僕らは、そう――――同盟

[Rui tomo short story]
 ネオンに彩られた不夜城と、そこに住む吸血鬼に別れを告げてはや数十分。あたりからは艶かしい色の放電管が既にさっぱり消え失せていて、見える明かりと言えば腐りかけの街灯と、夜空に浮かぶ星々、あとは地元民を対象にしているのだろう遥か先に見えるコンビニくらいとなっていた。駆け抜けていく自動車の類すらなく、この道があの不夜城に続いていること自体が嘘なのではないかとすら思えてくる。
 加えて暗闇と共にあたりを支配しているのは、まるで雪の日の朝のように足音すら吸われかねないほどの静寂。住民はおろか、街灯に集まる虫の羽ばたきすら聞こえてこない。時計を見ればさもありなんと思う時刻、きっとそこいらの草木は昼間溜めたエネルギーで優雅に惰眠を貪っていることだろう。
 そんな物思いに耽りたくもなる丑三つ時の住宅街の中を、僕らは新雪を踏みしめることを楽しみにしている子供を顧みない除雪車のように、情緒という言葉を蹴り飛ばしながらのんびりと歩いていた。
「ふーんふーんふーん」
 ご機嫌に鼻歌を鳴らしているのは、先頭を歩いているるい。さっきからわりあいずっとこの調子。右へ左へ不規則に揺れながら、いつもはこよりがそうするように、有り余る元気をそこら中に振りまいている。表情は当然のように僕が夕飯をご馳走してあげたときと同じく、満面としか評価できそうにないほどのそれ。さらにはその後頭部、高く結った髪がるいの動きにぴょこぴょこ揺れていて、それはあたかも機嫌が良いときの犬の尻尾を思わせる。犬耳が生えてそうなるいのこと、きっと大した違いはないだろう。
 そんなご機嫌な忠犬の様子を眺めていると、横からちょっぴり溜息混じりの声。
「自分の問題ってわけじゃないのに、よくもまああそこまで喜べるわね、あの子」
「また君はそーゆー……。じゃああれ、君は茜子も僕もドナドナされればよかったと?」
「そ、そうは言ってないじゃない。勝てて嬉しい……というより、ほっとしたってのが本音ね。鼻歌うたうべきなのはあなたの方でしょう?」
「僕はリスクから解放されただけだから」
 でも鼻歌はうたいたいかも、という言葉は結局飲み込んで、かわりに大きく息を吸い込んだ。夜の空気は火照った身体を幾分か冷ましていって、だから残るのは疲労と精神的な昂揚感。僕だって嬉しくないはずがない。足に滞留する痛いくらいの重ささえなければ、るいのようにステップを踏みたいくらいなものだった。
「鳴滝も嬉しいやらほっとしたやらって感じですが、でもでも、今はそれ以上に疲れましたよう。早く帰ってお布団にダイブしたいです……」
「それもすごく同意。僕、お風呂入ったらそのまま寝ちゃうかも」
「死ぬわよそれ。……でも、その疲れを感じられないの、ちょっと疎外感かも」
「いやいやいや! 伊代センパイの頑張りがなかったら、鳴滝の骨はこなごな、ともセンパイはドナドナで大変だったじゃないですか! これはみんなで掴んだ勝利ですよ! あ、いえ、鳴滝が言えたギリではないですが……」
「そう? ありがと。あなたにそう言ってもらえると助かるし、あなたも結果をだしたんだから、いつまでも気にしないの」
 言って、ゆったりと微笑む伊代。母か姉かのようなその表情は、きっと伊代の本質なのだろう。あのとき茜子の姉と見間違えたそれは、だから正しい錯覚だったと今なら思える。今回のことだって、ほっとしたというのはつまり、相互の利害を超えたところで罪悪感を少なからず胸に抱えていたがゆえだ。伊代だって、だからるいのことを言えやしない。
「同盟、か」
 伊代がこよりの頭を撫で付ける様子を見ながら、聞こえぬように独りごちる。
 同盟。少年漫画が好きそうな、自分以外の誰かがいるから云々といった、見えないモノにつく名前。央輝との一騎打ち、最後に僕の脳裏を掠めた単語。
「僕らは、そう――――同盟だ」
