本音換機

[Akatsuki no goei short story]
 屋敷。護衛任務に駆り出されたわけでもない休日の真っ昼間、オレはとある秘密道具を持参して自室を出た。行き先は麗華の所。外出時は基本的にオレが同伴しなければならないので、おそらくは自室、最悪でも屋敷内には居るはずだ。

 そうして廊下を歩けば、すぐに数人のメイドとすれ違う。休みもなく大変だね、と感心二割嘲り八割でその様子を見送りつつ、相変わらず(比喩でなく実際に)塵一つ落ちていない絨毯を踏み分けていく。足音がしないのはおそらくは絨毯の高価さによるものだと考えられるが、これを侵入者に対するメリットだと思うのは、まだボディーガード気質が抜けきっていないせいかもしれない。

「さて、と」

 幸いやかましいメイド長に捕まることなく麗華の部屋の前まで来て、見慣れた扉をこんこんとノックする。
 して、待つこと暫し。されど、返答らしい返答はなく。

「あれ……居ないのか?」

 もう一度、同じ調子でノック。
 しかしいくら待てども、部屋の主は姿を現さなかった。

「……」

 思案する。

 目の前には麗華の部屋がある。オレにはよく分からないが、まあ、安物の扉ってことはなかろう。そういえば金具がきいきい鳴いたこともなく、メンテも行き届いているようだ。もしかしたら防弾性くらいはあるかもしれない。

 ちなみにドアノブはいたって普通。おそらくカギはかかってない……と思うが、まあ、施錠はされていようがいまいが俺には関係ない。それでも無理に入って確かめたりしないのは、当然、中でおそらくはのんべんだらりとしているコナタ――ではなく、ソナタとカナタに対する警戒があるためである。

 誰が好きこのんで噛まれようと言うのか。頑丈であるという自負はあるが、痛いもんは痛い。それで喜ぶのはたぶんこの世で尊くらいなものだろう。

「ふむ」

 脳内会議の結果、一つの方法を導き出す。

 携帯で呼び出す、というのも芸がない。
 ここはひとつ、この間思いついた方法であいつを呼び出し、麗華の居場所を聞くことにしよう。

「というわけで……ほいっ」

 ごそごそとポケットをまさぐり、丁度あった未使用のティッシュ、切れ端を破って廊下の絨毯へと放り投げる。

 ひらりはらり、空気に揺れて不規則に落ちていくティッシュの切れ端。見ているオレの気分はもはや往年のナックルボーラー。ゆったりと時間をかけて重力に従いティッシュが落ちゆき、(無駄に)クソ豪華な青絨毯にふわりと接地、した瞬間。

「――いま何を捨てたか!?」

 聞き慣れた怒号は背後から。
 所要時間は0秒台。フライングギリギリ、世界を狙える速さだ。

「おお、相変わらず目聡いな」
「いいから、いま何を捨てたか!」

 ポケットからブツを取り出し、確認する。
 ご利用は計画的に、とか書かれていた。

「消費者金融のティッシュの切れ端だな」
「最期の言葉はそれですか。ポイ捨てした朝霧海斗は借金まみれで精神的に追い詰められた挙句富士の樹海で死ねばいい」

 豪快に人を罵りつつそれでもやっぱりゴミを拾うのは、いつの間にやらオレの眼前までぶっ飛んできたツキだ。
 もう一方の手には、掃除中だったのだろう、庭を掃くためのホウキがある。――ん?

