いつだってレリュード

[a reaction from an observer]
「もしもし、日和子さん? あ、まだ学園ですか? ふー、良かった。あ、いえいえ、そういうわけではなくてですね、ちょっと忘れ物しちゃったんですよ。ええ。そうです。でもほら、戻って明日香さんに捕まっても面倒ですし、……ええ、はい、ほんとにもうそうですよね。分かっていただけでなによりです。

 それでですね、机の中にノート二冊あるので、できればアレキサンダー来るときにそれを……ええはい、ご迷惑おかけします。いやー、日和子さんがまだ学園に居てくれて助かりました。……ああ、委員会。あれですね、あのー、明日香さんと一緒のナントカっていう。そう、それそれ。大変ですねえ、今度暇があったらお手伝いさせてもらおうかしら。
 あ、じゃあそういうことなんで、忘れ物のほうよろしくお願――ん? あれ、もしかして誰か一緒に居るんですか? 違う? いやだってそんな、明らかに女の子の声聞こえてますけど。えー、そんな日和子さん、隠すようなことじゃないでしょう。りんだ? リンダさん? アッ、もしかしてあれですか、タマちゃん先生の名付け親の! ……うん、ええ、はー、そういうことですか。エッ、でもすっごい疑ってますよね彼女、こっちまで聞こえてますよ。いいじゃないですか、ほんとに彼氏なんですから。あっ! そんなまさか、ひよちゃんは俺のこと人に紹介できないような男だと思ってるんですか! ……付き合ってると思われたくない男ナンバーワンッ!? ……いやそれフォローになってないっすよ! 店長よりはマシとか全然褒めてないですよソレ! ……はあ、ええ、ハイ、いやでも――っと?

 あっ、もしもし? もしかして……ああ、やっぱり。いやでも日和子さんから携帯奪い取るなんて大胆なことしますね。えっと……リンダさん? ……ええまあ、常々名前は日和子さんからうかがっておりますので。アッ、申し遅れました、わたくし日和子さんとお付き合いさせていただいております千歳ぬるぬる鷲介と申します! 朝でも夜でもコンバンワ! うちの日和子がいつもお世話になっております!
 へっ? いやー、ひよちゃん恥ずかしがりぃですから。ですよねー、別に恥ずかしがることないのにねー。あはは、まあ責めるのはその辺にして……いやでもひよちゃんの親友っていうから、てっきりもっとこう、ねえ、お堅い人かと思ったら、そうでもない感じですか? ……ああまあ確かに。そうそう居ないですよね、日和子さんくらい真面目な人。……ご明察です。まあ、気が抜けたときのギャップも可愛らしいですけどね。

 あ、はい? 確かに付き合ってるのかって? ええ、そうです。ひよちゃん恥ずかしがってますけど、誠心誠意お付き合いさせていただいております。……え、相談? 俺にですか? ……はあ、そういうことでしたら、ええ。……ふむ、それで。うん。……で、好きな人が居る、と? ほうほう、それで……ええそうですねえ、なんだかんだいって奥手でしたからねえひよちゃんも。……そうなんですか? いやーそれは聞きたいですけど。できれば日和子さんがいないところで。ほら、後ろで叫んでるのがここまで聞こえていますしね。

 それで……ふむ、ふむふむ。あ、その話って日和子さんも知ってるんですよね? いや以前、友達の恋話に電話で付き合ってた、って日和子さん言ってたことあったので。……ですね、たぶん。それで……うん、Hさん。なかなかギリギリな名前ですねHさん。先輩というと、ソラ学の三年生? いやーいいですね初々しい恋愛。憧れの先輩とお近づきになりたいなんて、いいじゃないっすか。がんがんいっちゃいましょうよ。
 でも……あ、いえいえ。先輩……三年生……かっこいい男……わりと有名人……Hさん……。え、もしかして結構運動神経よさそうだったりします? あと音楽に精通してそうとか。……うん、ええ、アッいえ、そういうわけじゃないんですけどね。
 それで……ほう、恋人関係っぽい美人さんが居る、と。あー仲いいですもんねえあの二人。いえいえいえ、ちょっと自分の知り合いをお話に当てはめてみただけですええ。それでそのハ――じゃなかった、Hさんにどうやってアタックを……え? 名前? うそん、それってめちゃめちゃ入り口段階じゃないっすか! ほほえみインサイドで言うとまだ冒頭3ページ目くらいじゃないっすか! いやまあ確かに、名前覚えるの苦手そうですけどねあの人。アッ、いえ、俺の想像上のHさんの話ですけどねコレ。