 手を取り合って、難題を解決していく。同じ痣を持つ物同士、それぞれの痣に誓って。
「……」
「――まあ、そうですよねえ。ともセンパイやるいセンパイみたいにすごいことはできませんが、これからも鳴滝は一生懸命頑張るッス! ね、ともセンパイ!?」
「……」
「ともセンパーイ?」
「……へ?」
 呼びかけに、ふっと我に返る。
 ウサギさんのくりくりした目が不思議そうに僕の顔をのぞき込んでいた。その隣では伊代もじいっと見つめてきていて。
「あ、ごめん、どうかした?」
「いえ、どう、というわけではないんですが……」
「疲れたの? なんか、しかめ面でぼーっとしてたわよ」
「そうだった? うーん、自分で思ってるより疲れてるのかも」
 あはは、と笑って言葉を濁す。対して伊代は「そんなんじゃ本当に浴槽で寝そうね」なんて、呆れた表情を見せてくれた。こよりは対照的に「せめておうちまでは頑張りましょう!」と、まるで自分自身に言い聞かせるように声を張り上げて。
 そこに何の罪悪も感じないと言えば、やはりそれこそ嘘にもなろう。
「あ、またしかめ面。よもや、よからぬことを企ててはいないでしょうね? あるいはまた何か秘密にしてることがあるとか」
「これまた人聞きの悪いことを」
 秘密はあるけど。バレたら死ぬやつ。
「まあもう、ここまで来ると一蓮托生って気にもなるけどね。主に惰性で」
「諦念たっぷりのその口調が、伊代の率直な感情の吐露であることを証明していて僕はとっても嬉しいです」
「勝手に騙される奴が悪いと?」
「飛躍しすぎです。僕あんなうさんくさくないよ」
「自分で言うか……」
 形の良い眉がいつもようにハの字を描く。プラスで溜息はもはやデフォ。それがるいや花鶏に向けられるならともかく、僕に向けられているという事実にはちょっとだけもにょる。
「大丈夫です! ともセンパイがどんなにうさんくさくても、鳴滝はセンパイの味方ですから!」
「こよりん。純真さというのは、時には相手の胸を抉る刃になるんですよ?」
「んむー?」
 僕の言葉に、こよりが頬に指あて首を傾げる。無垢なその目が僕には痛い。ああ、僕はこの純真さをいつから放棄したのだろう? ……なんてのは考えるまでもなく、幼い頃、友達の女の子に僕の本当の性別を言っちゃったときに決まってる。あのとき僕は身をもって理解したのだ。純粋なだけでは、文字通り、この世で生きていくことができないのだという事を。
「しかめ面」
「むむむ」
 伊代の指摘で頬の収縮を解く。ちょっとナイーブになってるのかもしれない。多感なお年頃。一方では箸が転んでも笑う人が居るらしいけど、僕とはきっと無縁だろう。
「ともセンパイ、お疲れッスねー。いや鳴滝も相当キてますけど。でもでもあんまりにもなら、花鶏センパイに送ってもらったらどうッスか?」
「いいよ、大丈夫。そんなでもない……わけでもないけど、僕だけっていうのもね。あとなんか、花鶏だと送り狼になりそうだし」
「んあー?」
 さながら起き抜けのように腑抜けたその声は、僕とこよりのやや後方から。こよりを助けた例のバイクを押しながらの花鶏だ。見れば右手でバイクを押しつつ、左の脇にはしっかりと盗まれた本を抱え込んでいた。でも顔はパルクールレースのときと同じくとても気怠げ。僕にはあいにく分からないが、まあ、重い人はこうなるらしい。
「すごいわ……あなたの話題が出たのに、このレズが食いつかないなんて」
「なに、人が調子悪いことをいいことに陰口大会?」
「目の前なのに陰とはこれいかに」
「光あるところに陰があるんですね!」
「いやごめん、意味が分からない」
「というかこよりちゃんの声、頭に響くわ……」
「声に駄目出しされたッス!?」
「あ゛ー、頭いてー」