「……え? お前庭に居たの?」
「そうですが何か、今晩の夕食はちり紙入りカレーの朝霧海斗?」
「後者は一応置いておくとしてだ、だってお前、庭からここまでどうやってこんな早く来たんだよ。俺じゃあるまいし」
「そんなことも分からないんですか、ミステリー好きは口だけですか、エセ読書家で実はラノベや漫画ばっかり読んでるけど他に趣味という趣味もないからしょうがなく履歴書に趣味は読書と書いている朝霧海斗?」
「おま……っ! 読書好きがもっとも怒りそうな台詞をよくもまあそう! しかも質問の答えになってねー!」
「名探偵ツキちゃんにかかれば造作もありません。そしてあなたは毎度毎度かませにされる警察の無能な刑事役って感じ」
「聞いてねえだろそんなこと!」

 ほんともう、人を罵ることにかけては無駄に高い能力を持っていやがるんだからこのメイド……!
 決めた。いつか泣かす。いやむしろ鳴かす。

「真実はいつも一つ。これは頭脳は子供、身体は大人な――あ、言い間違えました。これはあなたのことでしたね」
「いまわざとだろ! 絶対!」

 しかもそのひねくれた笑みがまたなんとも憎たらしい。

「この世に絶対なんてない。……こうやってはっきり言うとなんか伏線っぽくない? なんかトラウマがある感じ。ツキだけに陰陽両面併せ持つ美少女って感じ」
「同じ語尾が続くとバカっぽいぞ」
「なんかぁー、うちの屋敷にあさぎりうみとってのがいるっていうかぁー、これがチョーウザいっていうかー、もうあたしに色目使ってくるっていうかぁー、なんていうかぁー」
「……話が進まねえ上に、その喋り方腹立つわー」

 思わず天を仰ぐ。
 それを見てツキがにやりと笑うのもまたなんつーかムカツクなほんとに!

 落ち着こうとして失敗し、八つ当たり気味ながら話を強引に戻すことにする。

「それで! お前、どうやってここまで一瞬で来れたんだよ!」
「あー、その話? 嘘だから」
「あ?」
「だからぁー、私はホウキを戻しに来たときだったっつーかぁー、庭の掃除自体は終わってたっつーかぁー」
「……」
「そもそも私に2階建てハイジャンプなんて芸当は不可能なんだから、私は庭に居なかったという結論が論理的に正しい。すなわち理性的に正しい。よって人間的に正しい。ゆえに分からなかった海斗は人間失格であることが論理的に説明されました、以上。では」

 きっぱりと言い切って、ツキは形だけのお辞儀をしてくるっと踵を返す。

「……」

 唖然。
 そのあまりにメイドっぷりと断言っぷりに思わずそのまま見送ろうとしかけて――

「いやいや待て待ておかしいだろ色々と」
「あなたの頭が?」
「お前の脳みそだよ!」
「……あの、私だって暇じゃない。これ以上あなたの話に付き合えというなら、屋敷的公務執行妨害で麗華お嬢さまに告発します。今回の件はカレーにティッシュまぜるだけで見逃すからさっさとクソして寝てください」
「見逃してねーだろそれ!」
「大丈夫です。糸くずと違い、ティッシュは溶けて見えなくなりますから。身体に優しい合成繊維配合」
「全然大丈夫じゃねー! ……ああもうそれはいいや、それでその麗華のことなんだが――――」






       ○  ○  ○






「あんたバカでしょ?」
「うるせー。部屋でがんがん音楽鳴らしてる奴の方が絶対悪い。泥棒が入っても気付かずに他の部屋の物を全部盗まれるタイプだぞ、お前」
「その喩えが私にどれだけ意味あることのなのか、問い返したいくらいだわ」
「……」

 そう言って麗華はベッドに座り、はん、と鼻を鳴らしかねない態度でオレを見下した。

 ……つまるところ、結局麗華は始めから部屋に居た。相も変わらず大音量で音楽を聴いていたせいでオレのノックに気付かなかったというオチだ。
 だから少し強めにノックして麗華が部屋から出てきたときの、ツキのオレを憐れむような目といったら。「まあ朝霧海斗だし?」と心底バカにするようなあの目といったら!
 なにが「ついに愛想つかされたんじゃないですか」だバカヤロー、と今はもう屋敷の掃除へと戻っているツキに心の中で文句を言っておく。面と向かっては言わない。だって、カレーにティッシュ入れられたくはないだろう?

