焼きそばパン弁当と

[da capo U short story]
 それは天からの贈り物。
 あらゆる努力と、才気と、英知と、そして何より絶大なる運が必要な、見ることすら叶わぬと言われる恩寵。
 諸宗教の聖典にも匹敵するその神々しさ。まばゆいばかりの光を放たんとする”それ”。

 そう、俺は手に入れたのだ。あらゆる形容が失礼に値するその――焼きそばパンを。

「いやいや、それにしても……くう〜っ!」

 思わず感涙にむせぶ。
 筆舌に尽くしがたいほどの歓喜。それを握る右手が今も震えている。

 今日は朝から良いことが起こる気はしていたのだ。
 早起きは三文の得というエルニーニョ絵梨奈の目覚まし予報通り今日は朝六時に起きたし(そして二度寝)、ラッキカラーは黒ということで制服をなお一層黒くするためにボタンをプラモ用の塗料で黒く染めたし(音姉に怒られた)、朝食のときは茶柱が立ったし(勢い余ってそのまま飲んだが)、ともかく予兆を挙げれば枚挙に暇がない。

 その運が発揮されたのは、四時間目。たまたま教師が欠席とのことで自習になった我がクラスのおかげで、授業終了のチャイムが鳴るのを虎視眈々と狙うことができた。
 授業中に購買へ向かわないのは、あまり早すぎても購買が開いてないのと、廊下で生徒指導の教師なんぞに見つかると厳罰確定だからだ。

 そしてチャイムが鳴るとほぼ同時にスタート。ちなみに合図が鳴ってから0.1秒以内に反応した人間はフライングだ。した奴は極刑。今頃は「板橋がフライングしたぞー!」という声により、教室ではある個人が――名誉のために名は伏せよう――フルボッコの憂き目にあっているはずだ。
 ちなみに声が杉並っぽかったとか、仕向けたのは俺だとか、そういうのは別に関係がないので割愛だ、割愛。

「あー、中庭か……いやいや、屋上って手も」

 食う場所を夢想しつつ廊下を戻る。
 ちなみに俺が焼きそばパンを掲げるだけで、購買に向かおうとする輩は俺を崇め、避けていく。まるで海が割れる神話のようだった。
 ……い、いや、決して俺の態度が不審者めいてるとか、そんなことが理由ではないはず。多分。

 どこで食うにしろ教室で一度自慢してから――そんな考えがいけなかったのか。
 教室へと戻る廊下、その角を焼きそばパンの味をシミュレートしながら曲がると。

「んもう、どうして私が――きゃっ!?」
「んなっ!?」

 ぶつかった衝撃。気付いたときには、右手に残る感触はサランラップのしょぼい圧迫感だけで。

「――」

 視線を回す。
 ふんわりと浮いている、生身の焼きそばパン。それはぶつかってきた相手の背後に。
 当たり前だ。俺は曲がろうとしていた。宙に浮いた物質にも運動は残る。慣性の法則。リンゴの落下と月の軌道を関連づけた変わり者が見つけた革命。そしてそんな無駄な思考に逃避するくらい、妙にスローモーションな現実。

 自由落下は言うほど自由ではない、なんて言ったのはどこの誰だったか。焼きそばパンは華麗な放物線を描き。

「あ、あ、あ、あ……」

 手を伸ばす。だが届かない。俺より背の低いぶつかってきた相手、その小さな身体が邪魔をして。

 現実は、いつだって無情だ。

「あああああああああああっ!」

 fpsで言うと20fpsくらいのコマ送りだった現実は唐突に終わりを告げ。
 ぐちゃりと、焼きそばパンは廊下の床に張り付いた。

「ああ、俺の……俺の……」
「えっと、すみません、前見て無くて――って、桜内!?
 ど、どーしたのよ、そんなこの世の終わりみたいな顔して」
「……」

 呆然とする思考の中、ただ指で地に落ちた”それ”を指し示す。

「あ、パンが……。ご、ごめん、ちょっとよそ見してて。
 弁償するわ。いくら?」
「う、うう……」
「って、なんで泣いてるのよっ!」

 委員長の驚きが遠い。

 嗚呼、俺の焼きそばパンが。夢に見まで見た焼きそばパンが。全身全霊を籠めて、後世まで語り伝えようと思っていた焼きそばパンが……。
 天から舞い降りてきた天啓のような、一生に一度すらない運を味方につけてとうとう手に入れた焼きそばパンが……!