 ゆらりゆらりと歩きながらも、時折バイクの腰掛けに肘つく花鶏はやっぱり結構辛そうだ。それでもなんとか耐えられているのは、それに比するくらい僕やこよりが消耗しているというのが大きいのだろう。つまり、歩調はそれほどまでにゆっくりだということ。棒になった足ではこれが限界だ。
 しかしまあ、そこまで辛くてもこうして僕らと一緒に並んで歩いて帰るというのは、やはり花鶏にとって意味あることなんだろうとも思う。顔には既に出さなくなってはいるものの、本が戻ってきたことに対する喜びは央輝から受け取ったときに爆発させているし、今なお大事に抱えているその仕草からもそれは容易に読み取れる。そして同盟である僕らの利害の一致はそこでひとまず区切りをつけたわけで、だから花鶏は己のバイクで帰っても構わないというのに、本を手にしたまま僕らと同じくその足で帰路へと着いているというこの状況。伊代でさえ、それを口にはしないけれど。
「……同盟、だもんね」
 喉にかかった魚の骨は、自覚しながらも飲み込んで。
 そうして残る最後の一人、先ほどから珍しく沈黙したままの、今日一番の利益享受者に目を向ける。僕より頭一つ分低い位置にある、いつも通りのダウナーな視線とぶつかった。
「何か?」
 相も変わらず無表情。お人形めいたその態度からはやっぱりまだまだ感情を読み取ることなんかできなくて、僕は自然と言葉に詰まる。それでも眉を顰めることさえしない、こよりやるいとはまた違った意味で真っ直ぐなその視線は、僕の胸中を見透かされているのではないかという不安さえ感じるほど。
 さて何の話題を取り出すべきか、デリケートな問題だけに慎重を要すると考えていた僕だがしかし、あっさりとその空気をぶっちぎったのは近くにあった伊代の口だった。
「何か、じゃないでしょもう。あなたはほんと、少しは喜んだらどうなのよ? 別に感謝を強要するつもりはないけど……」
 ド直球。
 伊代らしいといえばらしいけど、美点かどうかは議論が必要なところだ。
 短い付き合いながら茜子もその辺はよく了解しているようで――というか伊代のお節介を真っ先に受けたのは茜子だ――、まるで僕の心情を代弁するかのようにわざとらしく溜息を吐いて見せてから、固まったままだった無表情を少しだけずらして、
「お助けいただいてありがとうございますペコリー。この御恩は忘れるまでは忘れませんペコリー。思わず血涙流して膝折り腕あげ咆哮したいくらい嬉しいですペコリー」
「はあ……」
 対しての溜息。「まあいいけどね」なんて呟いて、伊代はさっさと茜子との会話を切り上げ、今度は後ろの花鶏を気遣いだした。なんという委員長気質。そして当然のように花鶏に邪険にされているのも、これまたやっぱりいつも通り。
「苦労性だよね」
「面倒屋さんが何をおっしゃいますやら。まあおっぱいの分、肩こりはあっちのがひどそうですが」
 にやりと笑い、いつものように無遠慮な舌鋒が飛び出てくる。
 茜子の三日月のように曲がる口。作り物めいた表情は、やはりその真贋を判別すること叶わない。パルクールレース後、ずっと沈黙を保っていた茜子の、久々の毒舌。それを自覚できないほどに茜子は賢くないわけではないだろうし、だから僕には分からなかった。
 けど、それを理解する必要もないだろう。嘘で塗り固められたこの身、露見すれば死に至る。ましてや僕らは、そう――――同盟なのだから。
 そう頭で理解し直して、さてどう返すか考え始めた直後、僕より先に口を開いたのは茜子だった。
「まあ、そうですね。喫緊の課題が解消したという安堵はありますが、急に自由の身だと言われても実感が湧かないのが本当のところです」
「……うぇ?」
 いきなりの感情の吐露に、出たのは自分のモノとは思えないうなり声。
「聞きたそうな顔してました。その鉄面皮も茜子さんの前では無力です」
「いや僕そんなに面の皮厚くないってば」
「何言ってるんですか。そんな嘘を平然と言えるのが、厚い証拠です」
「うぐう」