「なに独りでぶつぶつ言ってんのよ。用があって来たんじゃないの?」
「なんだよ、用がなくても来たっていいだろう? オレとお前の仲じゃないか」

 キザっぽく言ってみる。

「……」

 麗華はヘドロを見るような目で応えてくれた。

「ま、そう言われて嬉しくなる気持ち、分からなくはないけどね……。でもあんたが言っても嘘八百にしか聞こえないわよ。カギを勝手に開けなかったところを見る限り、いたずらの類じゃなさそうだけど」
「お前、オレをいたずら小僧か何かと勘違いしてないか?」
「あら、違うの?」
「……」

 どうしてこう、ツキといい麗華といい……!

「日頃の行いのせいでしょうが」
「いやだから、モノローグに突っ込むんじゃないと何度言えば」

 知るかそんなこと、と呟いて、相変わらず冷めた目線で見てくる麗華。どんだけ。

「で? ほんとに用もなく来たの?」
「あー、いやいや。……ったく、やっと本題に入れる」
「?」
「ふっふっふ、見て驚け。ぱんぱかぱーん! ペット音声変換機〜(ダミ声)」

 ティッシュを引っ張り出したのとは別のポケットをごそごそと漁り、ここに来た目的であるそのブツ、二組の受信機と変換機を取り出す。
 塗装もコーティングもされていない、素材が剥き出しの無骨な機械。試作機らしいから当然と言えば当然の見栄えだ。
 麗華がそれを見て少しだけ目を丸くする。超優越感。嬉々として解説。

「なんとこのペット音声変換機(仮)、動物の音声と人間の――」
「へえ、倉屋敷が作ってるってヤツじゃない。あんたにしては面白いもの持ってきたわね」
「――って知ってんのかよ! ああそうだよ悪いかよ!」
「なにキレてんのよ。これでも充分驚いてるし、感心してるわ。興味がなかったわけじゃないし」

 冷静に「驚いてるわよ」なんて言われても、優越感もなにもあったもんじゃない。
 かなりガックシ。……まあともかく。

 しかし興味あったという言葉はどうやら嘘ではなかったようで、なんの魅力も無さそうな無骨な機械にあっさりと手を伸ばす麗華。受信機と変換機を両手に持ち、小首を傾げながらためつすがめつし始めた。
 ツキならいたずらで、妙ならそのアホさでぶっ壊すこともあろうが、まあ麗華にその心配はないだろう。とりあえず触らせておくことにする。

「ソナタたちに試そうっていうんでしょ。あのポンコツから貰ったの?」
「ポンコツて……まあ、チビの方も含めてな。貰ったっつーか、性能評価版なんだと。貸し出すかわりに、意見感想評価をしてもらうってやつ。うちにペットが居るぞって話をしたら、じゃあ使ってみてくれって」
「ふうん。これだけのものだから、商品化一歩手前って感じね。危険性はないんでしょうね?」
「安全性の評価基準はクリアしたって聞いたぞ」
「そ。ならいいわ、やってみても。ソナタ! カナタ!」

 受信機を弄びながら、ベッドの下へと声をかける麗華。
 応じて、飛び出てくる二つの影。行き先は麗華のもと……ではなく。

「フゥーッ!!」
「だー! こいつらはもう!」

 飛びかかってくるチーター二匹を鮮やかに回避。
 そのまま返す刀で延髄あたりに思いっきり肘打ちかまそうとして、慌てて身体を制止する。そりゃそうだ。ここでソナタやカナタに泡吹かせようものなら、その次に地獄を見るのは間違いなくオレになる。スタンガンの1つや2つじゃ済まないだろう。

