屋上

[Rui tomo short story]
「む」
「おや。今日の屋上2番乗りは茜子、君だったようだね」
「一番乗りかと思ったのですが。そこな栄養オタクはよっぽどの暇と見えます」
「そう見えるかい? ……僕は日光浴が趣味でね。茜子の光合成には敵わないけれど」
「ほほう、よくご存じで。だが今はチュパカブラの家で酒池肉林三昧です」
「ふむ。それは楽しそうだ」
「たまに蛮族がご同伴を預かりに」
「るいのことかい?」
「あの胃袋は、一食で茜子さん一日分より多くの食糧を食っていきやがる」
「智も大変だね」
「まあセロリライスが主食という点では同情もしますが。あれは猫缶以下です」
「栄養は良さそうじゃないか。僕は毎日でも食べたいくらいだ」
「脳みそエロペラーになりますよ」
「それも面白いと思わないかい?」
「あの若白髪はともかく、男装が趣味のあなたが言うと洒落になりません」
「そうかな。それなら僕はパセリライスで我慢しておくことにしよう」
「蛮族涙目ですな」



「ところで、今日は智は一緒じゃないのかい?」
「あー、それが持病の慢性姑息病が悪化してしまったそうで」
「ふむ。それは一大事だね」
「そりゃあもう。私も心配で心配で、こうして学園帰りに屋上に直行してしまうほどです」
「つまり智の家に戻ってないから一緒ではないと」
「優等生の皮被りは無駄に忙しいので、いつ帰るか分かりません。学園でサビ残とかなるとをケチるラーメンくらい理解不能です」
「智にとっては必要なことなんだろう。でも慢性姑息病はしつこいから、しっかりビタミンCを摂って休まないといけないんじゃないかな?」
「じゃあ今日帰ったら、口にレモン突っ込んで絞ってあげましょう。水分も取れて茜子さんGJになるに違いありません」
「そうだね。それにジャガイモやサツマイモなんかもビタミンCを多く含むから、それも一緒に入れてあげるといいだろう」
「口爆発しますね」
「智ならきっと大丈夫さ」
「それもそうですね」
「ああ、そうさ」



「……しかし、誰も来ませんね」
「いつもはどういう順番が多いんだい?」
「茜子さんが一人地蔵ごっこをしていると、大抵はちびウサか野生児が飛び跳ねてきますな」
「二人はいつも元気そうだ。羨ましいと感じないこともないかもしれないね」
「だというのにきやつらは地蔵中の茜子さんにお祈りをしようともしません。なんという不届きモノでしょう」
「ふむ。それはいけないな」
「そうでしょうそうでしょう。カップ麺の1つや2つ、お供えしてもバチは当たらないというものです」
「ご利益はあるのかい?」
「実はこれは秘密なんですが……なんと! 茜子さんにお供えすると徳ポイントが溜まります!」
「ほう、それは興味深い。次来るときはお供え持参の方がよさそうだね」
「ぜひともそうしてください。ちなみに徳ポイントが溜まると困ったときに茜子さんが助けてくれたりくれなかったりします」
「あはは、それは頼りになりそうだ」
「そちらの男装コスプレイヤーは、茜子さんが来るまでは何をしていたんですか?」
「僕かい? そうだな、昼間は見えない星に思いを馳せていたというのはどうだろう」
「乙女チック思考きた! 反吐が出ますね」
「こういうのは嫌いかな?」
「茜子さんは超・現実主義者ですので。夢でお腹は膨れません」
「そうかな。浜江くらいになれば、悪夢を食べる伝説の動物を見たことがあるかもしれないよ」
「ほほう。まあ茜子さんも、最近になってチュパカブラを発見したりしなかったりしましたが」
「へえ、どこでだい?」
「乙女チックベールの下にひっそりと隠れておりました。ぷらんぷらん」
「隠された真実というのは、意外と身近に存在しているという教訓かもしれないね」
「なんと! それはつまり、メガロガルガンが実はブルグルグンの父親の友人であるかもしれないということですか!」
「だとしたら驚きだね。僕はずっと、彼は母親の知人の妹あたりだと思っていたよ」
「ふむん、では次の猫会議では詳細を聞いてこなければなりますまい。あー、忙しい忙しい」
「その忙しいさなかだというのに、人はなかなか集まらないようだ」