 ぴしゃりと断言されて、思い当たる節がないこともないような気がする僕は盛大に凹んでみせる。ひょひょひょ、と奇っ怪な笑いが頭を垂れた僕に降り注いできた。
 っていうか、僕としては(断じて面の皮が厚いからではなく)物欲しそうな素振りは見せていないつもりだったのだけれど。魔女がどうとか言っていたし、茜子は心が読めたりするんじゃないだろうか? ……聞くと笑顔で肯定されそうだから聞かないけど。
「それに、どうでもいいというのも半分本心ですから」
 笑みを消し、そうしてひっそり吐かれた続きの言葉。やっぱり感情を汲み取ることはできないが、これがあっさりと仮面を外してみせた理由なのだと、僕は――いや、きっと僕だから理解できた。
 伊代ならいの一番に窘めるだろう。るいたちも良い気分にはならないはず。だって、同盟を組んで命がけで戦い勝利した後、要約すれば「別に助けられなくても良かった」と言われたようなものなんだから。
 だから僕もその言葉には反感を覚えて、けれど反論はしなかった。呪われた世界。加えて僕には明確な呪いがあって、その越えられぬ壁を感じた幾千というその機会、いっそ死んでしまった方が楽ではないかと一度も思わなかったと言えば嘘になる。助かっても、その先に続くのは呪われた世界。生きるも地獄死ぬも地獄、そんな比喩すら他人事ではないと感じるこんな人生で、だから茜子の気持ちもかなり斟酌してやれた。
 でも僕はこうして生きている。嘘にまみれて、同盟相手すら騙くらかして、僕はこうして生き抜いている。
「少しは怒ると思いましたが」
「うん、怒ってる。でも、お説教でどうなるものでもないからね」
「……」
 利害の一致に、感情の対立をことさら調整する義務はない。
 つまるところ、理由は簡単。僕らがそう、同盟だからだ。
 呪われた世界をやっつける。同盟を設立するにあたって僕が述べた詭弁は、結局まとまるためのスローガンにすぎない。呉越同舟、というほどでもないけれど、この考えを無理に受け入れる必要はないはずだ。あるのはそれにのっとった行動の結果によるリターンの配分で、あえて言うなら、僕自身、スローガンを肯定するかと問われれば答えに窮することになる。なぜかって? それこそ簡単だろう。だって、同盟のアイデアは――――ああ、あの時はぐらかした言葉をいま敢えて言おう――――それは、僕がこの集団から一抜けするためにでっちあげたものにすぎないのだから。
「ふーんふーん……およ? あれ、今の、流れ星かな?」
「マジッスか、るいセンパイ!? えーと、えーと……め、メンマメンマメンマ!」
「いやあなた、いくらなんでも遅すぎるでしょ。それになんでまたそんな中途半端に即物的な」
「短い言葉で思いついたのがそれだったんですよう。うー、もっかいカモンですよ、流れ星!」
 るいが流れ星を見つけたのを皮切りに、こよりがやんややんやと騒ぎ出す。少しは落ち着いたのか今度は花鶏も文句を言うことはなく、それどころか「わたしなら『智・智・智』で決まりね」なんて会話に入ってくる余裕すらある模様。……って。
「それ言っても、僕花鶏のものにはならないからね?」
「なによ、流れ星に願いをかける、無垢な乙女の夢想を足蹴にするつもり?」
「どこに無垢な乙女が居るのかと」
「居るじゃない。目の前に」
「……どうやら僕とあなたとでは、ムクという言葉の意味が異なるようです」
「じゃあ、剥く?」
「やめてよして近寄らないでこの変質者」
 さささ、と花鶏から離れるように足を動かす。バイクを押している花鶏は細かく移動すること能わず、チッと舌打ちを鳴らすのみ。本気で悔しそうなのがまたなんとも。
「本能直結の扁形動物はさっさと進化した方が身のためです。でないと公然猥褻罪という名の淘汰圧で社会的に抹殺確実」
「茅場まで何よ。人をまるで満員電車に好んで乗り込むエロオヤジかなにかみたいに」
「どこが違うんだか」
