ななかあふた〜の告白付き添いのニーソ

[da capo U short story]
 私はやめとけって言ったんだけど。
 でもしょうがないじゃない? 引っ込み思案な女の子、というもののテンプレートがあるとしたら、それは間違いなくユカリみたいな子なのだから。そのユカリが男子を好きになった、ってだけでお赤飯と鯛のお頭付を頼みたいくらいなのに、相手が”あの”本校の有名人じゃあ、流石の私でも折れるしかなかった。

 大多数の女の子にとって、色恋沙汰は日常生活のミネラルみたいなもの。でも多分、ユカリにとってはそうじゃない。何がきっかけかはよく知らないけれど、彼女の恋はそれこそ人生懸けた大一番なのだから。
 ユカリだって顔は綺麗だし、あの黒くて長い髪はそうそうお目にかかれないほど美しくて、本人はしらないけど彼女を好意的に思っている男子は結構居る。変な虫が寄りつかないのは私のせいだし――そして私の役目だし――、その状況でユカリがとある一人の男子を好きになるというのは、とってもとっても大事なことなのだ。
 きっとアイドルみたいに、みんなから好かれる人たち――最近流行の言葉で、なんだっけ? ラブルジョア?――には分からない。代替のきかない、一度限りの一途な恋。他を知らない無垢さがゆえの、神聖で貴い想い。彼女が誰かを好きになるのは、私が道行く男子に目星をつけるのとは全然次元の違うことなのだ。

 だから私は応援することにした。だってこのままその神聖な想いが自然消滅しちゃうなんて、そんなのはもったいなすぎるじゃない。
 私がユカリの気持ちを知ったのは一年とちょっと前。それからずっと調べて、色々聞き回って、他人の色恋沙汰に首を突っ込んで――半分趣味でもあるけれど――情報をかき集めた。
 ユカリが好きだという、”桜内義之”先輩についての情報を。

 まあ結論から言えば、そもそも嗅ぎ回る必要すらないほどに、彼はこの学園では有名だった。だいたいだから驚いたのだ、私は。
 有名な理由は色々ある。もう一人の超有名人・杉並先輩、そしてあとなんとかって言う先輩と組んで稀代の3バカと呼ばれていること。素行の悪い生徒たちの間では恐れられていること。そして何より、付属・本校問わず女子からの人気が高いこと。
 別段顔が良いわけではない――容姿で言えば杉並先輩が抜群だ。但し、彼は性格がアレすぎる――のだけど、なんとなく家庭的というか、優しそうな雰囲気がそのヒケツらしい。聞けば料理もできるとか。掃除洗濯も得意だという話は眉唾だろうけど。

 とにかく、その桜内先輩はユカリがあわあわするうちにさっさと本校へ上がってしまっていた。ユカリは彼が他の学校へ進学することを極度に恐れていたのだが、結局それは杞憂に終わった。
 がしかし、それで安心していいわけではない。本校に上がればライバルは付属生ではなく本校生になる。早くしないと取られるよ、と散々急かしてその一大イベントを決行したのは新学期明け、体育祭の日。

「あの、桜内先輩っ!」

 男子100m走を終えてクラスに戻るところだった桜内先輩に、ユカリが意を決して声を上げた。
 文化祭、クリパ、卒パと機会はあれどいつまでもできなかったこの行為。今日という日、やっとできたかと、私はどこか変な感動を覚えていた。

 私は知っている。こうして声をかけることすら今までずっと躊躇ってきて、その度に後悔の念に駆られていた彼女の気持ちを。
 私は聞いている。昨晩携帯電話で長々と話した、告白というものに彼女が秘めた特別の想いを。

 本校の集合場所に混じっているだけで、周りから奇異の視線で見られているのが分かる。ユカリは私より遙かに敏感に感じ取っているだろう。それでも逃げ出さないのは、彼女の決意の表れか。
 男子の視線は私たちを値踏みしていて。女子の視線は、桜内先輩に対する様々な行動を危惧しているようだった。

「へ?」

 突然呼び止められて振り返った桜内先輩。もしユカリのことを覚えていれば、という期待はその態度で儚くも消えた。
 彼は知らないだろうが、彼が朝倉や天枷を尋ねにきたとき、私たちはいつもそこに居たのだ。もしかしたら顔くらいは……と言っていたユカリも、少しだけショックでうつむく。
 だが――言っちゃ悪いが彼女らしくもなく――再びユカリは顔を上げた。

「あ、あの、先輩!
 ちょっとだけ、時間、いいですか?」
「お願いします!」

 ユカリをフォローするように、私は自然と声を出していた。
 桜内先輩の顔は怪訝というか、不満というか、疑問というか、なんだかよく分からない表情だ。女慣れしているというよりは、むしろ女性というものを意識すらしていないような態度。女慣れした男に慣れている女子――分かりづらいなあ――にとっては、この反応が新鮮に映るのかもしれない。私は思わないが。

