朝起きたときの話 -Dawning with Cherry

[da capo U short story]
 締め切った窓を開けると雪国だった。そんな言葉を漏らしたくなるほどに、外ではしんしんと雪が降り積もっていた。
 あまり気にしたことはないが、おそらくは今年の初雪。初っ端から積もるほど降るなんて、初音島はもしかしたら雪国といってもいいかもしれない。
 あの桜さえなければ、ではあるが。

 ……時は年末。
 壮絶な戦いの末、三方全両損となったクリスマスパーティも既に過去となった冬休みのある日、俺は寒さで目が覚めた。
 外は久しぶりに見る雪模様。窓を開ければどこの家の屋根も白く染まり、桜の薄紅色と雪の白が拮抗しているかのような光景。はあと息を吐けば、その息すらも白くなった。

 そして、俺は知っている。
 覚えている限りにおいて、初雪の日の朝というのは、必ず。

「義之くーん、外! 外見て!
 雪だよ〜!」

 ノックもせず、さくらさんが突入してくるのだ。



       ○  ○  ○



「うわあ、やっぱり義之くんの部屋から見る雪は格別だね〜」

 さくらさんはベッドに転がり込んで、俺の膝の上にのっかると、嬉々として窓の外を眺め始めた。
 ひらりはらりと舞う雪。生憎桜の花びらはひらひらではなく、雪の重みでべちゃべちゃと潰れるように落ちていくが、どちらにせよ一年ぶりの雪であることには違いなかった。

 まあ逆に言えば毎年雪が降っている以上、そう珍しいものでもないとは思うのだけど。
 さくらさんはなぜか、雪となるといっつもはしゃいでいるのだ。

「さくらさんの部屋からは……ああ、そっか」
「うん。ボクの部屋の窓開けても、音姫ちゃんと由夢ちゃんの部屋しか見えないんだよ。
 外に出るには着替えなくちゃいけないしね〜」

 俺の顎より低いところで、さくらさんの綺麗な髪が冬の風になびいている。寝起きだというのにしっとりとした、誇れるほどに美しい金髪。
 俺からは見えないが、そこにはやはり透き通るほどの碧眼があって、その大きな瞳は子供のように爛々と輝いて雪を見ているのだろう。

 んが。
 いくら外が幻想的で、さくらさんがはしゃいでいたとしても。

「あの、さくらさん。大変言いにくいんですけど」
「ん? どうかした?」
「……寒いです」

 その現実は変わらなかった。

 時刻は七時前。
 目覚まし時計より早いこの時間、俺は寝起きの低体温、しかもパジャマ一枚という薄着っぷり。それで二階の窓から吹き付けてくる風にモロにあたっているのだから、これで寒くないわけがない。
 むしろさくらさんが半纏も着ずに居て寒がらないことの方が不思議なくらい。いつもの半纏もとうにどっかに置いてきたらしい。
 そうまでしてはしゃぎたいんですか、もしかして。

「もー、義之くん、ダメだよ? 子どもは風の子、元気の子。
 雪が降ったら寒さなんて気にならないんだってば」
「いや、もう子どもって歳じゃあ……。
 さくらさんは大丈夫なんですか?」
「うん! ……って言いたいところだけど、やっぱり歳には勝てないよ。
 あ、でもでも、義之くんがあったかいから割と平気だよ?」

 そう言って俺の両腕を掴み、自らの身体を抱え込ませるようにその腕を誘導される。
 俺の懐にさくらさんがすっぽり入っているかたちだ。そりゃさくらさんは寒くなかろうて。

 しかもさくらさんの身体は、まるで子供のように温かみを帯びていた。寒くないというのはあながち嘘ではないらしい。
 小柄で、それでいて温かい。ちょっとだけ腕に力を込めると、布越しにさくらさんの温かさがより一層感じられた。
 さくらさんも分かったか、ぽてりとその頭を俺の腕にもたれかける。

「あーあ、昔はボクがこうやって義之くんをぎゅってしてあげてたのになあ。
 男の子はどんどん大きくなっちゃうんだもん」
「今じゃ後ろから抱きつかれても、おんぶみたいになっちゃいますね」
「あはは、それはちょっと恥ずかしいかなー。
 あ、そうだ」

 さくらさんは頭を起こして俺の脇の下を器用にすり抜けると、掛け布団をばさっと俺の背中にかけてきた。
 そして再び俺の懐に収まり、布団を俺の背中から自分の懐へ、マントのように端をつまんで。
 つまりは二人羽織のような、そんな格好。俺もさくらさんも、首だけが布団から出ている状態に。

「これなら寒くないでしょ?」
「……ここから退くって選択肢はないんですね」
「だってだって、こうやって静かに雪が降っているのを眺められるのって、朝だけだもん。
 じっくり楽しまないと」
「はあ、まあいいですけどね」

 何が楽しいのやら、うきうきと頭を揺すらせながらさくらさんはその風景を眺め続ける。
 子供のような無邪気さと、寒い風すら跳ね返すような温かみ。そのせいか、なんだか俺まで楽しいという錯覚に陥りかねない。

 だってそれはとっても温かくて。だったら楽しくないなんてことは、決してないはずなのだから。

「さくらさん」
「ん?」
「……綺麗ですね」
「だよねー。やっぱり情緒溢れる景色っていうのはこうでなくちゃ」

 腕の中の、とっても小さくて、そしてとっても大きな温かみ。綺麗な髪と綺麗な瞳を持つこの人は、その光景に心底幸せそうな笑顔を見せて。だから俺も幸せな気分になれて、そしてきっとそのことはさくらさんは喜んでくれて。
 その連鎖の繰り返し。桜の木なんてなかったとしても、きっと初音島はこういう人のおかげでずっと回っていくことだろう。

 幸せのオーバーフロー。それはダ・カーポとはちょっとだけ違う、少しずつ進んでいく螺旋のような繰り返し。
 まるでさくらさんに抱かれていた俺が、今はさくらさんを包む側に回っているように。例え時間が進んでも、でも幸せなことには変わりない。

「ね、義之くん」
「はい?」
「……あったかいね」
「ええ、とっても」

 寒さすら温かみを強調するための小道具。平凡な日常は幸せを演出するための舞台装置。
 恒常的に咲き続ける桜は、あるいは舞台の照明か。であれば雪はその役者。

 珍しくない桜、ちょっとだけ珍しい雪。でも桜の合間に雪が降り積もるのは、きっと幸せの具象化で。

「……」
「……」

 白い息を吐きながら。
 俺とさくらさんは、音姉が様子を見に来るそのときまで、そうしてのんびりと雪を眺めていたのだった。

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Short Story -D.C.U
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