「うあああ! 委員長、どーしてくれるんだよ!」
「ど、どーするって、だから弁償を……その、代わりのパンを買って、ほら」
「何を言ってるんだ! 焼きそばパンの代わりのパンがあるのか!? ここでまた120円(税込み)弁償してもらったところで俺の焼きそばパンは帰ってくるのか!?
 今日が最大のチャンスだったんだ。人生生まれて初めての晴れ舞台だったんだ。それを、それをぉぉぉぉ……!」
「は、はあ……? そんな、パンの種類くらいで……」
「――」

 カチンときた。今のはカンペキ怒髪天。
 ”パンの種類くらいで”? それが焼きそばパンに命を懸けて群がる漢たちに向かって言えるセリフか? その栄誉を一瞬にして埃まみれにされた俺に対して言えたセリフか?

「なんか謝ってるのがバカみたく思えてきた……。
 ほら、120円でしょ? 確かに私にも非があったのは認めるけど、そんな大事なものなら落とさないようにちゃんと持ってなさいよ。
 それじゃ、私はこれで。これから生徒会室に出し物の予定提出しに行かなきゃいけないから」

 ちゃりんちゃりん、と手のひらに落とされる三枚の硬貨。
 そして当然のように俺の横を通り過ぎ、去ろうとする委員長。

 その肩をがしっと掴む。

「もう、何なのよ。私は忙し――ひっ!?」
「い〜い〜ん〜ちょ〜〜!
 こ〜の〜う〜ら〜み〜は〜ら〜さ〜で〜お〜く〜べ〜き〜か〜!」
「な、何なのよー!?」
「うう、俺の、おでのやぎぞばばんが……」
「――って、今度は急に泣くんじゃない!
 あーもう、とにかく行くから! 悪かった、私が悪かったから! ね!?」

 そう言って、逃げるように走り去る委員長。

 濡れた視界に残るのは、無惨に散った焼きそばパンの残骸だけだった。


       ○  ○  ○


「あー、こりゃ重傷だわ」
「……義之、どうしたの?」
「焼きそばパンを落としたんだと。気持ちは分からんでもないがね」
「ふーん。男の子ってよく分からない所で、変なこだわりあるよねえ。
 そんなに美味しいの、焼きそばパンって?」
「美味いか美味くないかじゃねえ! あれは浪漫なんだよ、浪漫!」

 渉たちの声もまるで別次元だ。俺は机に突っ伏して、未だに癒えぬ心を細々と守っていた。

 パンを落とした翌日の昼休み。俺は学食になぞ行く元気はなく、購買に行った日にはトラウマの猛烈なフラッシュバックでまた泣きそうだったので、こうして教室でぐったりしていた。
 分かるまい、昼食を遊びでしている女子には、この俺の身体を通して出る力が! 湧き出るんじゃなくて、抜け出ていく力だが。刻は見えないけどお花畑なら見えそうだ。

「あ、その、桜内?」
「……」
「えっと、桜内? 桜内、くん?」
「……何だよ?」

 腕を軽く叩かれて、仕方なく顔をあげる。目の前には諸悪の根源、委員長。昨日コケでもしたか、額には絆創膏が貼ってあった。
 ひっ、と一瞬その顔を引きつらせたのは、俺がよほど怖い顔をしていたか、泣き腫れた目を見て驚いたかのどちらかだろう。

「その、昨日は悪かったわね。あんなに落ち込むとは思わなかったから……えと、改めて、ごめんなさい」

 ぺこ、とお辞儀する委員長。隣ではそれを見ていた渉たちが目を丸くしていた。

「いいよ、それはもう。俺の焼きそばパンはもう帰って来ないんだ……」
「あの後みんなに聞いてみたら、焼きそばパンを買うのって大変なことだって聞いて、私はそんなこと知らなかったから、その。
 桜内、今日はお昼は?」
「ないよ。購買はもう見たくもないし、学食に行く気分でもないし」

 ぐへ、と再び机にダレる。
 ああそうさ、俺は神に見放された哀れな遊牧民なのさ。このまま腹を空かせているのがお似合いだ。

 そうふてくされていると。
 再び頭上から委員長の声。

「ねえ、その。どうせ行くアテがないなら、ちょっと付き合ってほしいんだけど……。
 えっと、無理にとは言わないから」

 顔だけぐいっと上に向けると、妙にしおらしい委員長の顔が目に入った。

「何? 告白とかなら今してくれて構わないぞ」
「えっと……」

 え、何その反応?

