魔法少女マジカルオトメ

[da capo U short story]
 昼下がり。

 年中無休で多忙な用事を抱えている俺のたまたまの休みの日――なんとその確率たった七分の二――、これまた偶然に休みの日の朝っぱらから行動を開始していた由夢に「あ、兄さん暇なの? じゃあちょっと買い物付き合わせてあげるよ」などと意味不明なことをのたまわれ、問答無用で連れ出された挙句、商店街では待ち合わせしていたと思しき天枷に「チッ、桜内まで来たのか」などと舌打ちまで食らってしまい、どうして無理に連れてこられて荷物持たされて舌打ちまでされるのだろうと自分の存在意義を追い求めつつある、でも二人はなんら俺の様子を気にすることなくすたすたと商店街を歩いていく、そんな昼下がり。

 休みの日だけあって人の往来は激しく、特に昼食も一段落したこの時間帯、商店街はいつもの通り活気に溢れていた。
 ちらほらと見える制服姿は部活帰りか。カップルや家族連れなども散見され、一時は若干の恐慌状態とも言えた初音島は、とうに以前の活気を取り戻している。
 それはそう、誰からも感謝なんてされないにも関わらず、勇気を出してこの島を救った、とある正義の魔法使いのおかげだ。

「くそ、どうして美夏がここに来るときはこう、いつもここは人が多いのだ?」
「まあ仕方ないですよ。今日はお休みですから」

 天枷の毒づきに、由夢が律儀に答える。その光景はさながら姉妹。一応は同級生であるというのに。
 そして周りの目からは、きっと俺は苦労人の兄貴だとでも見られているのだろう。その予想、座布団あげたいくらいに大当たりだ。手間のかかる妹が増えても何も嬉しくはない。……あ、料理ができるのはプラス要素か?

「しかしこうも図ったように多いのはな。
 美夏が人混みを好まないのを知っている誰かが仕組んでいるとしか……」
「……で、何で俺を見るんだよ?」
「ハ、貴様はいつもいつも。一から十まで説明されないと分からんのか?」

 まるで新人部下をなじる上司のようにハッと鼻で笑いながら、天枷が肩をすくめる。
 背も低く小柄で幼い外見だというのに、それだけ傲慢な態度が取れるのはある種の天性ではなかろうか。杏のあの顔に似合わない意地悪い笑いとタメが張れるに違いない。

 ちなみにそうまで言われて黙っている俺ではない。

「天枷。本当に商店街は、お前が来るときだけ賑わっていると思っているのか?」
「は? なんだいきなり……。
 美夏が来るときはいつもこんなだ。いい加減うんざりするぞ」
「お前が来ると、商店街はいつも混んでいる。ああ、それは確かに事実かもしれない。
 が、しかし! それは物事の一側面でしかない。つまり、ここはお前が来ないとき、そう、例え深夜だとしても、これだけの賑わいがあるのではないか!?」
「な、なんだってー!?」

 ……まさか釣れるとは思わなかった。

「そ、そうなのか由夢!?
 この商店街は、そんなに魅力的な場所だったというのか……!」
「えーっと、ですね……」

 さすがの由夢も困り顔。愛想笑いを浮かべた後、じろりと目でこちらを睨んでくる。いやいや、俺は悪くないし。

 一応言っておくと、「天枷が来るといつも混んでいる」というのは、単に天枷が人の集まる時間にしかここに来ないからだ。
 こいつは一人で商店街を散策するような奴ではないし、来るとすればこうして由夢と休日の昼間に買い物に来るか、学校帰りに俺たちと寄るか。だがそのどちらも、この商店街では唯一――唯二?――といっていいほどの盛況ぶりを見せる時間帯なのだ。

 そしてそんなことは馬鹿でも分かる話である。だからこそ、それを教え伝えるということは、「は? お前そんなことも分かんないの? 馬鹿なんじゃん? いやそもそも馬鹿以下? 生きる価値無し? 人間失格? っていうかロボットだったなアッハッハー」と面と向かって言うのと同等ということで、であるがゆえに由夢は真実を言えないでいるわけだ。
 真実を探求するというのはかくも難しいことなのである、まる。

「というわけで、どうだ、少し休憩しないか?」
「何が『というわけ』なのかは知りませんが、その考えには賛成です。
 どうかな、天枷さん」
「ん、ん? まあ、由夢がそういうなら構わないぞ」