 そしてその様子を、麗華はどこかあきれたような目で見ていた。なんとなく麗華のデフォがこの表情っぽい気もする。……オレに対してだけか。

「あんた、ホントに反射神経いいわね。チーターより速いなんてどこの野生児よ」
「言い方次第だな。さすがに直線走らされて、チーターから逃げられるほど速かない」
「当たり前でしょ。時速100キロで走れたらもはや人間じゃないわよ。ま、色んな意味で常人離れしてるとは思うけどね。脳みそとか」
「珍しく褒めたと思えば、オチはそれか! 褒めるなら素直に褒めろよ!」
「はいソタナ、カナタ、警戒はもういいから。こっち来なさい」

 シカトかましやがった。

「うっさいわね。で、これどうやって使うのよ? コレがマイクだから、こっち側がスピーカーで……?」

 スイッチやライトを一つ一つ確認していく麗華。
 試作機だからか説明の文字なんて一つも入っていないのに、論理的に理解できるあたり流石といったところだ。
 ああ見えて彩も機械には強いらしいし、血筋かも知れない。

「小さい方が受信機で、それを動物につけるんだと。んででかい方、変換機のスイッチをONだったかな」
「ん。ちょっとじっとしてなさい……?」

 ソナタとカナタを膝に呼び寄せ、首筋にその細い指をうずめる麗華。
 対してチーター二匹は、ふにゃっとその表情を一気に緩めた。このあたりはやはりイヌやネコ的な愛玩動物らしさがうかがえなくもない。麗華は受信機をつけるついでにあやしてやってもいるようで、ペット二匹はまさに「ごろごろ〜」といった感じで気持ちよさそうに猫なで声(そのまんまだな)をあげている。

「それでこっちの電源を……麗華?」
「……」

 そうしてオレが変換機のスイッチを入れようと手を伸ばすと、なぜか麗華は制するようにオレに手を被せてきた。
 疑問に思って表情を見れば、どこか戸惑っているかのようなそれ。何でもバカみたく即断即決する麗華にしては珍しい顔だ。

「おい、麗華?」
「いえ……なんか実際できるとなると、ペットと会話する、ってのもどうなのかと思ってね。案外、商品化されてもさほど流行らない気がするわ」
「どうした? そいつらが心の底ではお前が嫌ってるかもしれない、なんて怖じ気づいたか」
「まあ、そんなとこ」
「マジかっ!?」

 そんなまさか。麗華が自分に自信が持てなくなるとか、ありえないったらない。
 そりゃもうツキが真面目なメイドになるとか、尊が寒くないギャグを言うとか、メインヒロインの妹のくせに出番がサッパリのキャラが居るとか、そのくらい――――ああまあ最後はありえるか。

「別に私とこの子たちについてじゃなくて、一般論としてよ。それにどの程度会話できるようになるんだかは知らないけど、誰しもペットの前だからこその顔ってもんがあるでしょう? なのにペットが喋れるようになったら、その関係が崩れそうじゃない」
「ま、分からなくはないけどな。それと他人と会話が成り立つのも問題か。バストアップエクササイズの頻度とか、一人でシてる回数とかバレるもんな」
「やれ」
「ガウッ!」
「痛っつ――――っ!!?」

 こいつら本当は言葉理解してるんじゃねえのか畜生!

「余計なこと聞いたら噛ませるわよ?」
「もう噛んでるっつーの! ったく……」

 左足に噛みついたソナタの首根っこを掴んで引っ張り上げる。
 ぷらーんと四肢を放り出す格好の獅子もどき。威嚇する顔だけは一丁前だ。

「フーッ!」
「落ち着け、別に煮て食ったりしねーから」
「……グルルルル」

 しばらく手足をばたつかせて反抗する様子を見せていたものの、オレが麗華の膝上に戻そうとしているのを悟ると、途端に大人しくなったソナタ。無論、その目はオレを捉えてはいるが。
 ……本当に言葉理解しているんじゃないだろうな、コイツ?