 伊代が呆れ顔でツッコミ。やはり被害者の言葉は重みが違う。隣ではこよりが何とも言えずたははと苦笑いを浮かべていた。
 それからしばらく「言動もオヤジっぽいときあるよね」「あんたらいい加減にしないとバイク放り出してでも揉むわよ」「花鶏ねー、病人ならちっとくらいは大人しく……あ、また流れた」「メンマメンマメンマ!」「智智智!」「……」なんて会話が続いていて。
「……さて」
 そうして歩き続けていた僕らの、ひとまずの終着がいよいよ到来する。
 見慣れた分かれ道で、僕はゆっくりと足を止める。みんなも覚えていてくれたか、その歩調を合わせてくれた。
「それじゃ、僕、こっちだから」
「ええ。今日はお疲れさま。気を付けて帰るのよ?」
 伊代のまるで保護者みたいな言葉が胸に染みる。
 うん、と頷いて足をみんなとは別方向へとさし向ける。最初の離脱者。足は棒のようになって、疲弊しきった身体が一刻も早く自室のベッドを求めているのに、気持ちはその本能と見事なまでに乖離していた。
「もうずいぶん暗いし、なんなら送っていこうかトモ?」
「なっ!? ずるいわよ皆元、そんな美味しい役割を独り占めなんて!」
「はいはい、馬鹿言ってないで。でもそうね、何があるか分からないし、あなた、送ってもらった方が……」
「ううん、いいよ。近いしね」
 女の子に送られるわけにもいかないでしょ、という言葉は喉の奥に押し留める。疲れ切っているせいか、あるいは他の理由か、僕の脳みそはだいぶ腑抜けているようだった。まるでアルコールに酩酊しているかのような。
「それじゃ」
「あ、ええ。ほんと、気を付けてね」
「おつかれさまッス、ともセンパイ!」
「ゆっくり身体を休めてください。そして明日の朝刊は、浴槽で孤独死したボクっ娘の記事が一面に」
「不吉なこと言わないの!」
 あはは、と笑って返し、手を振って別れを告げる。「じゃあねー」「ばいばいー」「おつかれさまー」なんて言い合うのは、もう暗黙の了解となっていた。それはつまり、「また明日」なんて言葉を使わないでいよう、という意味において。
 手を振り切り、僕が完全に背を向けたのを合図にしたか、僕の背後からはみんなが去っていく足音がほぼ同時に聞こえ始めた。しばらくして、この無音の空に再び広まる喧噪は、やはり僕の心を締め付ける。
「……」
 遠ざかる音。徐々に辺りは静まりかえり、数分もすれば闇夜に浮くのは僕だけとなっていた。先ほどまでは感じなかった夜の冷たさが、身体全体に染み渡っていくかのよう。鈍重になった足に鞭打ち、その歩を早めて自宅へと急ぎ向かう。
 パルクールレースの残滓が、今の僕には重たかった。
「明日はずるずるかな」
 関西方面のスラングを使って気を紛らわしてみる。思い浮かぶ宮和の顔に、僕はえも言わぬ感情が押し寄せてくるのを自覚して。
 ――同盟。
 たった今別れた五人と僕を結ぶ、痣に誓った虚飾の契約。
 なにを過度な期待をしているのか、と自分を叱咤してみても、心は落ち着かないままだった。るいを家に泊めて、花鶏の家のお風呂を借りて。それをなし崩し的にしてしまったあのときとまったく同じこの感情。
 戸惑ってしまう。策に溺れかけていることを理解しながら、それでも僕はどうしていいのか分からない。したいこと。するべきこと。してはならないこと。すべきでないこと。ファジーな鬩ぎ合いは結論を導くことができず、だから僕は口にする。
「僕らは、そう――――同盟だ」
 それが自身に向けられたものであることは重々承知をしておきながら。
 沸き上がる虚しさを胸に秘め、僕はそうして独り、胸を張って自宅へ帰っていったのだった。

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Short Story -その他
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