 話題が変わったら、ニワトリ並の速度で今話していた内容を忘れるのもこいつの特徴である。

「だがこの混雑ではどこも満席だろう?」
「ええ、ファストフードは満員でしょうけど、多少高いお店に行けば席は空いているものですよ。
 どうせ兄さんが出すんですし」
「そうだな。
 ――――って、は?」

 誰が何を出すって?
 俺の座右の銘は「口は出すが金は出さない」なんだが。ちなみに今決めた。

「ふむ、桜内もたまにはいいことをするものだな。
 まあ他人の金というのなら、美夏はバナナデラックスパフェを食ってやらんでもないぞ」

 苦々しそうな表情をしながらも期待を隠しきれない、というなんとも絶妙なバランスの顔でつんとする天枷。
 隣では「ケーキとか……、いやここは行列のできる……、ああでもお寿司でも……」などと呟いている由夢。聞こえるように独り言を言うのはやめなさい。

 まあどのみち俺が出すのは分かっていたので、ある程度なら奢ってやるつもりではいるのだが。
 この二人も――ああいや、天枷はちょっと分からないが――本気で言っているわけではないはずだし、さてじゃあどこの軽食屋に入るかなと辺りを見回したとき。

「だからー、なー?
 ゆずがわるいんじゃなくてな、始めっからなかったって言ってるんだー」

 道ばたに出ているクレープ屋に文句を言っている、ちっちゃな知り合いが目に入り。
 ……そして当のゆずちゃんには悪いが、俺は後にこの発見を悔やむことになる。



       ○  ○  ○



「あの、だからね、それはお嬢ちゃんが食べちゃったからで……」
「あーもー、違うんだってばー!
 ほら、ないだろ! だろ!」
「ええと、弱ったな。
 お父さんかお母さんは居ないのかい?」
「父ちゃんはげんこーあずけに行ったって言ったろー!」
「うーん……」

 大声の発信源。既に幾人かの注目の的となっているのは、見紛う事無きゆずちゃんだった。
 いつものあの服装にでっかいカチューシャ(リボン?)をつけ、何か一生懸命に露店へ紙っぺらを見せている。

 慎さんの姿が見えないのは、ゆずちゃんの大声を信じるとすれば、きっとこの近くの出版社へ出向いているからなのだろう。
 おおかた「クレープでも食べておとなしくしてなさい」という言いつけをもらったはいいが、じっとしていられなくなったとか、そんなところに違いない。

「……兄さん、さすがに犯罪はやめてくださいよ?」
「何を言ってるんだお前は」

 ぼけっとゆずちゃんを眺めていたら、隣からそんな鋭い声。トゲトゲしさの中に、不出来な息子を心配する母親のような哀れみの声音が含まれているのは俺の耳の錯覚ということにしたい。
 天枷は天枷で、「これだから最近のガキは……」などとほざいている。お前が言うな。

「父ちゃんはちゃんと買ったって言ってたぞ!」
「いやだからね、うーんと……」

 とりとめのないゆずちゃんの抗議に店員はほとほと困り果てた表情で、ついにはわらわらと集まり始めていた野次馬にヘルプミーの視線を送り始めていた。
 ちなみに見る限り、あの店員もどうにもゆずちゃんを子どもだからと相手にしていないフシがある。ゆずちゃんは見た目と違って相当に賢い子だ。きちんと話を聞いてあげれば、その抗議が正当なものである可能性は充分にあるのだが。

「あの娘、知り合いなんだよ。
 ……ちょっと話聞いてくる」
「ちょ、兄さん!?」

 両手に抱えていた買い物の荷物、その半分ほどを由夢の足下へと置き、俺は人混みをさくさくっとすり抜けて問題の震源地へ。
 そして、これだけの騒ぎになっているのを知ったら慎さんも大変だろうなと考えながら、あと一歩で群衆から抜け出そうかというまさにその時。

「――待てぇーいっ!」

 どこかで聞いたことのあるようなないような、でもやっぱりあるような綺麗な高い声が辺り一面に響き渡って。

「え、えっと……お呼びとあらば即参上! この地に問題ある限り、散らせてくれよう悪のはな!
 桜に代わり弱きを助ける、正義の魔法使いマジカル☆オトメ、ここに推参!」

