、紅莉栖とだってしていた。だから買ったのだ。そのくらい見れば想像がつくだろう。それくらい分かる。
 けれどそこに入って爆睡している猫娘とジャージ娘はなんだと、なんでこんなところでこんなに人が集まって、あろうことか二人がこうして爆睡しているんだと、紅莉栖がそう言いたいであろうことは誰の目にも(それこそまゆりの目からでさえ!)明らかだった。
 だから、返す答えは明瞭に、
「ヨドバシで4980円だった」
「聞いとらんわ! いやこたつも驚いたけど……なんでフェイリスさんと阿万音さんが寝てるのよ」
「知らん。どっちも勝手に眠りこけただけだ」
「……はあ、これでまゆりが居なかったら、そこのHENTAI二人を警察に突き出すところだったわよ」
 ブーツを脱ぎながら紅莉栖がラボへと上がる。着てきた上着を入り口近くのハンガーへ。そのまま「クリスちゃん、トゥットゥルー☆」「ええ、ただいま、まゆり」とかなんとか二人が挨拶を交わしている間に、俺はこたつから出て席を立った。お茶の補充と、紅莉栖のコップ。寒い中帰ってきたのだ、そのくらいはしてやっても構うまい。
「で、岡部、それに橋田。あんたたち、本当に二人に変なことしてないでしょうね?」
「ちょ! オカリンはともかく、僕がそんなことするわけないお! 僕は変態じゃなくて、変態紳士だからね(キリッ」
「おいダル! 聞こえてるぞ!」
 安物のお茶っ葉を入れ替え、すっかり定着した食器棚から紅莉栖のマイカップを出してやる。ついでに食料庫から年末年始に備えて買いだめした菓子と、あとはドクペを少々。冬ごもりの準備は万端だ。
「クリスちゃんクリスちゃん、みかん食べるー?」
「ありがと、いただくわ。……っていうか、なんで橋田はこたつに入らないの?」
「僕はそんな寒くないし、クリスマスに向けていっぱい発売されたエロゲを消化中なんだお。ま、まま、牧瀬氏もいいい一緒にややる?」
「HENTAIは今すぐ外出て頭冷やしてそのまま死ねばいい」
 紅莉栖がさらっと言い放ったのを聞き流し、テーブルの上にコップその他を広げる。「ありがと、珍しく気が利くじゃない」「”珍しく”は余計だ」なんてやりとりの後、先ほどまで俺が座っていた場所に腰を降ろそうとして――
「……おい、助手よ。そこは俺が座ってた場所なんだが?」
「知ってる。で?」
「どけ」
「だが断る」
「……」
 お茶と菓子を持ってきてやった結果がこれである。お茶と菓子を持ってきてやった結果がこれである! 大事なことだからお茶と菓子を持ってきてやった結果がこれである!!
 テーブルの四方は紅莉栖のほか、まゆり、フェイリス、鈴羽の三人によって既に埋められていた。まゆりはともかく、寝ている二人を起こしてまでどけるというのも忍びない。そしてなにより、いま紅莉栖が座っている(そして俺が陣取っていた!)場所というのは、有り体に言ってテレビが一番見やすい位置なのだ。加えて後ろに置いてあるソファに寄りかかることだってできる。そんなラボのリーダー専用席(※今決めた)をこいつはしゃあしゃあと掠め取ってしまったのだ!
 この助手! この栗ご飯! このセレセブ! 俺は頭の中で思いつく限りに罵倒してやった。口には出さない。ご了承下さい。
「あー、お茶あったかくておいしー。岡部も座ったら?」
 だというのに紅莉栖は余裕の態度で俺が持ってきたお茶を飲み、どことなくにやにやしながらこちらに視線を向けてきた。なんという外道。まさに助手!
 ……いや実を言えば、寒い中帰ってきた紅莉栖はともかく、ずっと部屋にいた俺はこたつに無理に入らずとも大丈夫ではあった。そういう意味ではこたつを紅莉栖に譲ってやるのもやぶさかではなかったのだが、こういう態度を取られてはそう易々と引き下がれるわけもない。自分から譲るのならともかく、奪われたとなれば話は別なのだ。
 だから結論は簡単だ。
 俺が引き下がらなければいい。
「おい助手、もう少しあっち寄れ」
「へ? 寄るって何が……――ちょっ!?」
 紅莉栖が奇怪な声をあげたが、構うことなくこたつへと滑り込む。それは俺がもとから座っていた場所。要するに、紅莉栖を押し退け、その隣に強引に割り込んだのだ。
「ちょ、無理! 狭い、狭いから! ……っていうかどさくさ紛れにどこ触ってるのよ、このHENTAI!」
「ええいうるさい! 元はと言えばお前が人の場所を取るからだろうが!」
「知らないわよ! いや、知ってるけど。あんたはソファで毛布でもかぶってればいいでしょ!」
「だが断る!」
 たいして広くないテーブルは、二人が並んで座るには相当に狭かった。強引に紅莉栖を端に寄せたはいいものの、満員電車の座席もかくやという窮屈具合。邪魔だからと足を押し退ければどこ触ってるんだHENTAIと罵られ、じゃあ肩ならいいかと身体全体でスペースを確保しようとすれば逆にテーブル上の主導権を奪われる。かといってこたつの布団を寄せれば後ろのソファを取られてしまい、それを取り戻そうとするとその隙に身体ごと寄せてきて有利な位置を取られてしまった。
「まったく、お前は助手だろう! 少しは俺を労ろうとは思わんのか!」
「助手じゃないですが何か! っていうか布団引っ張るな!」
「ああっ!? おい、それは俺の――」
 紅莉栖がずらした俺のコップへ手を伸ばしたところで、はた、と意識が立ち止まる。ぐいぐいと俺をどかすように身体を押し付けてきた紅莉栖も俺の変化に気付いたようで、ふっとその勢いを止めてみせた。
「なに、どうかした?」
「……いや」
 ゆっくりとコップを手元へと戻し、俺は紅莉栖に「周りを見ろ」とジェスチャーを送る。「ふむん?」と、紅莉栖が言われたとおりに視線を上げれば、そこには
「えっへへー、クリスちゃんとオカリン、あいかわらず仲良いねー」
「いやいや、これはこれはお熱いですニャン。あーこたつが熱い熱いニャ。火傷しそうニャー」
「こういうの、なんとかは盲目って言うんでしょ? 初見だけど、ここまでとは思わなかったなあ」
 にやにやにやにや。
 ぽやぽやっと心の底から嬉しそうなまゆりを除き、うざったいくらいに絡みつくような視線がこちらへと向けられていた。……頭を抱えたくなる。さらに少しばかりの静寂をおいて、その天才頭脳が事態をようやく把握したか、ぼんっ、と音が鳴るくらいに紅莉栖の顔が真っ赤に染まり上がっていき。
「はいはいリア充リア充。まとめて爆発しちゃえよマジで」
 ダルの怒り半分呆れ半分の愚痴めいた言葉をトドメに、俺たちはしばらく顔をあげられなくなってしまったのだった。

++++++++++


Short Story -その他
index