Desire for the Reason

[Angel Beats! short story]
「次、どっちだ!」
 息が上がりはじめているのを感じる。山肌そのものといっていいくらいの足場の悪さ。加えて明かりがほとんどないせいで視界は絶望的に悪く、影どころか床に転がる大きな岩すら見つけるのに苦労する始末だ。目を凝らし、転ばないように気を付けながら走り続けてはや十数分経つ。集中力も足の疲労も溜まってこようというものだ。
 ギルド、その最奥への道は、俺の記憶が確かならもうしばらく続くはずだった。
「日向! 右か、左か!?」
「ここはたしか右だ右! んで、その後の十字路はたぶん真っ直ぐだ!」
「まったく、貴様らの陣地だろう。確かだの多分だの、道順すら確実でないとはどこまで馬鹿なんだ貴様らは? ……あ、音無さんはこの世界に来て日が浅いので知らなくて当然だと思いますが」
「うるせえよっ! だいたいこの洞窟は俺たちが作ったんじゃなくて、最初からあったんだよっ!」
「次、左よ。――ッ!」
 かなでが先行し、突き当たりを左折する。やや遅れて俺が続くと、かなでは出会い頭の影をハンドソニックで造作もなく切り裂いていた。暗闇の中、さらに黒い靄が粉微塵に霧散していく。
「ったく、何体居るってんだよ……。なあ日向、オールドギルドにはNPCは居なかったはずだろ?」
「ああ、そのはずだぜ。……ってことはアレか、この影は俺らとは別のルートからここまで来たってことか?」
「フン、トラップが聞いて呆れるな。――音無さん、上!」
「次から次へと……!」
 すぐさま右手の拳銃――グロックを頭上へと向けぶっ放す。パァン、という甲高い破砕音。同時、眼前へと迫っていた影が人間で言うところの頭をぶち抜かれ、あっさりと消えていった。
「っつー……! 悪い、助かった。けど、このまま長いこと居たら弾切れより先にこっちの耳がイカレそうだ」
 きーん、と耳鳴りが数秒。それは耳当てもなしに狭い洞穴で拳銃をぶっ放す代償だ。
「ま、これだけ狭いと反響もするさ。耳がおかしくなる前に、さっさとゆりっぺを助けにいこうぜ」
「道案内もロクにできない貴様に命令される筋合いはない。それに勘違いするな、僕はあいつを助けるわけではなく、音無さんの――」
「行くわよ。あそこを右に曲がれば次の階に降りられるわ」
 かなでが駆け出す。そのまま這い寄る影を実体化したハンドソニックで切り裂きながら奥へ、奥へ。曲がり角までの通路を確保した後、俺たちも後へと続く。走りながら、まだ弾の残る弾倉を取り出してリロードを完了。曲がり角をクリアリングして更に奥へと突き進む。
「お――ッと! ……なあ音無、次で何階になる?」
 かなでの討ち漏らしを日向が.45口径で吹き飛ばしつつ、俺たちの現在位置を――って。
「いや、俺はてっきり日向が分かるもんだとばかり思ってたんだが」
「おいおい、ちょっと待て! 道順は見ればなんとなく思い出せるが、俺だって一人でここ通ったことなんてねえんだよっ! 階層まで分かんねえって!」
「ほんとに使えん奴だな。催眠術を使うまでもなく洗濯バサミ以下か、貴様」
「なんでだよっ! 実際、おまえも音無も何階か分かってないじゃねえか!」
「音無さんはこの事態を収束させる手段を考えていたんだから、そんな余裕がなかっただけだ! そして僕は音無さんを守るという崇高な使命があってだな」
「そんなもんお互い守って当然だ! っていうか一番戦ってたのは先頭の生徒会長だろうが!」
「アレと比べるな、アレと! 数も数えられないトイレットペーパーよりは遥かに役立っている! ね、そうですよね音無さん!」
「なあかなで、次で何階だ?」
「ここが27だから、28階ね。……先に行くわ」
「音無聞いてねえしッ!?」
「いちいちお前らの口げんかなんて聞いてられるか! 聞いたとおりだ、最下層は近いぞ! ――ッ、日向、かがめっ!」
「うおっ!?」
 背後からひたひたと迫っていた影を日向の頭上越しに撃ち抜いて、感謝の言葉を受け取りつつ先に降りたかなでに続いて次の階へと足を進める。
 なんとか最下層まではたどり着けそうだった。





       ○  ○  ○





「ここに居ないとなると……オールドギルドまで行ったな、こりゃあ」
 最下層、爆心地。かつて”天使”との戦いで放棄したギルドのあった巨大空間に、しかしゆりの姿はどこにもなかった。
「ここより先があるのか? どれだけ大きな洞穴なんだ、これは」
「あたしもここから先は知らないわ。……けど、彼女の思いはここよりずっと下から感じる」