       ○  ○  ○






「それじゃスイッチ入れるわよ」

 しばらくだらだらやったあと、ついに意を決して(麗華が)、ようやく機械を使ってみることに。ベッドに座って膝上にペット二匹を従えるいつもの体勢になり、変換機のスイッチをONへと切り替える。
 ソナタとカナタの首筋が赤く光るように見えたのは、おそらく受信機が反応した目印なのだろう。
 特に音がしたわけでもないので、きちんと動作しているのか不安になりつつ、二匹の第一声(?)を見守る。

 と。

『ねえねえソナタ、首のこれってなんなのかな』
『分からないが、麗華がつけたのだ。海斗のいたずらの類ではなさそうだし、取るわけにもいかないだろう』
『そっかー。っていうか海斗、いつまで居るんだろう? 噛んだら出て行くかな?』
『麗華の命令ならいざ知らず、勝手にするのは感心しないな。麗華の手前、いくら相手が海斗であろうとも』
『そっかー。うー』

 …………。

「……」
「……」

 オレと麗華は、思わず目を見合わせて。

「「しゃべった」」

 いやまあ、喋るようになる装置をつけたんだから、当然っちゃ当然ではあるのだが。
 そしてまた、オレと麗華のそのハモりに対し、ソナタとカナタもびくっと耳を張り立てて。

 どうやら双方向とも、感度は良好であるらしい。
 きょろきょろと驚きつつも不思議そうにあたりを見回す二匹。視線をあげれば麗華も同じような表情をしていて、お前が驚いてどうすんだよと声をかけてもみたくなる。

 しかしまあ、さっきのはともかく、一言目は飼い主に譲るのが筋だろう。
 麗華に視線で促すと、こくりと頷いて。

「ソナタ、カナタ。私の言葉、ちゃんと聞こえてる?」

 麗華の撫でながらの声かけ。
 カナタが真っ先に反応した。

『え、麗華? ねえねえソナタ、また聞こえたよね! 麗華の声だよね!?』
『信じがたいが……そうらしい。どういうことだ?』
「そっちのも聞こえてるわよ、ソナタ、カナタ。あなたたちにつけた機械で、会話できるようになるみたい」
『わーい、麗華の言葉が分かるよ! 麗華、麗華〜!』
「わわっ、ちょっとカナタ……きゃっ!?」

 さっきまでの大人しい態度はどこへやら、カナタがぴょーんと麗華の慎ましやかな胸元へ飛びつく。
 そのさまは待ちわびた主人の帰宅に対して飛びかかる愛犬そのものだ。尻尾までふりふりして、声からも分かるとおり、カナタは随分と無邪気らしい。

『こらカナタ、嬉しいのは分かるが麗華に対し失礼だろう』
「……あのねえ、ソナタ。カナタに続いて私に飛びついたのはどこのチーターかしら?」
『う……』

 対するソナタは大人びた言動に変換されているが、されど所詮はペット。カナタとは反対側から嬉しそうに麗華へじゃれつき始めた。
 ギャップが動物らしいといえば、まあ、らしい。畜生風情、本能には勝てないということだ。

「まあいいわ。喜んでいるっていうのなら、今回くらいは無断で飛びついてきたことは大目に見ましょう」
「なに偉ぶってんだよ。お前だって無茶苦茶破顔してるくせに」
「やれ」
『あいさー!』
「っつ――!! 逆ギレにも程があるだろ!? お前らも理不尽な要求をあっさりと!」

 左足と右腕に噛みついてきた二匹に悪態つきつつ、首根っこ捕まえて引っ剥がす。
 言葉が通じるようになって噛む力に若干の手加減が見られた……ような気がしなくもなくもない、か?

