Rocket Launch

[Angel Beats! short story]
 がちゃりと音を立てて、扉から部屋の主が出てくる。二つあるネームプレートの表示枠。にも関わらず、提示されている名前はいつだってただの一人だけ。
 そんな不遜をやったのは、結局のところ後にも先にもこいつだけだった。戦線どころかこの世界で唯一といっていい、自力で寮の個室を奪い取った人間。いつだってこいつは俺たちの理解を越えていた。そしてだからこそ、戦線なんて冗談みたいな存在がこうしてここまでこれたんだとつくづく思う。
 ……あれから3日後。ゆりっぺがようやく目を覚ましたのがつい先ほどのことだ。俺たちの涙ぐましい努力も知らないで、なんて不満も漏れそうになったが、それでもこの世界で3日も寝込むほどの怪我を負っていた相手にそれを口に出せるわけもない。
 これから行われる”卒業式”。一番の堅物の葛藤が終わったと聞いて、音無はすぐにその挙行を俺たちに告げた。ゆりっぺにとっては慌ただしくもあったろう。それでも素直に頷いて、こうしてパジャマから制服へと着替えを済ませてしまったこと、俺は内心かなり驚いていた。けれどそれでいいと本人が言うのだから、そこに俺が口を挟む余地はない。
 この世界にはありえなかった青白の制服。反抗の証し。誰よりもそれを着こなすその後ろ姿に、なるたけ驚かせないよう声を投げかける。
「よっ。だいぶかかったな、ゆりっぺ」
「……日向くん?」
 律義にドアノブにカギをかけようとしていたゆりっぺが、目を丸くしてこちらを見上げてくる。しかしそれも一瞬のこと。すぐに左右非対称の渋面を作って、吐き出されるのはいつもどおり、遠慮のえの字もない舌鋒。
「ここ、女子寮なんだけど? しかも寮の前で待ってるって言ったのに扉の前で待ち伏せなんて、なに、ストーカー?」
「なにが女子寮だよ。おまえの他にはもう生徒会長とNPCしかいねえっつの」
 言って、廊下の壁に預けていた背を持ち上げる。ゆりっぺが準備をし始めてから結構な時間そうしていた。みんなは待ちくたびれているんじゃないだろうか、なんてことをふと思う。
「NPCだって男女の別はあるし、そもそもそれだとストーカーのところは否定しないってことになるわね」
「やかましいっ! だいたいこんな堂々としたストーキングがあるかっ! どう見てもおまえに用があって――おっ?」
 そして開かれた扉、小柄なゆりっぺの頭の向こう。小綺麗というか、機能的な部屋の内部が自然と目に入る。思ったことが感想としてそのまま漏れた。
「ありゃまあ、相っ変わらず女らしさのかけらもねえ部屋な」
「なに勝手に覗いてんのよ。それにそういう、思春期の男の子特有の非現実的フェミニズムの押し付けは想像の中だけにしてくれないかしら。……ああそれとも、女らしい男の子の方が好きなの?」
「ねえよっ! っていうかおまえ、音無が来てからその手のネタ多すぎだろっ!」
「ああうん、別に嫉妬とかしてないから大丈夫。愛のカタチは人それぞれだものね」
「そんな心配してねーよっ! しなくていいから、無理矢理シリアス顔で聞き分けある役演じる必要とかどこにもねーからっ!」
「えっ……日向くんって……そう、だったの? うわっ、それはヒくわぁ……」
「理解のない反応しろって意味じゃねえよ! っつーかそこまで引っ張るほどかこのネタ!」
「なによ、せっかくあなたのレベルに合わせてあげたのに。感謝してほしいくらいなんだけど」
「はいはい馬鹿な俺に合わせてくれてありがとうございましたっ!」
 ヤケクソに叫んでから、はあ、と溜息を続ける。
 どうしてこう、なんというか、ゆりっぺは”こう”なのか。素なのか計算なのは結局よく分からないことも多いけれど(と濁しておこう。主にゆりっぺの名誉のために)、それがルームメイトのNPCを叩き出すような強さに繋がっていることはやっぱり間違いがないと思う。これじゃあ廊下で何も言わずに待っていた俺が馬鹿みたいだ。
