バナナに含まれる一部ロボットにおける必須栄養素の特定

[da capo U short story]
バナナに含まれる一部ロボットにおける必須栄養素の特定実験

実験日 ○月×日
報告日 △月◇日

実験責任者
 水越舞佳

共同実験者
 桜内義之
 杉並某










1.目的
 本実験は、一部ロボットの動力源として不可欠なバナナに含まれている特定の栄養素、俗に言うバナナミン(bananamin)について、その物質的特性の解明とそれが含有する物質の同定を試みたものである。
 その特性や構造が理解されることにより、バナナの経口摂取以外の方法でバナナミンを補給することかできるようになると考えられる。
 なお、本実験ではバナナミンを必須栄養素とするロボットの代表として、HM−A06型 Minatsu(以下天枷美夏とする)を用いた。

2.材料と方法
 材料:大量のバナナ
 被験者:天枷美夏
 方法:被験者にバナナを加工したものを食べさせ、その後八時間監視し、エラーが起きなければバナナミンが摂取されたとする。
    それを繰り返し、バナナミンの物質的特性を理解していく。また、そこからバナナミンを単離することを試みる。

3.結果
 以下の、共同実験者のうちの一人による報告を参照されたい。


       ○  ○  ○


「新手の嫌がらせか何かか、これは。
 一体何だというのだ……?」

 美夏は眉をへの字に曲げて、山積みにされたソレを睨み付けた。
 俺だって説明を受けていなければ唖然としたに違いない。何を血迷ったのか、と。

 当然の疑問に、俺は見たまんまを答えた。

「バナナだろ」

 ちゃんと段ボール箱に書いてある。「直送バナナ インドネシア産」と。

「そんなことは見れば分かる!
 これをどうする気なのかと聞いているのだ! まったく、貴様のアホは治らんのか」

「バナナなんだから、食べるんだろ?」

 バナナで釘を打ちたいなら、まあ好きにすればいいと思うが。

「……誰が?」

「俺が食ってどうするんだよ」

 ○月×日、午前八時。
 休みの日だというのにわざわざ早起きして、飯を作って、音姉の詮索を振り切って、見たくもない教師の顔を見に職員室へ行って、水越先生の許諾の旨を告げ、鍵を貸与し、保健室のドアを開けた途端、美夏がした反応がこれだった。
 もちろんその気持ちは俺にも痛いほどに分かる。

 純白の保健室にはバナナの匂いが充満していた。甘ったるい、どことなく甘味屋に漂うような芳気。
 これが腐りきった卵の臭いになるのも時間の問題だろう。どことなく壁が黄色く見えてきた。

 臭いもそうだが、最大の問題は眼前に広がる、文字通り「山」積みにされたバナナの量。これだけの数、どこから持ってきたというのか。学食か、あるいは花より団子あたりから取り寄せたか。
 貼られた領収書の名前欄に「非公式新聞部」と書いてあるのは無視だ、無視。

「貴様、この期に及んで美夏を馬鹿にしているのか……?」

「違うって。水越先生に聞かなかったのか?
 バナナミンの特定実験するんだと」

「それは聞いていたが……うう、まさか本当にこんな実験をするとは」

 美夏は帽子を目元まで被り、マフラーで鼻を覆っていた。
 狂おしいほどに銀行強盗チックな雰囲気。ちっちゃいけど。

「そう落ち込むな。俺も食ってやるから」

「本当か!?」

「ああ。
 お前が食う量は変わらないけどな」

 全部食うのが実験じゃなくて、特定するまで食う実験だし。
 俺が食ったところでこいつのノルマが減るわけじゃない。

「だーっ! それでは全く意味がないではないか!」

「いいからいいから。さっさとやるぞ」

 なんて勤勉な研究者なのだろうか、俺は。別にものに釣られたわけでは断じてない。美夏のためなら、と了承したのだ。

 水越先生にもらった実験概要書を片手に、俺はバナナの臭いが充満する段ボール箱、そのひとつを開け放った。



○ケース1 Control

「それじゃまず、一本そのまま食ってくれ」

「ぬ……むぐう。博士の言うことなら仕方がない。
 はむ……、もぐもぐ」

 水越先生にもらった冊子を見る。
 まずはControl。これは、比較用に行う、いわば”何もしない状態”でのデータだ。

「これで八時間待つのか……。え、何もせずに……?」

 マジで?