 俺と反対側の人混みから、時代劇っぽい前口上をたかだかと告げて現われたのは、どこかで見たことあるようなないような、でもやっぱりあるような正義の魔法使いだった。

 その身に纏うはごてごてフリルでピンクのドレス。胸に輝くはペンダント。被る帽子はセーラー帽。スカートは制服より短く。慣れないニーソまで履いて。しかもやはり、どれもがピンク。
 背中を象る白翼の装飾。手にはどこの通販で買ったのか、今にもしゃべり出しそうなマジカルステッキ。それを持つ手は当然白いロンググローブで、ブーツについた装飾はやはりこれも翼のような。

 そう。
 頭のてっぺんから足のつま先まで、誰がどう見ても魔法少女だった。シャキーン、とSEが入りそうなキメポーズ(ステッキ付き)までやって、いかにも変身直後のカットインという感じ。相当練習したに違いない。
 ……ああ、ちなみに、後頭部についている大きなピンク色のリボン(桜の模様入り)については見なかったことにするようお願い申し上げたい。あれは知り合いではない。ましてや身内なんかでは断じてない。ないったらない。

「お、お、おおーっ!?」
「……えっと」

 思わぬ仲裁役の登場で、それぞれに驚きの表情を見せる当事者二人。
 片方は「おー、すげーな! かっこいいな!」という羨望の現われで、もう一方はさしずめ「変なのが増えた……」という諦念の発露か。その気持ち、痛いほどに分かる。

「さあ、ゆずちゃん。私が来たからにはもう大丈夫。
 その純粋な願い、きっと叶えてあげましょう!」
「おー、姉ちゃん、どうしてゆずの名前知ってるんだー!?」
「えっへん。正義の魔法使いにかかれば、そのくらい簡単なんだから」

 得意の腰に手を当て胸を張るえっへんポーズ。
 それでも胸が強調されないのは、そのごてごての服装がゆえということにしておいてあげようじゃないか。なあ?

「……っと、やっと追い付いた。
 って、うわっ、お姉ちゃん、一体何やって――ムゴ」
「馬鹿! 由夢、あれは知らない人だ。
 いいな? 俺たちとは関わりのない、見ず知らずのこすぷれいやーだ。だろ?」

 こくこくと団子頭が縦に振られる。それを認め、俺は口を押さえていた手を離してやった。
 そうして漏れてきたのは、言葉の続きではなく、呆れたような大きな溜息。一度目を閉じ、再びマジカル☆オトメの方を見、そうしてまた目を閉じて息を吐く。何度見ても現実は変わらないのだが、まあ、そうしたくなるのも無理なかろう。

「由夢、これだけの荷物を美夏が持つのは……――っ!
 おおお、おい、桜内! あ、あ、あ、あれは何だ、何なんだ!?」
「さあ? 自称正義の魔法使い、マジカル☆オトメだそうだ」
「マ、マジカル☆オトメ……」

 意味深に言葉を繰り返し、額に汗を貼り付けつつごくりと喉を鳴らす天枷。
 その反応はゆずちゃんのそれに非常に近い。まるでテレビの中から出てきた魔法少女を見つめる小さな女の子のような――って、比喩でも何でもないんだが。どのみち天枷がアホであることに変わりはない。

 一方そんな俺たちの様子を知る由なく、人だかりの中央では事態が進行していた。
 店員は相変わらずの困り顔。音ね――じゃなかった、マジカル☆オトメは店員に目配せしたあと、ゆずちゃんの方に向き直り、その小さな体躯に合わせてかがみこんだ。ただしゃがむのではなくきちんと膝をつくあたり、自分の格好の特異性をよく分かってる。

「それで、ゆずちゃん。何が足りなかったのかな?」
「それがなー、父ちゃんはちゃんとたくさん買ったって言ってたクレープがなー、ほとんどなかったんだ。
 ゆず、どれだけ食べたかは覚えてないけど、父ちゃんが言ったのよりは食べてないのにな、すぐなくなっちゃっててな」
「うーん、クレープかあ……。
 お饅頭じゃダメかな?」
「まんじゅう?
 ゆず、まんじゅう好きだぞ!」
「うん、それなら」