「で、何の用? 消える前に第三の欲求を爆発させに来た、とか言ったら掘り返せない深さの穴に生き埋めにして消えるわよ。誰もいない世界で永遠に死に続けなさい」
「想像するだにすっげえ怖えなそれっ! 天使と違って浅い穴でもそうなるだけ現実味あってやべえよ!」
「じゃ何よ。わざわざ部屋まで来るなんて、あなたにしては珍しい。音無くんたち待ってるんでしょ?」
「ああ。でもちょっと時間もらったんだよ、ゆりっぺと二人で話そうと思ってな。せっかく戦線が役目を終えたんだ、最古参同士、思い出話くらいいいだろ?」
 わざわざ買ってきたコーヒーを見せながらそう問いかける。返答を待たず缶を投げると、ゆりっぺはそれを片手でキャッチ。ちょっと驚いたようでもあったけれど、すぐににやりといつものように笑いつつ、
「ま、口説かないならいいわよ」
「よく言うぜ。いまごろするくらいなら、俺はとっくにNPC化してるっつの」
「……それもそうね。じゃ入んなさい。ただし襲ってきたらその眉間をぶち抜くわよ」
「おまえ全っ然信じてねーなっ!?」
「信じてるわよ、あなたがあたしを口説かないことくらい。でも、愛情と第三の欲求って別物なんでしょ? 特に男の子の場合」
「おまえの中で、俺はどれだけ変態なんだよ……」
「言っていいの?」
「おおっ、さっすがゆりっぺ! 整理整頓カンペキ、不意の事態にも万全、まさにリーダーの器にふさわしい人物の部屋だな!」
「まあそうね、発情期のウサギくらいの認識かしら」
「おべっか意味ねーっ!!」
 愕然としたまま叫びながら、ゆりっぺに続いて部屋へと入ったのだった。





       ○  ○  ○





 話の種なんてのは、それこそ腐るほどあった。
 どれもこれも他愛ない、そして遠い昔のようで昨日のことのようでもある話。はじめて俺がこの世界に来て、ゆりっぺと会ったときのこと。方針の決定と戦線の設立。天使との対峙。チャーや大山をはじめ、戦線の拡大にギルドの構築やガルデモの結成。そして、音無。
「不思議なやつだよな。あいつが来てから一気に流れが変わった気がするぜ」
 ゆりっぺの愛銃・ベレッタを手のひらで弄びながら、あの人の良い元記憶喪失者を思い浮かべる。はじめはかつての自分を見ているような滑稽さに内心苦笑もした。けれどいつの間にやらあいつは俺たちよりずっと先を見据えるようになっていて、ついにはこんな”卒業式”まで執り行うようになっちまった。
 敵わない。心底そう思う。自分をことさら卑下することはチャーへの嫉妬を失ったときからしないことにしているけれど、それでもあの行動力や度胸は賞賛したくもなる。聞かされた話では死ぬ間際までそうだったっていうんだから、そりゃもう帽子を脱ぐしかないだろうさ。
「ま、彼は色んな意味で違うわよね。まして未練のないバグだったんだから」
「バグ?」
「ああいえ、別に。けど、そうね。もう何日居るのか数えるのやめてずいぶん経つけれど、音無くんが来なかったらまだこうしてあの子を撃ち続けていたと思うわ」
 そう言って、ゆりっぺは窓の外へ向けて真っ黒なアサルトライフルを構えた。そのままレバーをガチャリ。片目を閉じて視線の先は校庭へ。そのホロサイトを通して見ているのは、いつかのスコープ越しの光景だろうか。
 今にしてみれば笑い話もいいところだった。これ以上なく不毛な戦い。でも、あの不毛な行動たちが無意味だったかと問われれば、誰もがそうではないと首を振るに違いない。そのくらいには俺たちは一生懸命だったし、その程度には俺たちは本気でそれを為そうとしていた。
 手に入れられなかった青春の、死後の世界での代替行為。端から見ればさぞマヌケに映ることだろう。
「ゆりっぺ」
「ん?」
 ゆりっぺが外から視線を外し、構えを解く。
 それゆえに、俺は最期にこいつに尋ねたかった。死後の世界での代替行為を、決して認めようとはしなかったこいつに。