 ………………。
 …………。
 ……。


○ケース2 ミキサー

「さて、八時間経ったわけだが」

 朝八時にバナナを食べて、今は午後四時。
 なんだかとっても無為な時間を過ごしたような気がする。二人でしりとりを延々続けるなど、頭がどうにかしていたとしか思えない。

 だがしかし、これも美夏の将来を思うが為。バナナの常備とそれを食べるというデメリットからの解放は、バナナミンの抽出以外にはないのだ。
 その為にこの不肖桜内義之、水越先生の実験に協力しているのである。

「気分はどうだ?」

「バナナミンが……、切れてきたぞ……」

「ということはControlはバナナミンを含んでいた、ということだな。
 次はミキサーらしい」

 山積みの箱から一本選び出し、皮をむいてミキサーにかける。
 ぐいーん、という音と共にあっというまにバナナジュースのできあがりだ。
 ミキサーからコップへと移し替える。錠剤を飲む時用のコップだと思うが、うがい用よりいいだろう。

「ささ、ぐいっと」

「……っ!」

 喋る暇も惜しいのか、乱暴にたぐり寄せてバナナジュースを飲み始めた。
 ぐいぐいと良い飲みっぷり。よく喉に詰まらないな。

「……、っぷは!」

「ナイス飲みっぷり」

「いやあ、それほどでも――って、バナナジュースの飲みっぷりを褒められても嬉しくないわ!」

 ノリツッコミをしている美夏を無視して、保健室のベッドへと入り込む。

「……? 何をしているのだ?」

「寝るわ。八時間経ったら起こしてくれ」

「は? 貴様、自分だけ――!」

「あ、お前は寝るなよ? 寝るとバナナミンの消費量下がるかもしれないからな」

「んなバカな――っ!?」

 ぐーすかぴー。


○ケース3 リンゴ

「寝るなよ?」

「寝てない……ぞ……」

 時刻は深夜零時。美夏は流石に眠そうだ。大きな目の半分くらいはまぶたが覆っている。
 ゆらゆらと舟を漕ぎ始めた。

 俺の方もこんな深夜に起こされて頭がぐらぐらする。朝まで寝かせておいて欲しいところだ。
 だがしかし、これも美夏のため。身を削ろうとも俺はこの実験をこなすつもりだ。偉いぞ、俺。

「それじゃ、これを食べて寝てくれ。そしたら寝て良いぞ」

 バナナの山から離れた位置にあるそれを、どんと机の上に置いた。

「……貴様、美夏に死ねと言っているのか?」

 机の上には、俺が置いた真っ赤な光沢を放つ球状の果実。
 青森あたりでいっぱい取れそうな、おそらくその中に瑞々しい果肉を持つ果物。
 切り方によってはよくウサギにされるアレだ。

「これはどう見ても――」

「バナナだ」

「は?」

「いいか美夏。
 これはバナナだ。ほら、そう書いてあるだろ?」

 ぐい、とリン……じゃなかった、バナナを回転させる。
 表面にマジックで「バナナ(バナナミン入り♪)」と手書きで書いてある。水越先生の字だ。

「ほう?」

「だからこれを食べて、バナナミンを摂取できるかどうかのデータを――」

「アホか貴様はあっ!
 リンゴにバナナミンが入っているわけなかろう!」

「ああ! 折角リンゴって言わなかったのに!」

 どうやら”バナナでないものをバナナと錯覚させて食べさせたときの反応”を見るには、リンゴでは不適切だったようだ。
 せめてもっと見た目の似てるものを用意しておいてほしかった。……ヤマイモとか?

「だいたい、美夏はバナナミンが入っているかどうか食べただけで分かる。
 リンゴなど食っても仕方ないぞ」

「そりゃそうだよな――って、は?」

 今コイツ、なんて言った?
 タベタダケデワカル? ゆーきゃんでぃすてぃんぐいっしゅばななみんあずすーんあずゆーいーと?

「な、なんだ? そんな驚くようなことか?」

「なに、お前、食ったらすぐ分かんの?」

「あ、ああ。どんな栄養素もというわけにはいかんが、バナナミンなら大抵分かるぞ」

「なぜそれを早く言わんかあーっ!」

「うひゃあっ!?」

 アホかこいつは!? アホかこいつは!?
 もうひとつおまけにアホかこいつは!?

「返せっ! 俺の十六時間!」

「知るか! 美夏は貴様の言うとおりにやってやっただけだ!
 バナナまで食ったのに文句を言われる筋合いはない!」

「いつも通り、八時間に一本食っただけじゃねえかっ!」

「貴様こそ半分寝ていたろうがっ!」

 ぬうう……、口の減らないやつめ。
 まあとりあえず。

「リンゴは×、と」

「律儀だな……」


○ケース4 ???

「はあ、結局何だったんだ、今日は?」

「俺が聞きたい」

 張り詰める冷たい空気。深夜を回ってからの下校なんて、初めての経験だ。
 街灯では虫が舞い、ピコーンピコーンと聞き慣れぬ鳴き声も聞こえてくる。

 ん? 何かおかしくない?