 それでもオレが居残ることへの不満を隠そうともせず、ソナタとカナタは麗華にひっつきつつ、オレの方をじーっと睨んでくる。
 それだけなら普段通りなのだが、これで喋れるというのだから違和感がないわけもなく。

「うーん……しかし、本当に喋れるようになるとは。なんか結構賢そうだし」
『お前に褒められても嬉しくもなんともないぞ、海斗』
「しかも可愛くねー! 小憎たらしいあたり、飼い主に似たか」
「やれ」
「またかよっ!?」

 そうそう噛まれてばかりもいられない。
 今度はソナタとカナタをあっさりと回避。

『うう……相変わらず速いなあ、海斗のくせに』
「なんだその”のび太のくせに”ばりの台詞は」
『そのままの意味だろう?』
「そのままの意味でしょうね」
「……」

 麗華はともかく、どうしてチビチーターごときにバカにされなきゃならんのかと。ならんのかと!
 なまじ賢いだけにむかつき具合も人一倍だ。カナタの方はまだ愛嬌があるが、ソナタはなんというかこう、ツキがもう一人増えたような居心地の悪さがある。

「……最悪だな」

 ツキが二人とか、どんな悪夢か。

「ねえ、この機械ってつけっぱなしでもいいのかしら?」

 そんなオレのナイトメア夢想など露知らず、麗華がくるくると変換機を指で回しながら(器用だな)尋ねてくる。
 膝上にはいつの間にか再びくるくるとじゃれついているチーター二匹。よっぽど麗華と喋れるようになったのが嬉しいのだろう。麗華もそれを感じているのか、かなり楽しそうな顔ではあるのだが、指摘するとまた二匹をけしかけられそうなのでそれはやめておく。

「んー、よく分からんが、長時間の着用は徐々に慣れさせるようにしたほうがいいんじゃないか? 普段分からない言語が分かるようになるんだから、負担にもなるだろ」
「それもそうね。……ええ、それじゃしばらくこの子たちと話してみるから、あんたは部屋に戻っていいわ。何かあったら呼ぶから」
「なんだよ、オレがいたらいけないのか?」
「あんた絶対余計なこと聞くでしょ」

 そりゃ勿論。

「だからダメだっつってんのよ。ねえ、ソナタとカナタも、海斗がいない方がいいでしょう?」
『それはもちろん』
『海斗はかえれー。麗華の言うとおりさっさとかえれー』
「ほら」
「あー分かった分かった。んじゃお前は部屋で独り動物相手に会話するというなんともわびしい時間を過ごしてくれ」
「ええ、そうさせてもらうわ」
「……」

 皮肉をさらっと流して、麗華はソナタとカナタをあやし始める。
 ……仕方がない。やぶ蛇になる前に、さっさと部屋を退室することにしよう。






       ○  ○  ○






「海斗。なにやら麗華お嬢さまのご機嫌がすこぶる良いらしいが、理由を知っているか?」
「さあ? おおかたバストが1mm増えたとか、そんなとこじゃねえの」
「ふむ。何をしたかは知らんが、ほどほどにしておけよ。ま、悪いことではないがな」

 オレの返答なんぞ最初からアテにしていなかったのか、佐竹は嬉しそうにそう言いながら食堂を出ていった。

 ……時刻は既に夕飯時。早めに来ていた佐竹はどことなくその強面が緩んでいて、理由を聞いてみたところつまりはそういうことらしかった。
 おそらく麗華の機嫌、オレがらみであるというのは容易に想像できたのだろう。他人の手前、食堂の端ではツキもいつものように佇んではいるが、どことなくオレにその理由を尋ねたそうにしてもいた。

 いやしかし、そこまで露骨に機嫌が良くなるとは。
 麗華もなかなかに単純だ。

「おい、今のはどういうことだ、海斗?」
「ん? なんだ、オレの隣から聞き慣れない男の声が……」
「何が聞き慣れないだ! 僕の声なんてよく知っているだろう!?」
「悪い、声のない尊に用はないんだ」
「意味が分からん……」

 結局夕飯が終わるまで声のない尊をさっくりと無視して、さっさと自室へと戻る――――わけもなく。

「さて」

 尊を振り切り、やってきたのは再び麗華の部屋の前。
 この時間、麗華たち二階堂の家族が食堂でオレ達とは別の食事をとっていることは分かっている。
 つまり、この部屋の主は留守と言うことで。