「おまえは、確かに満足できたのか」
「――っ」
 ゆりっぺの葛藤は、他のやつとは事情が違った。
 普通の青春を過ごしたかった。好きな歌を歌いたかった。誰かに認めてもらいたかった。思い通りに動きたかった。
 それらは生前為し得なかった欲求に対する未練だ。だからあいつらはこの世界で声も身体も与えられ、立派に卒業していった(一人まだしてねーけど)。
 けれどゆりっぺは違う。この世界での代替なんか望んじゃいなかった。こいつの未練は、こいつの欲求は、いまとなっては為し得ることができないものだ。それこそ催眠術のようなもので記憶を改鋳して自己満足を得る以外、あるいはタイムマシンでも持ち出してくる以外、どうしようもない類のものだったはずだ。それはきっと神様をぶん殴ったって解消するものじゃあないだろう。
 けれど。
 それでも確かに、こいつは葛藤がなくなったと言っていた。目が覚めたままのパジャマ姿で、恥ずかしそうに、嬉しそうに、迷いがなくなったのだと告げていたんだ。
「おまえはあの残酷無比で理不尽な死の溢れた世界を、その一生を、受け入れることができたのか?」
 重ねて問い質す。
 たちの悪い質問の仕方だという自覚はあった。けれどそれでもイエスと首を振れるようになることが、きっと”卒業”ということなんだと俺は思う。少なくともあいつはそうして消えていった。動けなかった現世を顧みつつもそれでも前を向いて消えていったんだ。
 とはいえそこまで全てを語ることなんてできなくて、俺はゆりっぺの返事を待つ。しばしの逡巡。そうして視線をひとしきり部屋に回したあと、ゆりっぺはまるで独り言のようにぽつりと漏らして。
「……どうなんでしょうね」
「おいっ!?」
「ああいえ、違うのよ。うん。音無くんの言う……成仏? それを今なら肯定的に捉えることができている。そういう意味で葛藤がなくなったっていうのは正しいわ」
 視線を落としたままのそんな言葉。それはまるで、自らの胸中を再度確かめているかのよう。
「だったら……」
「でもね。例えばあたしの未練を作った人間がいま目の前に現れたらあたしは躊躇なくそいつを殺すだろうし、タイムマシンに乗れたならみんなを助け出すだろうし、神様が現れたならすぐさま身体中蜂の巣にしてやるわ。そういう意味ではあの残酷な世界で過ごした一生を憎んで悔しく思う気持ちは厳然として残ってるの。そればっかりは嘘をつけるはずがない。あなただって、確か事故だっけ? それを避けられる機会が手に入るのだとしたら、もしその時点に戻れるのだとしたら、そして未練を挽回できるチャンスがあるのだとしたら、死なずに残りの人生を歩んでみたいと思うでしょう?」
「あ、ああ、そりゃまあ……」
 それは誰しも思うことだ。後悔の念。取り返せるのなら取り返したい。
「でも――」
「そう、でも、それはできないのよ。無理。不可能。Impossible.神ならざる身では受け入れざるをえないこと。いえ、受け入れねばならないことね。それをみんなは最初から分かってて、あたしは分かっていなかった。あたしは諦めきれなくて、だから神様を蹴り飛ばしてやりたかったんだ」
 ライフルを壁に立てかけて、ゆりっぺが窓から見える学校を見上げる。視線の先はあの屋上。吹き込んでくる風にその髪が穏やかに揺れていた。
「じゃあゆりっぺは、それを諦め……いや、受け入れられたのか?」
「別に言い換えなくたっていいわよ。言葉の違いは見方の違いにすぎないわ。だからそうね、あえて言うなら――選んじゃったのよ」
「選んだ?」
「そう、選んじゃったの。文字通り神様を蹴ってね。それはあたしにとって忌むべき過去の責任者であり、永遠の代替を可能にする権利でもあった。それを蹴って、選んじゃったのよ」
「いやだから、何をだよ?」
 俺の問いかけに、ゆりっぺが目を閉じる。そのまま顔全体で風を受け、気持ちよさげに眉を落とした。