 冗談で言った軽口にいつもの怒声が返ってくることはなく、今度は顔を赤くして俯いてしまった。
 ここまでくると流石の俺でもちょっとマズいことは分かる。いつまでも焼きそばパンでふてくされている場合じゃない。……傷は根深いが。

「分かった、行くよ。何も食わないつもりだったけど、気が変わった」
「あ、うん。……ありがと。
 じゃ、ついてきて?」
「ん」

 委員長は俺の立ち上がるのを待ち、先導するように教室から出て行った。俺も後に続く。

「うわ、え? いいんちょの意中の人って、義之だったの!?
 チクショー、なんでいつもいつも義之ばっかり! このラブルジョア! ラブルジョアラー! ラブルジョアレスト!」
「こりゃ小恋も大変ね……。”同じクラス”という、他のライバルに対する唯一のアドバンテージが無くなったわ」
「しかも沢井さんと義之くんってずっと同じクラスでしょ? わー、小恋ちゃん大ピンチ!」
「んもう、そんな勝手に言わないでよ〜! わたしは別に……」

 教室から響いてくるかしましい声は、意識の外へ弾き出した。


       ○  ○  ○


 ということで、中庭まで出てきたわけだが。
 委員長は道中ちらちらとこちらを見てきたものの、特に会話らしい会話はなかった。きょろきょろと周りをうかがっている仕草は、昨日の俺以上に不審者めいている。

 中庭には人は居なかった。これから冬本番を迎えるというこの季節、正午ごろならまだ外に出ることのできる気温とはいえ、好きこのんでここで昼食を取る奴も居ないのだろう。
 秋までは戯矢利尊先生の特等席となっているそのベンチへ委員長が座る。促されたので、俺もその隣へと腰掛けた。

「それで?」

 頃合いを見計らい、告げる。
 できるだけ優しく。そうでなくとも不機嫌だと取られかねないこの状況。今の俺は、寒さよりも好奇心の方が強かった。
 滅多にない機会。たまにはこういうのもいいだろう。

 委員長は手提げ鞄――そういえば帰るわけでもないのに、鞄を持っていたな――をごそごそと漁り、何かを出してきた。

「お詫びになればいいんだけれど。桜内にとっての焼きそばパンには届かないとは思うけど、せめてと思って……」
「うん? これは?」

 渡された布地の何か。ためつすがめつ眺め回してみる。

「お弁当。作ってきたから」
「なんとっ?」
「その、桜内、昨日すごい凹んでたじゃない?
 本当は焼きそばパンを買って来れれば良かったんだけどね、ちょっと、ごめん、無理だった」

 あはは、と苦笑する。

 しかし責任感が強いというか。凹みまくったのはそりゃ事実だが、こうまで気を揉ませるつもりだったわけでは断じてない。
 他の連中、特に杏や茜辺りだったら笑ってスルーされるのがオチだし。

 ここで突き返してもまた逆に委員長に負担を強いてしまうだろうし、促されるままに俺は包みを解いた。
 少し大きめの、漆黒の箱。いつも委員長が持っている弁当箱とは明らかに違う、おそらくは男性用サイズの。よく気が利くと思う一方、申し訳なくもなる。
 ……弟さんのものにしては大きすぎるし、だとすればこれが誰の弁当箱だったかなんて、考えるまでもないだろう?