 音ね――じゃなかった、ええとなんだっけ、なんとか☆オトメは笑顔で立ち上がり、右手のステッキを左手に持ち替え、空となった右手をぐっと握って目を閉じた。加えてぶつぶつとよく分からないが魔法の呪文っぽいことまで呟いて。
 ……そんなしちめんどくさいことせずに、目の前の露店でクレープを買ってあげればいいと思うのだが。

「――よし、できたっ」
「おおーっ!?」

 ぱっと開いたその手のひらには、思った通りに饅頭がのせられていた。
 ゆずちゃんが目を丸くして驚いているのは当然にしても、これには野次馬の中からも「ん?」「あれ?」「なんだ今の?」といった感じの疑問と驚嘆がぽつぽつと。まあ手品ということで納得してほしいところだ。

 もちろん隣の白黒帽をかぶったポンコツも「なななな、なんだ、現代ではあんなことが可能なのか!?」などとその大きな眼を一層でかく見開いている。
 しかし現代とか関係ないですからー、残念! 今でもできるのは俺と音姉くらいだし、五十年前でも純一さんはできたはずだ。

「なあ、なあ、これ、ゆずがもらっていいのか!?」
「うん。そのために作ったんだもん。
 だから、ね、クレープはまた今度、お父さんに買ってもらってね?」
「んー、そうだなー!
 そんなにいっぱいあってもゆず、食べきれないからな!」
「よしよし。
 ……あ、噂をすれば、かな?」
「ん? お、父ちゃーん!」

 ぶんぶんと人垣の奥へ手を振るゆずちゃん。
 その先には、慌てて愛娘に駆け寄っていく慎さんの姿があったのだった。



       ○  ○  ○



 ――さて。
 ゆずちゃんは無事慎さんに引き渡され、慎さんは慎さんでマジカル☆オトメの奇妙な格好を不思議がることもせずに「ありがとうございます」とお礼の言葉を述べると、二人は雑踏へと消えていった。
 ぱちぱちとまばらに上がっていた拍手は奇っ怪な格好をしつつもこの場を収めたその魔法少女に対してのもので、うん、その場だけを切り取って見れば確かに正義の魔法使いと言えなくはない。

 言えなくはない、のだが。

「やっぱり行くんですか、兄さん?」
「行かないわけにもいかんだろう……?」
「む? 行くとか行かないとか、何の話だ?」

 憂鬱な顔をしている由夢と、さっぱり事情を分かっていない天枷。
 ともに見つめる先にいるのは、ピンク色の衣装を身に纏ったその自称魔法少女だ。まだ歩き去っていったゆずちゃんの背中をじっと見つめている。

「由夢、お前は天枷と一緒にどっか近くの店にでも行っててくれ。一緒に来たくはないだろ?」
「ええっと……まあその、なんといいますか」
「落ち着いたころに携帯で連絡するから、それまでな」
「……ええ、それしかないでしょうね。
 さ、じゃあ天枷さん。冬服でも見に行きましょうか?」
「???」

 天枷は顔にハテナマークを貼り付けたまま、少し強引に由夢に連れられ近くの洋服屋へと入っていった。
 その途中。由夢がちらりとこちらを振り返り、少しだけすまなそうな表情をしたのは、うん、まあ、なんというか。俺は赤紙で召集くらった兵士か何かか。

「さて……と」

 むん、と気合を入れて息を吐いたつもりだったのだが、その吐息はどうにも溜息にしかならず。
 未だ当事者と距離を置く人混みから一歩抜けだし、その空間の中央へと歩いていく。周りからは好奇の目。正直勘弁して欲しい。
 ほどなくして、その背中の後ろに立ち、ぽんと肩を叩く。おおっ、と野次馬どもからどよめきとも取れる歓声が。もう好きにしてくれ。

「で、何やってるのさ、音姉?」
「うひゃあっ!? お、お、お、弟くんっ!?
 ――って、ああ、ち、違う、違った、えっと、ええと、あ、あなたは一体誰ですか!」
「……」
「あ、その、ね、ほら、んーっと、そうそう、音姉って誰のことかな? 私はマジカル☆オトメであって、弟くんの言う音姉って人とは違うなーとか……」
「……はあ」