 結局桜内先輩は私たちの話を聞き入れて――いや、私はそもそもこの時点でどうにもおかしい気がしたのだ。後から思えば、彼はユカリの話を聞き入れてくれたのではない。ただ”なんとなく”付いてきただけだったのだ。話をするつもりすらない。その持ち前の優柔不断さで、事態に流されただけにすぎなかったのだ。

 そうして校舎裏。

「なに?」
「あ、あの、その……!
 あああ、あの! 桜内先輩!」
「はい」

 なんだろう? このとき私が抱いたのは、かすかな違和感だけだった。
 だが私の懸念を余所に、ユカリは膝をがくがく揺らしたまま、精一杯に想いを述べたのだ。

「ずっと、ずっと好きでした!
 どうか、私と……つ、付き合ってください! お願いします!」

 それはきっと、ユカリが生まれて以来類を見ない緊張と決意の中で発せられた。
 一年以上の長期に渡る、秘めたる想い。相手は自分を全く知らないくせに、自分は相手のことでのたうちまわるほどに頭の中がいっぱいになる。男子たちはそういうのをすぐバカにするけど、私はそうは思わない。
 だって、それはとっても素敵なことだから。もちろんそのまま妄想を続けるだけの人も居るし、勝手に理想を作って勝手に幻滅する子もいる。でもユカリは違う。こうして本人に、面と向かって想いの丈をぶつけたのだから。
 彼のことで頭がいっぱいだった生活は、その告白という行為の礎。相手を想い続けた末での告白だからこそ、その告白には重みがある。意味がある。価値がある。私はそう思う。悶々と相手を想い続けた日々は、決して無駄なんかじゃない。ユカリとその辺のにわか桜内先輩ファンとは決定的にそこが違う。

「お願いします!」

 なんか変だと思いつつも、私も頭を下げずにはいられなかった。
 それはまさしく”お願い”。ユカリの想いを聞き届けてくれ、という。

 相手に想いをぶつけることに価値がある、玉砕しても失敗してもいい、という人がいるけれど、私はそうは思わない。
 そんな自己満足で済むのなら、むしろそんな相手と付き合うような男に用はない。ユカリは引っ込み思案だから分かってなかったけど、それでは意味がないのだ。伝えて終わりだなんて。「好きでした」では意味がない。「付き合ってください」がどうしても必要だった。それを付け加えさせたのは私だ。

「……」

 桜内先輩は黙っていた。そう、黙っていた。
 その顔は――少し毒づいてもいいだろうか? いかにも「弱ったなあ」という表情だった。そして私はその「告白されたことに優越を感じる」という感情が、反吐が出るほど嫌いだ。そして確信した。ユカリは間違ったのだと。

 私の確信は次いで聞こえてきた声ですぐに裏打ちされる。

「だめ〜〜〜〜〜っ!
 そんなの、ダメ! 絶対ダメ!」

 草むらから出てきたのは、間違いない、桜内先輩と付き合っているのではないかと噂されていた学園のアイドル、白河先輩だ。
 そのまま桜内先輩に走り寄り、その腕に抱きついた。そして彼はわたしの彼氏なのだから、とのたまう。

 ……告白の現場を盗み聞きしていた挙句、桜内先輩が口を開く前に割り込んでくるとは。そこには返事すら聞かせないという意図すら垣間見える。
 この状況に桜内先輩も驚いていて、当然叱責の一つや二つするものと思いきや。

「え、えっと……ごめんね。
 俺、彼女と付き合ってるから、その……」

 ――。
 もはや私には、この感情を筆舌に尽くせる自信がない。
 だってそうでしょう? 何なのだ、これは一体。ああ、先輩にわざわざ校舎裏までご足労願ったことは詫びよう。競技の途中で疲れてもいたろう。ハードスケジュールだったことを知らないと言い逃れするつもりもない。
 けれど、これは認められない。ユカリがどれだけ緊張して、思案して、熟考して、どきどきしながら、それでいてわくわくしながらこの日迎えたか。どれだけの長い年月を要してここまで階段を昇ってきたか。どれだけ夢想し、どれだけハードルを越えて、どれだけ勇気を振り絞ったか!

 これではまるっきり、かませ犬にもなりはしない。ユカリはこの二人の愛を深めるための小道具だったとでも言うつもりだろうか。だとしてももう少しやり方というものがあったろうに。それとも恋愛事情の主観的立場からは、私たちの葛藤などアリやミジンコ程度の認識なのだろうか。あるいはラブルジョアというのは、そこの感覚がイカレてしまうものなのか。

「ごめんなさい!」

 ユカリが走り去っていく。心を締め付けられると同時に、私はそれが正解だと思っていた。ユカリが好きなのは”この”桜内先輩では断じてない。優しくて、行動力のある、相手のことを大切に考える桜内先輩。あまりに情報と齟齬が大きかった。”この”桜内先輩は違う。別人だ。

 私は形だけの礼をして、逃げるように去っていったユカリの背を追うため足を翻す。
 ……その寸前。件の二人は、なぜか呆然とした表情で遠ざかる背を眺めていて。
 喉まで出かかった言葉を飲み込み、私は視線を切ってその場を離れた。

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Short Story -D.C.U
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