「おおっ」

 パコッと気分良い音を立ててあけた蓋、その下から現われたのはまさに色とりどりといった感じのベントー・オブ・ザ・ベントー。
 左半分にはご飯と梅干しが入っていて、右半分には定番のウィンナーやら卵焼きやらから渋くきんぴらなんかまで。
 テンプレ的といえばそうだが、それをそつなくこなす難しさを軽く料理をかじっている俺は知っている。流石は委員長といったところ。

「……」
「いいのか?」
「うん、その為に作ってきたんだし」

 じーっ、と期待の籠もった眼差しがなみなみと注がれているのを肌で感じるので、付属の箸で手をつけることにする。
 ちなみに委員長の方は見ていない。見れば、委員長は自分が注視していることに気付いてしまうだろうから。
 この辺りの意地っ張りさというか、素直じゃなさはどことなく由夢と通ずるものがある。意地張るくせに気にはなってるところとかな。

 卵焼きをかしっと挟み、口へと放り込む。
 ……うん、美味しい。やわらかくて、甘くて、それでいてムラのない。

「委員長、料理上手なんだな。美味いよ」

 言うと、俺にも聞こえるくらいに大きな安堵の息が吐き出された。
 何もそこまで緊張することないだろう、と苦笑してしまいたくなるのを必死で抑える。少し穏やかな気分になったのを、何とはなしに自覚した。

「ありがとう、桜内。
 その。お詫びのお弁当なのに私が感謝するのも変だけれど、なんとなくね」

 視線をずらすと、委員長の――かつて見たことがない――、なんだ、その、極上の、とでも言えばいいのか。少しだけ恥じらいの入った、そんな笑い顔が目に入って。

 俺は明快に言葉を発せないまま、弁当の二口目に手をつけた。
 ……いいだろ、別に。卵焼きにニトログリセリンが入ってたんだろうだとか、そんな野暮なボケをするほど俺は恥知らずじゃないんだから。


       ○  ○  ○


「ごちそうさまでした」
「……」
「委員長?」

 米の一粒たりとも残ることなく平らげた後。
 見ると、委員長はこっくりこっくりと船を漕いでいた。珍しい。

「おーい、委員長? 眠いのか?」
「……あ、桜内? えと、食べ終わったの?
 ごめん、なんか……その……」
「えっと、寝るか……? 寝るなら、休み時間終わったら起こすぞ?」
「うん、ありが……と……」

 気丈な委員長にしては珍しく、俺の言うことに素直に従うとそのまま頭を垂れてしまった。
 本当に珍しいことだと思う。どれだけ安堵したにせよ、形式的とはいえお詫びの場で委員長が眠ってしまうなど。

 こてん、と肩に圧迫感。見るまでもない。委員長の頭が乗っかっていた。
 綺麗な黒髪が風に揺れ、とても良い香りがする。その隙間から覗くのは、これまた珍しく額に貼った絆創膏。

「あー」

 なんとなく合点がいった。
 思えばあれだけのおかず、そう容易く作れるものではない。さらにはこの絆創膏。これらは互いに独立した事態の結果ではあるが、目指しているものは一緒で。
 ほんと、どこまで責任感が強いのか。溜息すら出てしまう。

「……んー……」

 寝にくいのか、喉の奥から可愛いうめきを出している委員長。頭をくりくりと動かして、寝やすい位置を探っている。

 ……ま、いいだろう。お弁当の対価だと思えば。
 そんな自己弁護をしてから、委員長の上半身をゆっくりと横たえる。頭は俺の膝の上に。委員長の身体は大した抵抗を見せず、くったりと俺の誘導に従った。

 俗に言う、というかなんというか、字面通りの膝枕。
 委員長は身体が楽になったか、うめくこともなく――あるいはより一層穏やかに――俺の膝の上に収まった。

「……」

 そっと髪を、そして額の絆創膏を撫でる。
 ちょっと考えれば分かったはずなのに。このケガは昨日のではない。微かな記憶を頼ると、委員長はこの絆創膏を今朝はしていなかった。
 ではいつ? 答えは簡単。昼休み、俺に声をかけるちょっと前だ。そう、きっと委員長は、自分に向いていないことを承知で”あの”焼きそばパンを得るために購買の人波に突貫したに違いない。

 そうしてケガをした上に目的物を得られなかった委員長は、仕方なく”朝早く起きて作った”弁当を手にして俺に声をかけた、という構図だ。
 眠いのはきっとそのせい。自己管理のしっかりしている人間がそれを崩すのは、大抵他人のためだと相場は決まっているものだ。

「ん……さくら、い……?」
「まだ寝てて大丈夫だぞ?」
「ん……ぅん」

 何か言おうとしたのか、あるいは何かしようとしたのか、ともかくも委員長は特に何をするわけでもなく、そのまま唸った。ころり、と寝返りをうって。
 膝枕に言及しなかったということは、おそらくはまどろみの中なのだろう。

