Earthlight ARTERIAL
[Fortune Arterial short story?]
「……へえ」
うだるような熱さの続く、ある夏の日のこと。
伊織はクーラーの効いた居間でのんびりとお茶を飲みつつ、そう吐息を漏らした。
視線が向いている先は、この家唯一のテレビ。遥か昔から置いてある代物だ。
「どうかしたか、伊織?」
「ん? ああ、征か。
いやさ、やっぱり思うところはあるだろう?」
「……ああ、この中継か」
征一郎もまた畳に座したまま、テレビの方へと目を向ける。
昔と何ら違いのないように見えるバラエティ風の中継番組。征一郎は一瞥くれただけで、すぐに視線を外した。ニュースの内容自体は、既に知っていたからだ。
「前后の名誉回復から一気だな」
「うーん。それでも僕にはちょっと、青臭すぎるように見えるかな。やっぱり。
”あんた”はどう思う?」
お茶を再び口にしつつ、伊織は征一郎ではなく、そのずっと後ろに声を投げる。
そこにはやはりこの家に住む、家の主と、その眷属が。
「さてな。しかし、人間としてはなかなか優秀な部類に入るのではないか?
……誰も思わんよ。そのかつての戦争どころか、月への移民自体を知っている者が残っていようなんてことをな」
「さすが。齢1000年を越えた老人は言うことが違う」
「馬鹿言え。お前とて似たようなものではないか」
「おっと、4桁と3桁じゃ全然違うね。僕はまだ若い」
ふふん、と鼻を鳴らす伊織。
当然、そんなものは誰も相手にしはしない。ここ何百年と続いてきた当たり前の光景だからだ。
「考えに甘さがあることは否定せんが、それを断じることもできまい。
あたしはその甘さに助けられた身だ、ここで異を唱えれば、瑛里華や支倉に申し訳が立たん」
「僕はまだ許しちゃいないけどね?」
「言ってろ。
……おい桐葉、茶が切れた」
「そう。冷蔵庫にまだあるわよ」
「……」
渋々と伽耶は立ち上がり、湯飲みを持ったまま台所へと消えていく。
対して答えた桐葉はなんの躊躇いもなく、自らの分のお茶を喉へと流し込んだ。渡す理由なんてない。
「戦争した相手と仲良く、ねえ。
ま、戦争を知らない世代同士だったのに、ここまで断絶してい続けたのがおかしいっちゃおかしいのかな」
中継はなおも続いている。
いつものように好き勝手言うコメンテーターのやんややんやという言葉を聞きながら、伊織もまた意見を口にした。それでも自らがもう、人間の感性で物事を計るのが不可能なほどに長く生きていることも、彼は自覚してもいる。別にその意見を押し通すつもりもなかった。
「元々はどちらも地球人なのになあ。理由はそこじゃないだろうと」
「しかし、今生きている人間は全て、生まれたときからその土地で暮らしている者たちだ。
相手のことを別のナニカだと思っていても不思議はあるまい」
「その為の友好関係、か。でもま、間違いなく小競り合いは起きるだろうね」
「結局はその元凶に仕立てられて、しかしそれでもその理念で民衆を説き伏せることができるかどうかだな」
昔は住民を導く存在でもあった征一郎だけに、その言葉には重みがあった。それは分かっているからだ。中継に映し出されているウェディングドレス姿のその女性が、これから先ぶつかっていく壁、その大きさを。
中継放送はそのまま進み、やがて伽耶が茶を入れて居間へと戻ってくる。再び桐葉の隣に腰を降ろした。
「今日は一日この特番だな。どのチャンネルも示し合わせたみたいに同じ事をしおる」
「伽耶はどうなの、このニュース自体は?」
「ふん。嫌いじゃない、とでも言っておくか」
そうしてぐいっと茶をあおる。
「まあ、なるようになるだろうよ。
再び戦争が起きるにせよ起きないにせよ、いずれ変化は必要だったろう。その責を負う覚悟を持った指導者が、やっと出てきたというだけよ」
「案外、配偶者になったっていう、地球の民間人が一枚噛んだのかもしれないね。支倉君みたいに」
「あれが政略上の理由でなく、純粋に対等関係であるなら、そのくらいの骨のある男ではあるだろうな」
征一郎は目をテレビに映るその男へと持って行く。
特に変哲のない男。それでもどことなく一本気がありそうな雰囲気は、孝平と似ているとも似ていないとも言えた。
「……けど、月に住んでいるかどうかでこれでは、一般人と吸血鬼の隔たりはまだまだ大きそうね」
「それは仕方在るまい。それとも何だ、この「偏見は悪」とでも言う二人に、会いに行って話でもしてみるか?
月人と地球人が同じ人間であるのなら、あたしたちも同じだと思えるのかと」
「お! それいいね!」
「――! ま、待て待て伊織、今のは冗談だぞ? 分かってるな?」
いきなり声を上げて賛同した伊織に対し、慌てて伽耶が発言を取り消す。
しかし、それくらいでなかったことにしてしまう伊織ではない。
「なに、理解できなかったらちょちょいっと記憶を消せばいいんだ。
国を率いて友好を結ぼうとする変人だ、その真偽を確かめるにも、俺たちが会いに行ってみるのも面白――じゃなかった、悪くない」
「……結局からかって遊びたいだけだろう、お前は」
「そうとも言う。あとすごい綺麗だしね、彼女。紅瀬ちゃんに負けないくらい。
だったら一回くらい挨拶に行かなきゃいけないだろう?」
「……」
結婚式の中継のさなかだというのに不謹慎な発言をして、結局は行く気満々になってしまった伊織。
それに対し、征一郎、桐葉、伽耶の三人は溜息をつくことしかできない。もう勝手にしてくれと言いたげだった。
「今年の冬にまた地球に来るって発表が、ついさっきあったからね。そのときにしよう」
「あら、そうなの?」
「ああ。そうらしい。電撃発表だーって騒いでたよ」
そうして伊織は立ち上がる。
「どうした。流石に今から準備するのは気が早かろう」
もはや止める気力を失った伽耶が、呆れ気味にそう言葉を吐く。
伊織は腕をくるくるっと回して。
「歴史経過の特番が組まれる予定とはいえ、再確認しておくに越したことはないだろう?」
「……勝手にしてくれ」
その言葉に何を返すでもなく、お茶を飲み干し、伊織は居間を出て行った。
何かを企んでいるときの伊織は、本当に素早い。
「ふう……」
そうして伊織以外の三人は、溜息を吐きつつ、しかしどこかで冬を楽しみにしながら、テレビを見続けたのだった。
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