Who overwrites Myμ?

[da capo U short story]
「うー……」

「つまりだな、俺は人とロボットの平等性とそこにおける人格尊重の公平さ、更には社会内存在としてのロボットの権利の保護という観点において――」

「むー……」

「――実存が本質に先立つとか立たないとか偉い人は言っていたけどな、しかし俺はそういうことを抜」

「兄さん!」

「――はいなんでしょうか!」

 ぴしっ、と背筋を伸ばして地獄の底から出されたような声に俺は相対した。ちなみに同時に響いた「ガコン」という音は俺が足をコタツにぶつけた音。無茶苦茶熱くて叫んでやろうかとも思ったが、これ以上の無様を晒すと由夢に鼻で笑われそうだからやめておいた。
 まるでこれでは絶対主権の飼い主と調教された従順な犬だ。そういうヒエラルキーが存在することは認めざるを得ないというか、政治家的に言えば記憶にございませんって感じか。事務所費公表と称して由夢の服飾代と風呂代を晒してやろうか?

「弟くん、正直に言わないといくら由夢ちゃんだって怒るよ?」

「って、お姉ちゃんも勝手に人のせいだけにしない!
 自分だって知りたいくせに」

「私はその、弟くんが本気だっていうなら……」

 音姉は音姉で何かトンデモない曲解をしているし。

 ……いま俺は、音姉と由夢の異端尋問にかけられていた。
 杉並と天枷の去った部屋。BGMになりうるテレビはつけてすらおらず、音姉と由夢の無言のプレッシャーが両側から俺にかかる。思わずコタツに身を沈めてしまうくらいに。

 被告人:俺、裁判官:音姉と由夢、検察:音姉と由夢、弁護人:なし。この国はいつから司法から国民主権が剥奪されたのか。そんな自問すらしてしまう。
 場所は芳野家居間。よってもちろん。

「……?」

 事態を把握し切れていない、そしてこの問題の根本原因であるメイド姿の”彼女”がいた。

 事の起こりは説明するまでもないだろう。
 朴念仁の甲斐性無しである義理の兄が家族に内緒であんなことやこんなことするために女性を連れ込んだ、という(由夢の脳内)シナリオだ。
 どう見ても昼メロの見過ぎだとしか思えない。昼ドラ、いわゆるソープオペラは石けん会社が語源というから、風呂好きの由夢にはよく似合う……か?

「だいたい、正直も何も今言った通りだって。
 スクラップされそうになったところを救ったの。なあ?」

「義之様の仰るとおりでございます」

「むー……」

 由夢のジト目は終わらない。というかそもそも、どんな理由であれこの事態が気にくわないだけだろう。
 きっと「世界破滅の危機を救うため」とか「うちのお風呂が壊れそうだったから」とかって理由でもコイツは納得しないに違いない。
 ……ああいや、後者なら頷くかもしれないが。

「嘘だと思うなら天枷に聞いてみろって。
 あいつがそもそもの発端――」

「呼んだか、桜内?」

「――って、うおっ!?」

 おもわずだじろぐ。
 そりゃそうだ。ぬっ、とコタツから白黒帽が唐突に現われれば、誰だって驚くに決まってる。

 唖然とする俺や由夢を余所に、件のちびっこはもぞもぞとコタツから這い出て、「ふう」なんて溜息をつき、当然の如くに俺の隣に座り直した。

「……いや、あの。天枷さん?」

「おお、由夢! 話は聞いてたぞ。
 μがスクラップになりそうだったのは事実だ。そしてこの美夏が、不承不承仕方なくもはやミジンコどころか空気中を浮遊するウィルスの類でもいいから誰かの力を借りようと思ったところ、宇宙が崩壊して再生して閉じたドアに突っ込んで量子論的にすり抜けるくらいの偶然にたまたま通りかかったコレに切腹して恥を詫びたいくらいに渋々ながらそれを防止してもらったのも、異端審問に出席することになる敬虔な中世の基督教徒が地動説などというものを認めたくないが認めざるをえないと思ってしまったくらいに事実だ」

「はあ、そうですか……?」

 長いので大半聞き流したが、要するに渋々ながら俺の協力を得た、と言っているらしい。
 「コレ」と言いつつ俺を顎でさしたのは腹が立ったが、これでも俺の無実を証明する数少ない証人だ。俺は黙っていた。