「ま、たまにはこういうのも、な」

 誰にでもなく呟く。それはあるいは、意図的な照れ隠し。
 どことなくぽかぽかしてきた陽光に目を細め、俺は委員長の髪を梳きつつ昼休みが終わるまでそうしてのんびりと過ごしていた。


       ○  ○  ○


 委員長の身を起こしてから目を覚まさせ――順番が大切だ――、時間差で教室へ戻ることになった。委員長も変なところで気を使う。
 ちなみに弁当箱は俺が無理言って「後日返す」ということにした。一緒に弁当を詰めてやれば良い礼になるだろう。
 委員長のことだからそのお礼に再び弁当を……ということで無限ループになるかもしれないが、まあ、それはそれ、別に大した問題ではない。

 ――そう、別に大した問題ではない。
 眼前にそびえる、笑っていない目をした姉妹という大問題の前では。

 ……ああそうとも、気付かなかった俺が悪い。
 あれだけぎゃーぎゃーやかましかった連中が、後をつけてこないわけがなかったのだ。
 当然その中には杉並とか杉並とか杉並とか杉並とか杏とか杏とか杏とか杏とかも居て、そいつらの行動原理はただ一つ、「面白そうな方向へ進めること」。

 であればほら、あることないことこの二人に言えばどれだけ面白い方向に進むかは、分かりきったことである。無論、面白いのは当事者ではなく第三者だが。

「で、どういうことかなあ弟くん。
 私にも分かるようにしっかりはっきりとした説明が欲しいなあ? お姉ちゃんとしては、やっぱり弟くんと懇意にしている人とは挨拶しておきたいしね?」
「お姉ちゃんの言うとおりです。わたしたちにも紹介してくれませんか?
 ええ、知りませんでした、知りませんでしたとも。兄さんと沢井先輩がそんっっなに仲が良かったなんて。
 杉並さんが教えてくれるまでわたしたちに言ってくれないなんて、兄さんも人が悪いなあ。おほ、おほほほほほ」

 じり、とにじり寄ってくる表面上は笑顔の隣人姉妹。
 背後から沸き上がる黒い気配はその笑っていない目からも明らかで、俺は教室のドアを開けはなった体勢のまま固まってしまった。
 その更に向こうでは連中がにやにやとこの状況を観察している。なんという第三者。

「オーケー、時に待て、姉者、妹者。
 重大な事実誤認と情報歪曲と報告不備と解釈齟齬とその他もろもろがありそうだ。というかある。確実に」
「ふーん、事実誤認ですか。
 わたし、目が悪くなったんですかね?」

 そう言って、携帯を開いてみせる由夢。
 その画面には――おそらくは杉並か杏から送られた――ベンチで寄り添って座る男女の写真。女性の方は眠っているようで、男の肩に頭を乗せている。
 男性の方は――由夢からすれば見覚えのない――弁当箱を手に、のんびりとその状況を楽しんでいるように見えた。

 まあ、代名詞で叙述すればこんなとこだろう。
 その画像は、いわば青年将校に突きつけられた銃口のようで。

「音姉、由夢。
 ――話せば分かる」

 苦笑いから一転、クソ真面目な表情を取り繕ってそう言葉を吐いたものの。

「問答無用」「問答無用」

 冷徹な一言が振り下ろされ。
 硬直した俺の身体が、二人の思うがままに引き摺られていき。

「ご愁傷様、義之。骨は拾ってあげるわ」

 事態を引き起こした毒舌ロリ娘がにやりと笑って、そんなことを言っているのを目にしつつ。
 俺は首根っこ掴まれて生徒会室へと連行されるハメになったのだった――。


       ○  ○  ○


 ――ちなみに。
 顛末を全て話して、誤解を解くことができたのは結局、芳乃邸に帰ってからのことだった。
 勘違いして先走ってしまったお詫びとして、明日は由夢が弁当を作ってくれるとのこと。音姉もにこにことその案件を承諾している。……あれ? 誤解、解けてなくね?


 その結果、早朝の台所で「俺の弁当を作っている由夢と、委員長の弁当を作っている俺」という奇妙な状況で再び俺の身が危険に晒されることになるのだが、まあ、それはまた別のお話ということで。

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Short Story -D.C.U
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