「お邪魔しますよっと」

 かちゃかちゃっと針金一本、ものの5秒で解錠完了。
 対不法侵入者用猫科動物に気を付けつつ扉を押し開けたものの、しかし、飛びかかってくる影はなく。
 不思議に思い、目を凝らす。対象はあっさりと発見できた……というか。

「なんだ、寝てんのか」

 暗い部屋、ベッドの上。タオルにくるまれたチーター二匹が見事に爆睡かましていた。
 黙ってれば可愛く見えるところまで麗華にそっくりか、なんて愚痴も吐きたくなるほどの愛くるしさ。くうくうと眠りこけるその姿、まんま愛玩動物だ。腹をくすぐってやりたくすらなるほど。

 いやしかし、これはこれで都合が良い。
 机の上に置きっぱなしにしてあった受信機をカナタにくっつけ、変換機のスイッチをONに。そのままカナタの頬をふにふにと触っていると、しばらくして目蓋が揺れ始めた。起きる。

『ん〜……? どしたの、麗華……?』

 寝ぼけ眼。部屋が暗いことも相まって、うまく識別できていないのだろう。
 丁度良い。そのまま話をすることにした。

「眠ってたところごめんね、カナタ。さっきまでの話、口止めしとこうと思って」

 無論、声真似でだが。
 ちなみにこの技術、ピッキングと並んでプロレベルだと自負している。世が世ならこれで全国デビューできていたに違いない。独り芝居だってできる。寒いからやらねーけど。

 ともかく、本来であればその野生的勘で気付かれたかもしれないが、いかんせん寝起きのカナタ、そこまで見抜くことは叶わなかったようだ。

『さっきまでって……ん〜、海斗の話?』
「オレの話かよっ!」
『?』
「あ、いえ、こほん。そうそう、海斗について。どんな話だったか覚えてる?」
『覚えてるよう。だって麗華、すっごく楽しそうに喋ってたもん。ああいうの”のろけ”って言うんでしょ? ソナタが言ってたよ』

 ペット相手にのろけ話……。
 想像するととてつもなく寂しい感じがしなくもないな、うん。

『僕は海斗が嫌いだけど、海斗の話をしてるときの麗華は好きだよ。今までは内容まで分からなかったけど、今日は分かったしね。まだちょっと、海斗がそんなに自慢するほどすごい人だと納得できたわけじゃないけど……でも、麗華がすっごく海斗のこと好きなのは伝わったよ』
「…………」
『あ、一緒に映画見に行きたいとも言ってたよね? あんまり応援したくないけど、でも、誘うの頑張ってね』
「…………」
『麗華?』
「あ、ううん、ええと、そうそう。えっと、そういうのって海斗に伝わると恥ずかしいでしょ? だからあいつには言わないで、ってことをね、その。あいつ、平気でカギ開けて入ってくるし」
『うん、分かった。……ああ、そっか、ごめんなさい。ソナタはそういうのに気が回るから、起こさなくても良かったんだね。僕はうっかり喋っちゃいそうだったから』
「え? え、ええ、まあ、そういうことかしら」