「でも弟くん、どうやってμをその……連れてきたの?
 お金は?」

「むぐ」

 流石音姉。由夢は天枷のどーでもいい長話に圧倒されて納得しかけたというのに。
 ”連れてきた”という言葉、音姉なりに気を使ったのだろうが、それはそれでどうだろう。お金で連れてきたって言葉もすごい怪しいぞ。

「ああ、そのことなら。
 桜内は啖呵切ったくせに素寒貧で晒し者だったところで、杉並が――」

「あーあーあー!
 そ、そういえば天枷! いまウチ、バナナが余っててさ! 悪いんだけど食べてくれないかな!? な!?」

「――って、はあ?
 貴様、美夏がバナナ嫌いなのを忘れたわけではあるまい?」

 よし。話題転換成功。
 このまま突っ切る――!

「いやあ! それがバナナ味のカレー……じゃなかった、カレー味のバナナでさ!
 バナナ嫌いのお前にも合うかと思って!」

「アホか貴様は!? そんなものが――」

 天枷が至極まっとうな反論をし始めたまさにその時。

 ぴんぽーん、と。

 地獄からの呼び鈴が鳴り響いた。

「あ、私見てくるね」

 音姉がぱたぱたと廊下を駆けていく。
 嫌な予感しかしない。そして俺の嫌な予感は、良い予感とは対照的にほぼ100%の確率で当たるのだ。なんと都合の悪い未来視だろう。
 そうして予想通りに。

「おじゃまします、音姫先輩」」

「やっほー、義之くーん」

「もう〜、杏も茜も無遠慮すぎー」

 小恋プラス悪魔二名が、芳乃邸に召還された。
 ……杉並め。


       ○  ○  ○


「ふーん、肌、柔らかいわね。有機物?」

「はい、有機半導体と保護膜の二重層からできております、雪村様」

「スタイルいいなぁ。もしかして義之くんの好み?
 きゃー、もしかして私も狙われちゃってたり?」

「現在の設定は工場出荷時のデフォルトとなっております。義之様の意向は反映されておりません」

「わ、髪も綺麗〜。短くしたら伸びてくるの?」

「変更可能ですので、任意の長さに変更可能となっております、月島様」

 ぺたぺた。
 つんつん。

 家に上がり込んできた雪月花は、獲物を見つけたピラニアのようにμに噛みついた。色んな意味で。
 μの方も嫌がる素振りを見せず、触られ放題触られている。べ、別に羨ましいと思ってなんかないんだからねっ!

「義之、このμの名前は? つけた?」

「あ、もしかして初恋の女の子の名前をつけてたり?
 叶わなかった恋をμに託し、夜な夜なその鬱憤を――」

「ちょ、ちょっと茜! 義之にそんな女の子居なかったもん!」

 きゃいのきゃいのとかしましい。見ろ、音姉と由夢はその騒ぎっぷりに唖然としているじゃないか。
 天枷は杏が来たにもかかわらずコタツに入りっぱなしで、自分の身体をぺたぺたと触っている。……いや、いいんじゃないの? そういうニーズもあるだろ、多分。

 いくらμが迷惑そうな素振りを見せないと言っても、迷惑には違いあるまい。
 俺は立ち上がると、μに食いついていたピラニア三匹を引っ剥がした。

「大丈夫か? キミだって、嫌だったら嫌って言っていいんだぞ。
 言えるようになったんでしょ?」

「はい。言うことは可能ですが、人間に触られることに特に嫌悪感はありませんから」

「そう? まあキミがいいんならいいけどさ……」

 μをコタツに引き戻す。俺が座っていた場所にはいつの間に移動したのか由夢が陣取っていて――あそこが一番暖かくてテレビが見やすいのだ――、仕方なく俺は別の場所に腰を降ろした。
 μも付き従うようにかいがいしく隣に正座する。なんか新鮮だ。俺の知り合いは、どちらかというと俺が付き従う構図が多かったからな。

 と。

「ねえねえ杏ちゃん、今の聞いた?
 義之くんが『キミ』だって。こりゃもうキマリだね」

「ええ。途上国のブローカーみたいな口調だったもの」

「よ、義之、違うよね!? 違うよね!?」

「お前ら帰れ」

 違うって何と違うんだ。
 いやまあ、買ったのは事実だけどさ。

 このままではラチが開かない。音姉は忘れていそうだがμを連れてこれた理由もそのうち言わされるだろうし、そもそも件の裁判が終わってない。
 由夢の目が驚きからジト目に戻るのも時間の問題だ。さてどうするか、ない頭をこねくり回していると。

 天井が。
 こう、ガラッと開いて(?)。

 ソイツが落ちてきた。

「ぐえっ!」

「はーっはっは、お困りのようだなMy同志桜内!
 μのことでお前に野暮用を持ってきてやったぞ。ありがたく思え」

「野暮用て」

 自分で言うなよ。
 だいたいお前、今どっから入ってきたんだ?