 その表情はあいつらに負けず劣らず満足げで、誇らしげで。芯を曲げたわけじゃ断じてない。けれどかつてのような鬼気迫る気配は、どこか遠くへ霧散していた。
 ……ああ、だからやっぱりこいつは”そう”なんだ。納得。断念。降伏。妥協。どれも違うような気がしたけれど、適した言葉がないことなんて結局のところどうでもいい。そんな物書き志望だったら果てしなくNGなことを思いつつ、それでも俺はゆりっぺが答えるより先に口を開く。
「……満足、したんだな」
「そう見える?」
「ああ。いや具体的なことは何一つ分からないけどさ、おまえが満足したってことくらいはその顔見りゃ分かるさ。いやもっと言うなら……そうだな、死んでたまるかって思わなくなった、とか」
「だとしたら、とんだリーダーよね」
 皮肉っぽく口元を歪めつつ。けれど口ぶりとは裏腹に、その表情は言うまでもなく晴れやかだった。
「でも、人の心配をするくらいなんだから、そういうあんたも当然満足したんでしょうね?」
「あ? ああ、そりゃまあ、俺なりにな。こうして最後の心残りも解消したし」
 口にしてから、失言だったと気付いた。そんなとこまで滑らせる必要はまったくもってなかったのだけど。
「最後の? なにそれ?」
「別に。言うほどのもんじゃねえよ」
「ああ分かったわ。生前モテなかったから、一度でいいから女の子の部屋に入ってみたかったのね」
「ちげーよっ! どんな勘違いだよっ! っていうか生徒会長の部屋にも行ったし、この部屋だって何回か来てるだろっ!」
「うるっさいわね! じゃあなに、頬を染めて恥ずかしそうに『心配してくれててありがとう』とでも言えばいいわけ!? 言われたいなら言ってあげるわよ!?」
「分かっててボケたのか!」
「悪い!?」
「悪りいよっ! でも言うな! そんなこと言ったらゆりっぺのゆりっぺ度が落ちる!」
「いや意味分かんないしその度数。……まったくもう、あんただって音無くんに劣らずお節介じゃないの。あたし、あんたじゃなかったら惚れてたかもね」
「なんだそれ、お互い様で結構じゃねえか。俺だって、生まれ変わってもおまえにだけは惚れねえよ」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわ」
 くすりと笑って、ゆりっぺが立ち上がる。椅子に腰掛けている俺よりは少しばかり高い位置にきたその顔。見上げたところで相変わらず女としては見れなかったけれど、やはり美人には違いなかった。うん、相変わらず女としては見れなかったけれど。
「さて。あんまり待たせてもみんなに悪いし、そろそろ行かない?」
「それもそうだな。……ああいや、ちょっと待て」
「なによ? あんまり遅くなると、音無くんの好感度下がるわよ?」
「そのネタはもうええっちゅーねん……」
「なんで関西弁なの? ばかなの?」
「うるせえよ! ――っと、あった。これをな、返しておこうと思って」
 制服の上着に隠してあったそれを、ここに至ってようやく取り出す。
 そう。最後にあいさつをしたかったっていうのも確かにそうだけど、本当のところ、俺はこれをこいつに返すためにこうして時間をとったんだ。
 呆気にとられたらどうしよう。そんな心配もあったけれど、それが杞憂に終わったことはゆりっぺの反応を見れば明らかだった。
「あんた、これ……」
 今度こそ丸くなった瞳はそのままに、ゆりっぺが俺の手からそれを――赤いの羽がついた風車を受け取る。
 それはいつか渡されたお守りだ。死なないようにという願掛けのかかった、笑えるくらいに素朴なおもちゃ。冗談のようだったそれも、今なら確かに分かる気がする。
 視線を滑らせればゆりっぺの机、その端には同じような風車が二本立てかけられている。三本作ると宣言していたのだ、だからこのゆりっぺが俺に渡したこの一本を忘れていようはずはなかった。そしてそれでもなお四本目を作らなかったのも、きっとそういうことなんだろう。