 でも多分、その人恋人いないんじゃないかなあ。地元が同じだからつーかーになってるとか、その程度のもんだと思いますよ。だって恋人同士ったら俺とひよちゃんみたいな人たちのことですよ? そう見えないなら違いますよ。そんなんぜんぜん恋人じゃないっすよ。……ええ、だから自信持っていいですって。ちょっと変わり者かもしれませんけど、根は悪い人じゃないですから。たぶん。
 あー、そりゃー緊張するでしょうけど。え、ひよちゃんとのときのことですか? そうですねえ、うちらの場合は憧れてたっていうより、こっちが『なんかいいな』って思ってたら、向こうも『なんかいいじゃん』みたいなことになっててですね。――あ、笑いました? ……ええ。……はい。……あー、まあ、そうですねえ、ひよちゃんがそう言ってたなら、そうなんでしょうねえ。いやいや、俺としても嬉しいですけどね、そういう話を聞けて。期待に応えられてなによりです、みたいな。
 でもこの場合は参考にならないですよねえ。勇気がいると思いますけど、当たって砕ける精神で、とりあえず話でもしてみたらどうっすか。ええ、確かにそれができれば苦労しませんでしょうけど。でもずっと眺めてるだけじゃ進みませんって。俺なんか最初、日和子さんに腐った魚見るみたいな目で見られてましたもん。猫の手未満とか言われて。ねー、ひどいですよねー。親友として後で注意しといてくださいよ。え、俺ですか? だめですよ俺、日和子さんに怒られたくないですもん。

 えー、で、話脱線しましたけどー。そう、Hさん。告白とまでいかずとも、なんていうんですか、まずはお友達から的な、ねえ、男として言いますけど、可愛らしい後輩から好意を寄せられて嫌がるやつなんていませんって。Hさんは変わり者ですけど、ほら、話くらい聞いてくれますってきっと。面白いやつだなって思われれば、まずはそれでいいじゃないっすか。偉大な一歩っすよ。自信持ってくださいって。
 だいじょうぶだいじょうぶ。なんなら俺が保証しますよ。いやね、俺もソラ学の三年生に知り合いが結構居るんで。それもかなり顔の広い人が。なんで、知り合いだったら話通しますから。うちの日和子の親友が話したいそうです、ってなもんですよ。
 だからほら、まずは勇気出して! そう、そうそう! アゲてアゲて! いやっほう! リンダさんかっけー! ……ええ、そう、その言葉が聞きたかった! 素晴らしい! マーベラス! さすが、手を使わずに靴下を脱げる女のひとは持って生まれた度胸が違う!
 ええ、じゃあホント応援してますんで、ええ、ええ、結果が出たらまた話を聞かせてくださいね。良い報告になるよう祈ってます。まずは挨拶から! そうすれば、絶対話聞いてくれますって! んで――っと。

  ――あ、もしもし。ああ、替わったんですね。いいひとじゃないですか、彼女。どうして紹介渋ってたんすか、日和子さん。……はあ、事情、ですか。え、どんな話かって? 隣に居たんでしょう? ……いや別に、会うって話はしてないですけど。それならいい? いいってなんすか、いいって。
 ええっと……はあ、その――アッ、すいません、ちょっと英里子さんに呼ばれました! えっと、申し訳ないですけどノートのほう、よろしくお願いしますね! あああちょっと英里子さん待ってください! そうですよ日和子さんですよ悪いですか! 悪いですよねすいません! もうバイト始まりますもんね! そういうことなんで、すいません、失礼しまっす! あ、リンダさんにもよろしく伝えといてください!
 あ、いま行きます! ホントにいま行きますから! ああもうマスター余計なこと言わないでください! ほんともう、火に油を注ぐような真似を――」