「馬鹿者、不法侵入を果たすには通気口からと決まっている。
 近未来型RPGの定番だろう? 通気口から侵入し、ロッカールームで制服を奪取。社長室手前で敵にバレ、そのままさくっとBOSS戦よ!」

「馬鹿なこと言ってないで早くどきなさい、杉並。
 踏んでるわよ」

「おお? これはこれは美夏嬢。
 まあともかく、μを連れて天枷研究所まで来いとのことだ。きっと面白――もとい、真面目な話が待ってるぞ」

 「まあともかく」でぐったりしている天枷をきっぱりと無視し、杉並はにやけ顔でそんなことをのたまった。


       ○  ○  ○


「えーと……」

「あら、いいのよ、恥ずかしがらなくて。
 だいたい有名どころを集めたつもりだったけれど。あ、もしかしてもっとマニアックなのが好みだった?」

「ち、違いますって! そうじゃなくて!」

 天枷研究所。水越先生に差し出された幾枚かのカードを前に、俺は困惑していた。
 雪月花や音姉たちを連れてこなくて心底良かったと思う。

「義之様? 私のことでしたらお気にならさずにどうぞお選び下さい」

「ほら、この子もそう言ってることだしさ。桜内くんがそれを選ぶことが、ひいてはこの子のためにもなるのよ?」

 そういう水越先生の目はどことなく笑っている。
 確信犯だ。……あ、確信犯って言葉は辞書引いちゃだめだぞ。

 ちなみに何を困惑しているのかといえば、テーブルに並べられたカードについてだ。
 ざっと見ただけで何を狙っているのか、その、分かるというか、分からないというか。

 メイド(ドジ)
 メイド(標準)
 メイド(完璧)
 宇宙人
 漫画家
 後輩
 わんこ
 巫女
 ……
 ……

「次世代機の開発テストって話、本当なんでしょうね?」

「それは断言できないわね。機密事項だもの」

 胡散臭すぎて泣きそうだ。

 ……μを連れてこの研究所に来た俺は、水越先生に事の次第を説明した。
 先生は「あー、あそこの販売所か」などと、どことなく知った風な口ぶりだった。そういう情報も入ってくるらしい。

 それでμについて色々尋ねたところ、「緊急時における人格的障害の緩和」というものを告げられた。
 要するにあらかじめ既存のテンプレ的な性格情報をインプットしておいて、μの人格で対処できなかったときそれを発現させる、というものらしい。そうすることで違和感を削減できるとのこと。
 そしてそれが次世代機の開発にも繋がるとかなんとか。信憑性は薄いけど。