「美夏?」

「はふう……バナナミンが……」

「ああー! 忘れてた!」

 結局今日最後のバナナミンを摂取してないではないか。
 あのまま言い合いしつつ保健室を後にしたから、すっかり忘れていた。

「ほら、待っててやるから食えよ」

 道の往来で立ち止まる。人も車も来まい。腰を降ろすくらいの余裕だってありそうだ。
 のんびりと空を見上げていると、不意に手を差し出された。

「……なんだよ?」

「早くバナナをくれ……」

「は? え、何、持ってないの?」

「な……っ、貴様が持っているのではないのか!?」

「……」
「……」

 じっ、と見つめ合う。
 それは恋人がキスをする直前のような雰囲気ではなく、むしろ責任をなすりつけ合う政治家同士のようだった。
 互いに相手を侮蔑することも忘れない。

「あれだけあったのにアホかお前は!?」
「あれだけあったのにアホか貴様は!?」

 きーん、と耳鳴り。夜中にいきなり叫んだからだ。
 近所の迷惑も少しは考えなさい、美夏。

「まあ、この時間なら誰も見てないし、いいんじゃないか?」

「いいとは、何がだ……?」

「煙吹きながら帰れば?」

「アホか貴様は――っ!?」

 いや、冗談だって。半分。

 実際俺も腹が減っているのだが、背に腹は代えられまい。
 鞄の中に手を突っ込み、念じる。

「ほら、美夏。これを食え」

「ぬ、これはあの時の……?」

「ああ」

 見た目はそっくり。あのスキー遭難時と全く一緒の、まんじゅうだ。
 美夏はそれを手に取り、一心不乱に食べ始め……?

「貴様これ……何だ?」

「あ、バレた?
 それリンゴ餡」

「だあー! 貴様というやつは、この期に及んで……!」

 やっぱり”バナナでないものをバナナと錯覚させて食べさせた”としても、バナナミンは摂取できないらしい。
 うーん、危機的状況ならテキトーこいても大丈夫だと思ったんだが。

 ――バナナ餡に偽装したリンゴ餡、×。
 ううむ。己のカロリーを犠牲にした嫌がら……試験だったのに。


○ケース5 バナナ餡

「うう、これだけ負荷がかかっていながら、貴様を怒鳴る美夏の身にもなってみろ……」

 叫ばなきゃいいじゃないか、というとまた叫びそうだったので黙っておく。
 もう一回鞄に手を入れ、念じた。今度はちゃんとバナナ餡入りのまんじゅう。

 俺が鞄から出すやいなや無言でふんだくり、そのまま一気に口に詰めこんだ。
 なんという食いっぷり。ちょっとヤケクソ気味なのがマイナスだが、こうやって食べてもらえれば凹んだ腹も報われる。

「あるなら最初から出せというのだ……っけぷ」

 分かっていたことだが、やっぱりバナナ餡ならバナナミンを摂取できるらしい。
 まあこのバナナ餡の製法自体、報告できるものではないんだが。

「……こほん。まあ、なんだ。
 きょ、今日は一日世話になったな」

「どうした? 改まって」

「明日も八時から実験なのだろう?」

「一応、そう聞いてるぞ」

 やる気は薄いが。

「なら、なんだ、その。
 今から貴様の家に行ってやらんこともない」

 帽子を目深く引っ張りながら、そんなことをぼそぼそと言う美夏。

 顔を真っ赤にしちゃってまあ。
 時刻は深夜過ぎ。俺の家に来たいというのはその、アレだ。泊まるためというかなんというか。

「はいはい。その方が起き抜けに実験できて楽だもんな。
 さ、行くぞ」

「ち、違う! 美夏はその方が起き抜けに実験できて楽だから――はへ?」

 なんだか混乱している美夏の手を取り、俺は桜通りを後にして――


       ○  ○  ○


 うらやま――もとい、以上である。



4.考察
 バナナミンは経口摂取以外の方法ではうまく摂取されないことが、既に「Takuma.S;HMシリーズにおけるバナナの重要性についての考察,2037」などにより明らかにされている。
 本実験において分かったことは、ロボット自身には口に入れたものの中にバナナミンが含まれているかどうかの判別ができる、ということである。
 それはつまり、ロボットに食べさせることがバナナミン特定の近道であるということだが、他方、彼らは偽りを述べることのできる知能を有しており、ここにはロボットとの友好的な協力が必要になる。
 またバナナミンが含まれているかどうかはデータとして排出することはできず、彼らの”感性”に頼るものであるため、それらは物理化学的な手法のみならず、哲学のクオリア論の方面からも探っていくことが望ましい。
 バナナ味という味そのものに安心感を覚えることはHMシリーズの原型である「Miharu」からの特徴であるが、もしかしたらこのいわば精神的作用が、バナナミンと仮称されている物質の正体である可能性が否定できない。これについての実験はある程度まで進んでいたのだが、「バナナに多量のトウガラシを混ぜ、目を瞑らせたままそれを食べさせ反応を見る」という試験の途中で被験者が逃亡し、信用に値するデータは得られていない。追って報告する次第である。


5.使用文献
 ・Takuma.S;HMシリーズにおけるバナナの重要性についての考察,2037

 ・ヌー 特別増刊号
  (バナナを大量に確保するために使用)

 ・爆乳レースクイーン・危険なナビシート2
  (共同実験者の確保に使用)

++++++++++


Short Story -D.C.U
index