 頬を赤らめて目を逸らしながら慌てふためくさまは確かに面白くもあるのだが、残念ながらそれは第三者にとってのみの話だ。
 もしも目の前に居るのがちょっとだけ天然入ってる自分の姉だというのなら、それは面白いものではなく頭痛のタネにしかなりえない。
 ああまあ、なんだ、そのピンクピンクした格好が可愛らしいと思わないでもないわけではあるのだけれども。

「今日家出るときは私服だったよね? どこで着替えたの?」
「え、えーっと、ほら、それは魔法に決まってるじゃない!
 正体は秘密なんだから!」
「正体? ってことは、マジカル☆オトメには正体があるわけだ?」
「え? あ、あ、ええっと、だから……あーっ!」
「ん?」

 慌てふためいた様子から突如、音姉が何かを見つけたように俺の背後を指差した。
 知り合いでも見つけたか、あるいはまた困っている人を見つけたか。むしろ見つけられたことが最大の困惑原因になるだろうなと思いつつ、振り返って視線を飛ばす。

「……?」

 そこにあるのは、俺がつい先ほどまでその中にいた単なる人垣。そのずっと奥に目をやっても、大したものは見当たらない。

「どうしたんだ、音姉。何か居た――の――……っ!」

 再び音姉の方を向く。

 いや、より正確を期すれば、音姉が居た方を向いた、になるか。
 その姿は忽然と消えていて、残されていたのは「また来週!」と書かれたメモと、遥か彼方に遠ざかっていく音姉の後ろ姿。

「…………………………………………………………マジかよ」

 愕然とする。
 それはもはや漫画ですら見ないそんな手段をする音姉に、そしてそれにまんまとかかってしまった自分に対しても。開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。バナナに滑って転ぶくらいに古典的な。

「マジカル☆オトメ……侮れんな。
 そう思うだろう、桜内?」
「……とりあえず、お前はどっから沸いてきたか自己申告してもらおうか」

 突然隣に現われてそう声をあげたのは、もう言うまでもなく杉並だった。
 意味もなく顎に手を当て、深刻そうな表情で魔法少女の背中を見つめている。それは冗談めいているというより、天枷のそれに近い。……ああ、そういえばこいつのアホ具合も、天枷に負けず劣らずだったっけか。

「なに、俺のことなんぞ、あの魔法少女の前では些末ごとに過ぎん。
 しかし一体、奴は何者なのだ……」
「は? お前、本気で言ってんの?」
「――何っ!? 桜内、貴様はあのマジカル☆オトメの正体を知っているというのか!?」

 いきなりいきり立ち、驚愕に彩られた表情で俺に向き直る杉並。
 まるで俺が「この前高台でネッシー見たよ」と言ったかのような驚きよう。どうやらこいつにとって、マジカル☆オトメはそのクラスの認識らしい。

 ……しかし、ふむ。一丁試してみる価値はある。

「吐けっ、桜内!
 この俺がここ数日追い続けてもその尻尾を捕らえることすらできなかったあのマジカル☆オトメについて、知っていることを全て!
 何者だ、何者なんだ!?」
「……それがな、杉並。
 実は、マジカル☆オトメは…………あーっ!」
「むっ!?」

 伸ばした腕を引き、反転、同時にダッシュ。
 杉並の脚力は夏の体育祭で分かっている。総合的な運動能力は奴のが遙かに上だが、こと走るだけなら俺に分があるし、きっとそのことを杉並も分かっているのだ。

 だから一瞬のアドバンテージ、それは杉並の追走の気をそぐには充分すぎる距離で。

「……くっ、流石は同士桜内。この俺を出し抜くとはな。
 だが覚えていろ! 必ず貴様から情報を引き出し、あのマジカル☆オトメの正体を暴いてくれる!」

 杉並の威勢のいい捨て台詞を聞きながら。
 今日はもう帰った方がいいよなあと、どこか涙目になりながら商店街を走り抜けた。

 すまん、由夢。その手にあるだろう重い荷物、俺は持って帰ってあげられそうにない。
 天枷と協力してなんとかしてくれ、などと心の中でちょっとだけ懺悔しつつ。


 ――そうしてこの日以来。
 初音島のそこかしこで、俺は魔法少女マジカル☆オトメと遭遇するハメになるのだった。

 …………まあ実害はないし、飽きるまでは放っておく方がいいんじゃないのかな、とか思ったりして。

++++++++++


Short Story -D.C.U
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