「さっさと選べ、桜内。よもやよからぬ考えを持っているのではないだろうな……?」

「バナナ(ドジ)は黙ってろよ」

「誰がバナナか!
 しかもどことなく蔑んだようなイントネーションを感じたぞ……」

 括弧の中まで聞こえるようになれば、お前はもう立派な人間だ。
 俺が教えることは何もない。

 と。少しだけ毛色の違ったカードが三枚。

「こっちの3つは違うんですか?」

「ああ、それは公募中のやつ。まだ着手すらしてないけど、一応ね。
 結構大変なのよ、ユーザーのニーズを把握するのって。偏屈な奴多いし」

「はあ……」

「ま、今年中には決まるんじゃない?
 どうせ団……じゃなかった、所長のことだから最終的には全部追加することになるでしょうけど」

 仮にも顧客を偏屈とか言っていいのだろうか。水越先生もよほど偏屈な気がするのだが。

 ちなみに三つのものにはこう書かれていた。

 ・明るくけなげな元気娘
 ・おっとりほわほわ不思議っこ
 ・クールで無口な一匹狼


       ○  ○  ○


 さて、気を取り直して。
 組み合わせで二枚まで選べと言われたので、俺は並べられたカードから適当に二枚を選び取って水越先生に渡した。

「ふーん。なに、これ天枷に対して婉曲的告白してるの?」

「違いますよ。知ってるロボットってこいつしか居なかったから」

「そ。ま、いいけど。
 あなたは準備OK?」

「はい。どうぞ」

 奇っ怪なヘルメットを被ったμが答える。目元も隠れていて考えは窺い知れない。

「んじゃぽちっとな」

 先生がカードを何かの機械に突っ込んで、そのまま約二十秒。
 すると。

「コウシンカンリョウシマシタ」

 無機質な声が響き、ヘルメットが取り外された。


●Case 「バナナ(標準)」+「後輩」


「……はわ?」

「はわ?」

 いきなりμが奇妙な声をあげた。
 はわ? はわ、って言ったか今?

「わ、わ、ここはどこ? 美春は誰ですか?」

 μは今まで見たことのないほど機敏な動作できょろきょろと周りを見回していた。
 普段が大人しいせいか、なんか退行した気すらする。

「お、いきなりレアキャラ来たわね」

「なんですか、レアキャラって……」

「特定の組み合わせで特殊な人格になるのよ。
 ただこうなると、一人称と主人に対する呼び方が変化するバグがあるから、ま、その辺りは気にしないで」

 そんな、ゲームじゃあるまいし。

 μはきょろきょろと研究室を物珍しそうに眺め回したあと、俺の方を見てぱあっと目を輝かせた。

「あ! 朝倉先輩!」

「は? あさく――どあっ!?」

 その叫びに気付いたときにはもう遅い。
 満面の笑みを浮かべたμは、飛行場で運命の再会を果たした恋人同士というより、主人の帰宅を出迎えた犬のように飛びついてきた。
 さくらさんや天枷くらい小柄ならともかく、μはそんなに小さくない。受け止めきれず倒れてしまった。

「……っつー。
 ええっと、キミはμ……なのか?」

「はい! 美春はμですよ!」

 ……頭痛ぇ。
 せめて日本語で喋ってくれ。

「ああ、その子の元データの一人称が『ミハル』なんでしょ、多分。あまり気にしないでいいわ」

「気にしますよ! だいたい朝倉って……」

「はれ? どうしたんですか、朝倉先輩。
 もしかしてご自分の名前をお忘れになりました?」

「キミ、いつからそんなに失礼になったのさ」

 とりあえず立ち上がって、μの身体も起こす。
 特に嫌な顔をすることなくμは俺の手を掴んできた。

「μの記憶データは引き継がれるって言ってましたよね?
 本当に引き継がれてるんですか?」

「うーん、理論上はそのはずなんだけど……。
 その様子見てると私も不安になってきたわ」

 呆れ半分、面白半分といった感じで水越先生が笑う。
 本当に忘れているとは思いがたいが。

「えっと……キミ、μだよね?
 どうして俺の家に来ることになったか、覚えてる?」

「先輩の家に、ですか?
 やだな〜、何言ってるんですか。にゃむ先輩に用があったんですよ」

「……」

 水越先生に視線を送る。
 呆然としていた。

「いや、ニャムだかシャムだか知らないけど、ウチにそんな人は居ないぞ?」

「え? ああ、ついににゃむ先輩に追い出されたんですか、朝倉先輩。
 早く謝らないと大変ですよ? にゃむ先輩は美春がなだめておきますから」

「いや、だから――」

「でも何やったんですか? 身体的特徴と呼吸器系以外の代謝サイクル特に経口摂取するものに関する方法論についてはタブーですよ?
 原因がそれなら、流石の美春でもにゃむ先輩をなだめられるとは思えません」

「……」

 なんというマシンガントーク。
 どうにも声まで変わっているらしく、にこにこ顔のμはまるで別人のように見えた。というか、別人だ。

「あ、代金は桜公園のバナナチョコってことで。先月新作が出たんですよね〜」

「何ぃっ!?」

「いや、バナナ(ドジ)はいいから」

 だいたい天枷、お前バナナ嫌いなんだろうが。どうして新作に敏感に反応する?