       ○  ○  ○





「ん? どしたのわしすけ、針生先輩のこと熱心に見つめちゃって」
 翌日。休み時間、次の授業の用意を終えてのんびりしていると、目聡く俺の視線の方向を見つけたプリンセスが暇つぶしにやってきました。相変わらず俺のことを羽田君と呼ぶつもりはない模様。いやいいですけどねもう。わりと諦めました。公的な場ではちゃんと呼んでくれますしね。
 そんな溜息混じりにふっと髪を吹き上げて、ぐびぐびと水を飲んでいる蔵人君へと視線を向け直します。
「いや、こう言っちゃなんですけど、中身はともかく外見はすっごいかっこいいじゃないですか、あの人。頭も良いし運動もできる。地元ではお互いが虫除けにしてたって話ですけど、ソラ学来てから告白されたりとかってのはなかったんすか?」
「あー、まー。あるっちゃあったんだろうけど……先輩だからねえ。結果は推して知るべしって感じだよね。興味ないことには微塵も興味ないタイプだから。バレンタインなんか、もらったチョコの成分に興味が湧いたとかで、ぜんぶ食わずに溶かして機械にかけたなんて言ってたからね」
「じゃあ、勇気出した女の子たちは」
「まあ、推して知るべしって感じだよね。同情しないでもないけど、見る目と運がなかったんじゃない?」
 ほんと黙ってればかっこいいだけにタチ悪いよね、と自分のことを棚に上げて溜息を吐く明日香さん。
 これは傷心のリンダさんを慰めたあと、一言通すくらいはすることになるかなあなんてことを思います。なんせ保証しちゃいましたからね、無責任にも。話してみる限りではなかなかにいいひとだったリンダさんを、できれば悲しませたくはありません。日和子さんの親友でもありますしね。
「そうそう、いつだったかな? ちょうどあんな風に教室に来て、結局玉砕した子がいるって話を聞いたことあるよ。いや、あの子は違うだろうけどさ」
 言って、明日香さんが教室の前の方の扉を指し示します。そこには青いリボンをつけた、下級生の小さな女の子。なんとなく顔に見覚えはありました。時折電車で見かける子です。もっとも、名前はさっぱり知りませんが。
「あ、でも、もしかして……」
「ん? 知り合い? なに、もしかして玉泉に飽きたから同級生に手を出したの? うわあ、そりゃ殺されても文句言えないよわしすけ」
「いや、人聞き悪いこと言わないでくださいよ。俺は日和子さん一筋ですもん」
「はいはいはいはいはいはいはいはいソウデスカヨカッタデスネ」
 機嫌悪くするならそんな冗談言わなければいいのに。なかなか難儀なことだと思います。
 けれどすぐに立ち直り「はいは一回、ってツッコミがないと芸人失格だよチミィ」なんて言ってる明日香さんは放っておいて、下級生の方へと再び目を向けます。おろおろきょろきょろ。そんな不安そうな仕草がハムスターかなにかを連想させました。
 ここは声をかけるべきか。なんとなくリンダさんの声が似合いそうな女の子です。学年も同じ。もし本当にそうなら、Hさん――針生蔵人君への声かけを手伝おうと思い腰をあげたところで、俺より先に下級生に声をかけた人がいました。
「どしたん、林田。あんたこんなとこで何してンの? きょろっきょろ、きょろっきょろして、マジ邪魔くせーっつーの。なに、私に何か用?」
 声をかける我らが女子学級委員長。どうやら知り合いだったようです。
「たたた高内先輩!? ああっ、そうでした! ここ、高内先輩のクラスでもあるんでした!」
「ハァ? 林田オメ、なにそのオマケ的な扱いは。っつか、あ? なに、私じゃなくて他の誰かに用事あんの?」
「いいいいえ! ありません結構ですすいませんでした生まれてきてごめんなさい!」
 超高速お辞儀をかまして、どひゅんと擬音がつきそうなくらい素早く走り去っていく女の子。それにチッと軽く舌打ちして、高内さんがその下級生の後ろ姿を見送ってから自分の席へと戻っていきます。
「高内も後輩思いなんだかそうじゃないんだか。……で、知り合いだったんじゃないの、わしすけ?」
「ん? ああいえ、人違いだったみたいです。いや、日和子さんのお友達だと思ったんですけどね、名前が違いました」
「ふうん。つまんないの。スキャンダルかと思ったのに」
 明日香さんが興味を失ったように呟くと同時、次の時間の予鈴が響き渡ります。暇つぶしという大役を成し遂げ戻っていく明日香さん。俺は下級生の去っていった廊下を眺めながら、日和子さんの親友のことを思います。

 勇気を出し、長年想い続けた先輩とお話しようと頑張るリンダさん。
 あれだけ一生懸命なんですから、せめて好きな相手に名前くらいは覚えてもらえるといいなあ。

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Short Story -その他
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