「あんたがそう言うなら、きっとそうなんだろうよ。ゆりっぺの奴、突っ切るときはとことんだからなあ」
 まいったねどうも、なんて呟きつつ日向は頭を掻いてみせる。その表情と口調の差がどこかおかしくて、俺はなぜだか少しだけ笑ってしまった。二人から始まった戦線、という言葉が本当なのならば、日向はゆりとはじめて会った人間ということになる。あのゆりと俺よりずっと長い間付き合ってきた日向であればこその言葉と感情、同情と羨望が同時に沸いてくるのを自覚した。
「でも日向、オールドギルドに影を操る黒幕が居るっていうのか? あそこ、何もなかったろ?」
「だから行きすぎたんだろ。んで、行ったはいいが帰り道を影に塞がれてる、とか」
「それなら急いだ方がいいわね。道は分かる?」
「それは愚問だろう。こいつのおつむはニワトリ以下、いやそれどころか洗濯バサミ以下だ。この世界で死にすぎて脳みそがペーストになっているとしか思えない」
「おまえは俺を馬鹿にしすぎだっ! オールドギルドまでの道は複雑じゃねえから俺だって覚えてるっつーの! ほら、こっちだ!」
「間違っていたら今度こそその脳漿ここでぶちまけるぞ……」
 道案内の日向たちが先行して奥へと進む。五里霧中の暗闇、少し歩けばすぐに影と接敵だ。時を待たずに火線と轟音が乱れ飛び始める。
「……行かないの?」
「いや、行く。行くけどさ……」
 小首を傾げるかなでに答えながら、側面から飛び込んできた影を片手持ちのまま撃ち抜く。ちょっとだけ緩和される反響音。それでも耳に痛いことに変わりはなく、かなでとともに日向の方へと足を動かしはじめる。
「ゆりは助ける。NPCなんかにさせるつもりはない。……でも、それからどうしたらいいのかなって」
「行き先が分からないということ?」
 走りつつ、ハンドソニックで2つ3つの影を切り飛ばしながらの返答。それに俺は首を振って。
「そうじゃない。行き先というより、行くべき場所というか……そもそもゆりは、単独行動をとってまで何処を目指していたんだろうって」
 確かめたいことがある。ゆりはそう言った。仲間を誰一人として連れず、単身でその”確かめたいこと”とやらの方へと真っ直ぐ向かっていった。日向の言葉を借りるのなら、とことん突っ切ったんだろう。
 けどそれは、果たしていったい何処なのか? もっと言えば、ゆりは何を目指していたんだろうか?
 この期に及んでゆりはギルドに来たかったわけではないだろう。何かを目指した結果、そこがギルドだったというだけだ。
「ゆりが何かに目星をつけていたことは確かなんだ。でもその意図が分からなくて――ッと! 邪魔、するなっ!」
 降って沸いた2体の影を続けざまに射抜く。パカァン、といつもと少しだけ違う音と感触が伝わり、俺はそのまま弾倉をリリースした。ホールドオープン。いわゆる弾切れに、新しい弾倉を入れ替える。
「分からない?」
「えっ?」
「彼女は影を消そうとしているはず。理由はたぶん、まだ諦めていないから」
「諦めていない? 何をだよ?」
「あたしを天使に見立てて、神を引きずり出そうとしてたんでしょう?」
「あ――――」
 そうして呆気ないくらい、ゆりの考えに思い至る。
 ゆりが影を消そうと奮闘したのは、俺たちを助けるためだけなんかじゃない。強制的なNPC化。それは、納得して消滅することができなくなるという俺たちにとっての脅威だけじゃなく、神に抗う意志すら剥奪されるという脅威でもあるんだ。
 だいたい、あいつはまだ納得して消えるという選択肢を選んではいない。なればこそ、影は敵だ。そしてその発生源が突き止められたのなら、それはかつての”天使”と同じ役割を担うことになる。つまりは神、もしくはそれに準ずる存在として。
「じゃあ、ゆりは原因を突き止めて、その元凶に――”神”に一撃でも食らわせようって思ってるっていうのか。その、SSSの設立理念をそのままに」
 たぶん、そう。短くそう呟いて、こくりと首を縦に振るかなで。
 なんてこった。すっかりゆりの気持ちを失念していた。俺たちの考えを見抜いて、団員にそれを説明させたからすっかりその気になっていたけれど、ゆりなんか”そう”じゃない考えの持ち主の筆頭ともいえる人間だ。そしてだからあいつは地上での影掃討とその中での団員の説得に与せず、こうして単身敵地へと乗り込んだっていうことか。
「じゃあ、あいつは救われてなんていないんじゃないか。相手が神だっていう保証なんてどこにもない。それどころか、原因があるなんていう証拠すらない。よしんばそうだったとしても、その神もどきに銃を乱射することであいつの無念は晴れるっていうのかよ!?」