 μの方は何かよく分からなそうに首を傾げている。
 その仕草はμっぽさというか、ロボット的な不自然さはどこにもない。

「なんか、天枷に似てるな」

 ロボットらしくない仕草といい、バナナが好きなことといい。
 元のデータがどうこうと言っていたが、ここまで人間らしいデータがあるならこれを量産すればいいんではなかろうか。μよりよほど人間らしい。
 ……いや、μ自体を否定するつもりはないけど。

「……はい? 先輩、ついに美春の名字まで忘れました?
 自分の名前を忘れるのはともかく、美春の名字を忘れるなんて失礼ですよー」

「どっちが失礼なんだ、どっちが」

「天枷に似てるというか、美春が天枷美春ですよ。
 美春以外に天枷という名字の人はお父さんくらいしか知りません」

「は?」

 すまないが俺はキミを知らない。天枷美夏(ドジ)なら知っているが。
 ちなみにこの(ドジ)は非限定用法だ。

「あー……、ミハルってどこかで聞き覚えがあると思ったら。天枷美春か」

「――む」

 水越先生が呟く。
 天枷美春? もしかして天枷美夏の前のロボットとかか?
 美冬さんが研究所に居るのだから、そういう名前のロボットが作られていたとしてもおかしくはない。ロボットらしくないという所も共通している。

「あ、眞子先輩、ダメですよタバコなんか吸っちゃ。
 っていうかいつ吸い始めたんですか?」

「あー、いやあ、まあ、呼び方はこの際ともかく。
 あなた、HM−A05型ミハルね? ここは天枷研究所なんだけど、見覚えない?」

「へ? ど、どどどーして眞子先輩が知ってるんですか!?
 あ、もしかして朝倉先輩がバラしたんですか? そうなんですね!?」

「いや、知らんし」

 マコという人物も、ミハルというロボットもな。

「分かりやすい反応ありがとう。
 ってことは自認プログラムがどっかにあるはずね? それで、自分のデータを参照してみなさい。なんて書いてある?」

「な、何言ってるんですか、眞子先輩。
 美春は美春に決まって――あれ?」

 散々ちょこまかと動いていたμの身体が、ピタッと止まる。
 それはもう、パントマイムのコントの如くにぴたりと。

「はれ? はれれれれれれ?」

「分かったようね。えーと、つまり……」

「わわ、美春はμさんで、朝倉先輩は桜内先輩で、美春はえっと、えっと……ぷしゅ〜……」

「……」

「……」

 一発だった。
 瞬殺だった。

「……天枷よりアホなんじゃね?」

「聞こえたぞ桜内!」

 いや、聞こえるように言ったんだし。


       ○  ○  ○


 外に出ると既に夕焼け小焼けで日が暮れていた。
 生憎だがカラスは居ない。

「ま、面白――じゃなかった、重要なデータは手に入ったし。
 今日の所はここまでかな」

「今日の所って……まだやる気なんですかっ!?」

 天枷研究所の玄関口。そこまで水越先生は見送りに出てきてくれていた。
 天枷は「用事を思い出した」とか言って早々に消えている。きっと「たまたま」桜公園でバナナミンが切れて、「偶然」屋台で新作チョコバナナを買う算段なのだろう。

「義之様、今日の疑似人格が緊急時の混乱緩和に有用だとは、私も思いません」

「そりゃまあ、そうだろうけど……」

 というか混乱を拡大させそうな性格だった。
 あれが実在のロボットであったとするなら、彼女の近くに居た人はことごとく振り回されたに違いない。

「ほら、μもこう言ってることだし。
 カードは色々あるのよ? 『学園のアイドル』+『歌姫』、『天然』+『上級生』、『義妹』+『黒』……」

「いや、なんか色々変ですから、その組み合わせ」

 黒ってなんだ、黒って。
 義兄への手紙を全部破り捨てたりとか、そういうことか? まさかな。

 ……まさか、なあ?

「義之様、そろそろ……」

「ああ。こんな所はさっさと離れた方が良い」

「うっわ、桜内くん、言うようになったわね……」

「鍛えられてますので」

 杏とか杏とか杏とかにな。
 大抵返り討ちだが。

「んじゃ帰ろうか」

 水越先生に会釈して(一応先生だからな)、μの手を取り芳乃邸へと続く大通りへ。
 大した抵抗もなくμは俺に付き従い。

「はい! 美春、もう寒くて寒くて」

「だー! その喋り方もうやめい!」

 ……その日以来。
 μにちょっとだけ、茶目っ気が加わってしまった。

++++++++++


Short Story -D.C.U
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