 そういうことにしておこう。

『それじゃ、分かったから寝てもいいかな? まだ眠いよう』
「うん、ごめんね、起こしちゃって。おやすみ、カナタ」
『おやすみなさい』

 言って、ぱたり、と再び寝入るカナタ。よほど眠かったのだろう、すぐに規則的な寝息を立て始めた。

 なんとなく軽く額を撫でてやってから、受信機を取り外す。
 ついでにタオルもかけ直してやって、変換機のスイッチをOFF。元あった場所へと戻して。

「……」

 ゆっくりと部屋を出て、音をなるたけ立てないようにカギをかけ直す。
 これで大丈夫。シーツをずらすなんてヘマもしていないし、流石に麗華も気付かないだろう。






       ○  ○  ○






 そうして踵を返し、さて自室に戻る前に尊かツキをからかおうか、なんて考えて廊下を戻っていくと、丁度曲がり角、出会い頭。

「あら? こんな所に居るなんて、なんか用事でもあった?」

 私服姿、夕食帰りの本物がご登場。
 予想より食べ終わりが早かったらしい。のんびりしてたらアウトだった。危なかった。

 そのまま麗華は立ち止まり、腕を組んでいつもの呆れ顔。

「でもあんたね、この時間は夕食だって言っておいたでしょ? 用があるなら事前に言いなさ――ひゃっ!?」

 会った途端の憎まれ口。
 しかし今回それを遮ったのは、どうやらそのツインテールの頭にのせたオレの手のひらのようだった。

「……は?」

 麗華の甲高い驚きで我に返って、ふと見れば。
 そう。麗華の頭を、撫でていた。オレが。

 ……やべえ、無意識だった。

「ちょ、何よ、いきなり……?」
「うるせー。いいから黙って頭撫でられてろ」
「なによそれ、変な言い草」

 持ち前の鉄壁で表情を揺らさぬよう気を付けつつ、誤魔化しまぎれに少し強めにわしゃわしゃと麗華の頭を撫で続ける。
 他人には触れることを許さない、長くて艶やかな髪。鮮やかなそれは入浴前だというのにしっとりとしていて、ずっと触れていたくなるような感覚すら覚えた。

「私のこと、ソナタやカナタみたく思ってるんじゃないでしょうね」

 視線を逸らしつつのそれは、牙の欠けた歯での甘噛みのように。

 唐突なその出来事に口を尖らせつつ、しかしその場から立ち去ろうとしないどころか、手すらのけようとしない麗華。
 このあたり、ほんとチーターとそっくりだ。言動と行動の不一致。とすればさて、オレは似てるのやら似てないのやら。

「……あんたが全然恥ずかしそうじゃないのが、すっごく気にいらないのだけど」
「言ってろ」

 そうしてしばらく頭を撫でていたが、やがて廊下に響く足音に反応してふっとオレがその手を離す。
 あっ、と麗華が呟いたように聞こえたのは、まあオレの錯覚だったということにしておいた方がいいだろう。

「ん? どうしました、二人して。というか麗華お嬢さまはともかく海斗がなんでここに居るか」

 メイドだとは思ったが、歩いてきたのはツキだった。
 ずっと食堂に控えていたのに、今は手にホウキを持っている。ほんと、仕事熱心だ。褒めてやろう。

「感心感心。今日も元気にKYだな、ツキ」
「いえそんな、海斗さまほどではありませんから」
「……」

 初撃カウンター入ったっ!
 ……相変わらずうぜえ。

「それで、なんでここに海斗が居るか?」
「別に。んじゃオレはそろそろ風呂行くから、麗華はちゃんと二匹の面倒見てやれよ?」
「え? ええ。ま、といってももう寝てるんだけどね、二匹とも」
「そうか。あ、君は引き続き掃除を頑張りたまえ」
「なんで海斗が偉そうか」

 言い合って、それぞれ別方向へと散っていく。
 なんとなく名残惜しさを隠したような麗華、首を傾げているツキを見送って、オレも自分の部屋へと足を運ぶ。

 廊下、窓の外は既に暗い。
 そして明日の休みが終われば、月末までは休みらしい休みもなく。

「……ったく、めんどくせえ」

 舌打ち、あるいは溜息。
 それでも足取りが軽く感じたのは、それこそ錯覚であるとオレ自身としては思いたく。

 自嘲し、しかし感心もする。
 今し方別れたばかりの、麗華の顔を思い浮かべて。

「さて、何の話が似合うかね――?」

 機械にさほど強くはないが、やってみるしかないだろう。
 オレが自由に使えるあの携帯で、映画の予約というものを、さ。


++++++++++


Short Story -その他
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