「本人も、頭では分かっているんだとは思うわ。――下がって」
「っ!」
 思考の混乱と、一瞬の油断。間隙を突いた攻撃もけれどこちらに届くことはなく、すぐさま反応したかなでによって影が瞬時に消え失せる。
「すまん、助かる。……けど、それじゃあ尚更だ。俺たちはゆりを助け出して、その後どこに行けばいい? 神への反乱なんてものを、事ここにいたってもなお支援するべきなのか?」
「その判断は、あたしがするものではないわ」
「おい、どうした音無!」
「こっちです、音無さん!」
「……っ! 今行く!」
 なおも近寄る影をかなでが流れるように捌いていき、視界ぎりぎりで蠢いている影は俺がしっかり狙って撃ち抜いていく。さらに5体を処理したところでようやく日向たちに追い付いた。一息ついて、残弾を確認。もう少し余裕がありそうだった。
「こっからがオールドギルドに続く道だ。かなりの数の影がいるっぽい。ゆりっぺはその奥だろうな」
「頼めるか、かなで」
 こくりと頷き、かなでが細い通路へと足を向ける。けれど、その途中。
「たぶん、最後はゆり自身が決めると思うわ」
「え? それは――」
 どういう意味だ、そう問いかけようにも、かなではあえて会話を切り上げるようにその姿を通路の奥へと消してしまった。宙を泳ぐ差し出した右腕。二の句を告げない俺に日向の不思議そうな視線が向けられる。
「なんの話だ? ゆりっぺが決めるって」
「いや……。それより急ごう。ゆりが影にやられてちゃ、元も子もない」
「っと、それもそうだな。おい、おまえも急げよ?」
「洗濯バサミどころか折れたハンガー並に使いようのない貴様が僕に命令するな。そんな暇があったら、さっさと通路の安全を確保しろ。あ、音無さんの安全は僕が確かめますから安心してくださいね」
「はいはいそりゃどーも、――ッと」
 最後の一人が残るのを待っていたかのように飛びかかってきた影をしっかりアイアンサイトに収めて撃ち抜いてから、俺も三人の後に続いて通路へと降りるため足を動かす。
「……さて」
 かなでの言うことが正しければ、ゆりはこの奥に居るのだろう。ゆりを助ける。その方針に変更はない。そうでなければ、俺たちの意志を継いでくれた仲間を残してまでここまで来た意味がない。ただでさえ俺たちは、影の襲撃の合間を縫って団員の説得にあたるという、自ら言いだしたその任を放棄してきているのだから。
 問題はその後だ。ゆりが危ないというからこうして助けに来てしまったが、助けてそれからどうするのか。
 ゆりを強制的に地上に戻す? ……馬鹿か。そんなことをするくらいなら、最初から単独行動などさせちゃいない。
 ピンチを救ってハイ解散、俺たちだけ地上に戻る? ……それもマヌケだ。ゆりが再び危なくならないという理由なんてどこにもない。
 とすればやはり、ゆりの目的を――少なくとも”その場所”にまで到達するという目的を果たす手伝いはしなければならないだろう。
「ああ、そうか。だから最後はあいつが決めるっていうのか、かなで」
 俺たちはゆりの望む通り、あいつをそこまで送り届ける。そして見届けるんだ、あいつの最後の審判を。
 そこに居るのが神であろうが何であろうが、それを確認するまでゆりは決して納得しやしない。そしてそれが神であっても、やはり納得はしないのだろう。理不尽を呪い、神を撃ち抜いたところで、それは岩沢やユイの”それ”とは本質的に異なるものだ。
 だからどのみち、あいつは最後には決めねばならない。この世界に来てからあいつが目を向け続け、目を逸らし続けたその問題の解決法を。”天使”もいなくなり、影が現れ始めたこの時になって、ついに。
 それは満足いく最期を迎え、この世界での日も浅い俺には理解できないほどの辛さだろう。けれどだからこそ俺が、俺たちが、そのゆりの決断を見届けてやらなくっちゃいけない。死んでたまるか戦線、その存亡を認めてやらなくっちゃいけない。
「だから、行こう」
 俺もまた決意を込めて、そう口に出す。腹は決まった。やるべきことが決まれば、あとは黙々とこなすだけだ。
 けれど願わくば、彼女もまた自分自身の手で救われる道を選び取れますように。居もしない神様にそう祈って、俺はみんなの後に続いて通路を進み始めたのだった。


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Short Story -その他
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