「あら? まだ、お二人だけでございますか?」
「期待のニューフェイスきた! その自己主張激しいおっぱい以外は歓迎します」
「楽しそうな声につられてふらふらと。何のお話をしていらしたんでしょう?」
「うむ、茜子さんがUMAについての話を」
「そうだったのかい? 僕はてっきり、猫缶の栄養についての話だとばかり」
「まあまあ、それはなんとも楽しそうな」
「お、おっぱいが大きいのにマジレスしません! つまりマジレスはおっぱいではなく眼鏡の方がしていたということに!」
「眼鏡をかけてきたほうがよかったのでしょうか?」
「その方が徳ポイントが溜まるんじゃないかな」
「なにやら功徳が積めそうな響きでございます」
「そういえば、天然巨乳は嘘つきカイザーと一緒ではないのですか」
「和久津さまでしたら、一度家に戻ってからこちらに向かわれるとのことで」
「ファ×ク! 連絡くれれば家で待っていておやつをせびることもできたというのに」
「それより嘘つきカイザーで通じるということは、智は学園でもそう呼ばれているのかな?」
「そうではありませんが……和久津さまは嘘がお上手でございますから」
「ほほう。例えばどんな?」
「そうですね、今日で言えば一度家に戻ってからこちらに向かわれるという話などは」
「嘘なのかい?」
「和久津さまはおうちで飼っていらっしゃる野良猫のことをたいへん気に入っているそうなので、連絡がないということは、おそらく別の用事なのでしょう」
「ふむ。まあ、あの天然嘘つきは息をするように嘘をつきますからね」
「ええ。そしてそれがバレそうになって慌てふためく和久津さまの可愛らしいことといったら、それはもう」
「嘘をつくときは堂々としているくせに、バレそうになると途端に慌てる小物っぷりが堪りませんな」
「仰るとおりでございます」
「智はこんなに愛されていて、幸せものだね」
「和久津さまを愛することができて、宮も幸せでございます」
「……帰ったら少し尋問してみる必要が出てきました」



「ところで、お二人は一緒に来られたのですか?」
「いや、僕が交通量調査をしていたら、茜子がビル壁を登ってきてね」
「それはそれは。大変だったでしょう?」
「茜子さんにかかればその程度、造作もありません。猫は自分の身の丈の5倍を跳躍できるといいますから」
「僕も驚いたよ。たった数回のジャンプで屋上まで登ってきたのだからね」
「そうなのですか。和久津さまのご友人は宮を驚かせてばかりでございます」
「ストーカーおっぱいは何か特技とかないんですか?」
「その名の通り、智の観察かい?」
「それは特技ではなく、わたくしの生き甲斐でございます」
「生き甲斐ときた」
「特技は……そうですね、わたくしの愛読書がありまして、それの朗読などを少々」
「どんな本なんだい?」
「スターリン文庫というのですが」
「聞いたことありませんね」
「そう言うと彼女は、細身の身体を天蓋付きのベッドへと横たえた。『ああっ、ダメ!』彼女の嬌声は男の欲望をますます喚起させ――」
「ぶっ」
「あら。展開がお気に召しませんでしたか? でしたら、もう少しソフトな内容のものもございますが」
「いや、しかし……これはまた、予想外というか、そうでもないというか」
「これが官能小説じゃなかったら日本は爆発する!」
「ご入り用でしたら仰ってくだされば、いつでもここに持ってきてお貸しいたしますわ」
「……もしかしてあのブルマリアンにも貸したりなど?」
「ええ、何度かおすすめの自選集を。毎回しっかりと読んでいただけているようで何よりです」
「ほう。それは良いことを聞かせてもらいました。グヒッ、グヒヒッ」
「茜子も楽しそうで何よりだ」
「今宵、血の宴が始まる……!」



「あら、噂をすれば、というところでしょうか」
「あれっ? 宮に、惠に、茜子? 珍しい組み合わせだね」
「智……君はやはり運が良い方なのかもしれないね」
「うん? 惠、それどういう意味?」
「和久津さま。先日お貸しすると言ったエロゲーは今日は持ってきておりませんので、また後日でもよろしいですか?」
「えっ!? いや、それ前々から宮が貸すって言ってるだけで僕一言も借りるとは――」
「智さん。ちょっとツラ貸してください」
「あー、うん。あの、茜子……なにか怒ってる?」
「別に怒ってませんからさっさとツラ貸せやコラ。このぷらんぷらんめが」
「ぷらんぷらん、でございますか?」
「あ、茜子! じゃ、じゃあちょっと茜子が話あるっていうから、少し席外すね」
「ぷらんぷらーん、ぷらんぷらーん、いけいけ僕らのちゅぱかぶらー♪」
「しーっ! ほらほら、ねっ、一旦踊り場まで出るから……」
「……」
「……」
「智も、茜子には敵わないみたいだね」
「和久津さまはお優しい方ですから。それにあの慌てようは、いつもの愛らしい和久津さまでございました」
「相変わらず智も大変なことだ。さてそれじゃあ、僕らは落ち着くまでどうしようか」
「そうですね。ここから見える信号機を数える遊びなどはいかがでしょう?」
「それはいい。けれど、地蔵がカップ麺を食べるかどうかの議論というのも楽しいとは思わないかい?」
「それは大変興味深いですね。中々深淵な問いだと宮は思います」
「じゃあ、さっき僕が見た話からしよう。僕はさっきまでここで風景画を描いていたんだけれどね――」


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