「もう、俺には必要がないからな。それを持ってるせいで成仏できないんじゃ笑えないだろ?」
「なによ……あんた、こんなものを、こんな綺麗なまま……」
「大事な預かりもんだ。下手に折ったりしてまた屋上から落とされたんじゃあ、割に合わないからな」
「そう……」
 軽口に反論はない。ゆりっぺは両手で大事そうに持ったままじっとその風車を見つめていて、ああ、だからこうして返せて良かったと心底思える。それは俺にとってはもう使いようのないもので、ゆりっぺにとってはこれから向かう先に必要なものだ。それを、三本の風車を渡してやる相手がいるんだから。
「吹いていい?」
「聞くようなことでもないだろ」
「それもそうよね。じゃ遠慮なく……、ふーっ」
 ゆりっぺが撫でるように風を吹く。応じて回る風車。
 たったそれだけの簡易な仕組み。そしてたったそれだけで楽しくなるのに、たったそれだけのことが生前の俺たちにはできなかったんだ。
「ふふっ、可笑しいわね。ただこれだけなのに、こんなにも」
 ……けれど、今の俺たちにはそれができた。できるようになった。この、惨たらしい記憶を抱えたままの、地獄のような死後の世界で。長い時間はかかったけれど、それでも手に入れられたんだ。
 そうして「ふーっ!」と最後の大きく一息吹いて、からからと回ったままその風車を他の二本と同じところに立てかけるゆりっぺ。ほどなくして動きを止める風車。それでも三本が並んで置いてあるそのカタチは、あたかも仲の良い姉弟が寄り添っているようにも見えて。
「ありがと。あんたのことだから、屋上から落ちたときとかに潰してたかと思ったのに」
「おまえそれ、もしそうだったら原因の半分以上はおまえの責任だからな」
「文句なら重力を作った神様にでも言いなさい。別にニュートンでもいいけど」
「いや良くはねーだろ、……っと」
 ゆりっぺが風車から視線を外したのを見て、俺もようやく椅子から腰を上げる。いい加減音無たち(というか多分直井が先か)も痺れを切らし始める頃だろう。これから旅立ちだってのに、嫌味をねちねち言われたんではたまらない。トイレットペーパーはうんざりだ。
「じゃ、行きましょうか。……あ、いいの日向くん? 女の子の部屋の匂いを少しでも嗅いでいたかったんじゃないの?」
「いつ言ったよそんなことっ!? あと言っとくが、男の匂いのがいいってわけでもねーからなっ!」
「うわ、聞いてもいないのにわざわざ言うなんて、もしかして真性?」
「真性はおまえだよ! 真性のアホだよ!」
「ジョークよジョーク。ほら、音無くんたち待たせてるんだし、馬鹿やってないで行きましょ。だいたいあたしは行き先知らないんだから」
「はいはい分かったよ分かりました、全部馬鹿なうえ真性のアホな俺が悪かったです!」
「なんで敬語なの?」
「うるせえよ! 突っ込むトコそこじゃねーよっ! ……ったく」
 相変わらずのゆりっぺに続いて部屋を出て、その施錠を待つ。いつもどおりの暮らしぶり。分かっていながらのそんな行動は、立つ鳥として後を濁してしまった俺たちにはよく分かる。
「ん、オッケーよ」
「よし、それじゃあ行こうぜ」
 向かう先は体育館。”卒業式”の準備は既に整っている。俺は手筈を思い返しながら、なぜか先行したゆりっぺに続いて寮の出口へと歩きだす。
 開け放たれたままの窓。からからと回る風車。死なないようにというその願いが、俺にもゆりっぺにも必要がなくなったことに奇妙な喜びを覚えつつ。

 ……さて一体、どんな”卒業式”になるのだろう。
 死人にそぐわぬ元気さで俺をせかすゆりっぺに苦笑を見せながら、俺はゆっくりその背を追って戦線のみんなのところへと向かったのだった――。


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Short Story -その他
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